表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
112/168

消せない記録

ギギギギギ……


重く鈍い音が、静まり返った神殿へ響き渡る。


記憶の海最深部。


管理者神殿。


誰一人として足を踏み入れることのできない白き領域。


世界そのものの記録を管理する場所。


その最奥で、決して開くことのなかった巨大な扉が、ゆっくりと音を立てながら開き始めていた。


管理者アーカイヴは動かない。


玉座に座ったまま、その銀色の瞳だけが扉を見つめ続けている。


静かな演算音だけが神殿へ響いた。


『異常確認』


『記録領域侵食』


『原因不明』


淡々とした機械音声。


しかし、その演算速度は通常の数百倍に達していた。


本来、この神殿に存在するすべては管理者の支配下にある。


世界の記録。


歴史。


記憶。


運命。


そのすべてが管理され、一つの誤差さえ許されない。


そのはずだった。


だが。


今、この神殿で起きている現象は、その常識そのものを覆していた。


パラリ――。


一冊の本が勝手に開く。


続いて二冊。


三冊。


十冊。


百冊。


やがて無数の書物が、一斉にページをめくり始めた。


パラリ。


パラリ。


パラリ。


静寂だった神殿は、紙が擦れる音だけに支配される。


まるで誰かが世界中の歴史を書き換えているかのようだった。


アーカイヴの演算がさらに加速する。


『原因検索』


『対象検索』


『異常排除』


『再検索』


『再検索』


『再検索』


だが。


答えは見つからない。


管理者に把握できない対象など存在しない。


それなのに。


演算は何度繰り返しても同じ結果を返してくる。


『原因──不明』


その瞬間、アーカイヴは静かに理解した。


書き換えているのは誰かではない。


世界そのものだった。



同じ頃。


王都セレスティア。


王立図書館。


深夜の書庫には誰もいない。


静寂だけが漂う空間で、小さな異変が起き始めていた。


カタ……


本棚が微かに揺れる。


続いて、並べられていた古い歴史書がひとりでに開いた。


封印されていた禁書が淡く銀色に輝き始める。


巡回中だった若い司書は思わず立ち止まった。


「……何だ?」


嫌な予感がする。


ゆっくり近付いた、その瞬間。


ドサッ。


一冊の本が床へ落ちた。


ページが自然と開く。


そこには昨日まで存在しなかった文章が刻まれていた。


『黒星王』


『終末戦争』


『シオン・アルヴィス』


司書の身体が震える。


「……誰だ。」


知らない。


聞いたこともない。


それなのに。


胸の奥が熱くなる。


涙が込み上げる。


「どうして……。」


懐かしい。


会いたい。


守らなければならない。


理由は分からない。


だが、その名前を見つめているだけで胸が締め付けられた。


司書は震える手で、その文字へ触れる。


「シオン……アルヴィス。」


名前を口にした瞬間、本が淡く光を放った。



同時刻。


世界樹都市アストレア。


王城地下、古代資料保管庫。


長い年月封印されていた石板が、低い振動とともに光り始める。


誰にも読めなかった古代文字。


その文字列が、一文字ずつ現在の言語へ書き換わっていく。


やがて、一つの文章が浮かび上がった。


『世界を救った英雄』


『シオン・アルヴィス』


監視していた研究員たちが騒然となる。


「誰だ、この人物は!」


「こんな記録、今まで存在しなかったぞ!」


「誰か書き換えたのか!?」


誰にも答えは分からない。


それでも。


その場にいた全員が同じ感覚を覚えていた。


忘れていた。


とても大切な何かを。



海上国家マリネス。


北方氷原。


砂漠都市ザルディア。


天空神殿跡地。


世界各地で、同じ異変が起きていた。


消された記録。


失われた歴史。


封印された真実。


それらが、一つ、また一つと本来あるべき姿を取り戻していく。


まるで世界そのものが、人の手による改変へ抗っているかのようだった。



記憶の海。


ルナリアは静かに目を閉じていた。


周囲を包む銀色の光。


月の継承者として目覚めた力は、少しずつ彼女自身へ馴染み始めている。


その中で、一つの感覚だけが強くなっていた。


暖かい。


懐かしい。


そして――近い。


「……シオン。」


思わず名前が零れる。


間違いない。


彼が近付いている。


クロノも同じ気配を感じ取っていた。


「世界が思い出し始めてる。」


ルナリアは静かに頷く。


「うん。」


「普通ならあり得ない。」


クロノは苦笑しながら続ける。


「管理者が消した記録は戻らない。」


「それが、この世界の法則だからな。」


ルナリアは小さく笑った。


「でも。」


「戻ってる。」


クロノも笑う。


「ああ。」


「だから異常なんだ。」


しばらく二人は黙って流星を見つめる。


やがてクロノが静かに呟いた。


「何度も世界は繰り返された。」


「何度も失敗した。」


「何度も希望は潰えた。」


少しだけ口元を緩める。


「でも今回は違う。」


「誰も見たことがない未来へ進んでる。」


ルナリアはその言葉に、小さく頷いた。



その頃。


世界と世界の狭間。


蒼黒い流星は、さらに加速を続けていた。


シオンは静かに目を閉じる。


耳を澄ませる。


聞こえてくる。


世界中から。


「シオン。」


「シオン……。」


「帰ってきて。」


微かな声。


それでも確かに届く。


王都から。


海から。


砂漠から。


世界中から。


人々が少しずつ、自分を思い出し始めていた。


シオンは静かに笑う。


三年間。


誰にも覚えられなかった。


誰にも名前を呼ばれなかった。


存在しない者として戦い続けてきた。


だが。


今は違う。


世界が。


少しずつ、自分を思い出している。


その瞬間。


蒼黒い光がさらに強く輝いた。


ドォォォォォォォォォ……


流星は加速する。


世界との繋がりが、確実に強くなっていく。


身体が実体へ近付いていくのを感じた。


指先。


鼓動。


呼吸。


失われていた感覚が、一つずつ戻ってくる。


「もう少しだ。」


誰に聞かせるでもなく呟く。


ルナリア。


仲間たち。


守りたかった世界。


帰る場所。


すべてが、もう目の前にあった。



その時だった。


記憶の海最深部。


管理者神殿。


開き続けていた巨大な扉の奥から、一つの足音が静かに響く。


コツ――。


たった一歩。


それだけで神殿全体が震えた。


アーカイヴの銀色の瞳が僅かに揺れる。


『識別不能』


『存在情報なし』


『記録未登録』


あり得ない。


世界のすべては記録されている。


記録されていない存在など、本来あってはならない。


だが。


扉の向こうから漂う気配だけは違った。


世界が知らない存在。


管理者ですら把握していない存在。


そして、その瞬間。


遥か彼方。


深淵の観測者の瞳が静かに開く。


『観測開始』


世界が震えた。


アーカイヴは初めて一歩後退する。


銀色の瞳に、わずかな動揺が宿る。


扉の奥にいる”何か”は。


ゆっくりと。


静かに。


こちらへ歩き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ