帰還の光
白い世界だった。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も存在しない。
観測者領域そのものが、純白の光に飲み込まれていた。
シオンは剣を握ったまま立っている。
だが。
身体が動かない。
時間が止まっているわけではない。
違う。
世界そのものが、自分を見ている。
そんな感覚だった。
深淵の観測者。
その蒼い瞳は何も語らない。
ただ静かに。
シオンだけを見つめている。
そして。
シオンの脳裏へ無数の映像が流れ込んだ。
――燃え落ちる世界。
――崩壊する大地。
――終わりゆく空。
知らない景色。
知らない時代。
知らない人々。
だが。
その中心には必ず一人の少年がいた。
黒星王。
傷だらけになりながら。
誰かを守ろうとしている。
何度も。
何度も。
何度も。
「これは……」
シオンは息を呑む。
レイが静かに言った。
「歴代の黒星王だ」
その声には重みがあった。
シオンは映像を見続ける。
最初の黒星王。
レイ。
その前にもいた。
さらに前にも。
数え切れないほどの黒星王達。
誰もが同じだった。
絶望の中で戦い。
誰かを守ろうとし。
そして消えていった。
世界のために。
未来のために。
愛する誰かのために。
だが。
誰一人として帰れなかった。
誰一人として壁を越えられなかった。
深淵の観測者の声が響く。
『観測結果』
世界が震える。
『歴代黒星王』
『全個体消滅確認』
『帰還成功例なし』
『未来予測開始』
無数の光が現れる。
未来。
可能性。
運命。
その全てがシオンの前に展開される。
そして。
その全てで。
シオンは消えていた。
ルナリアを救えない。
仲間達に会えない。
世界へ帰れない。
未来予測は全て失敗。
全て終焉。
全て死。
深淵の観測者が告げる。
『帰還確率』
『零・〇〇〇〇一パーセント』
絶望的な数字。
AE-01達が頭を垂れる。
当然だと。
そう言いたげに。
だが。
シオンは黙っていた。
数秒。
静寂。
そして。
小さく笑った。
レイが目を細める。
深淵の観測者も沈黙する。
シオンは肩を竦めた。
「だから何だ」
世界が揺れる。
AE-01達が反応する。
『発言解析不能』
『異常反応』
シオンは剣を握る。
強く。
迷いなく。
「未来が見えた?」
蒼い瞳が輝く。
「失敗する?」
「帰れない?」
「死ぬ?」
一歩前へ出る。
そして。
深淵の観測者を真っ直ぐ見上げた。
「知るかよ」
ドクン――
胸が脈打つ。
黒星晶が輝く。
ルナリアの声が聞こえる。
仲間達の笑顔が浮かぶ。
旅の日々が蘇る。
月の花畑。
アリアとの口喧嘩。
レオニクスとの共闘。
皆で笑った夜。
守りたかった世界。
全部。
全部。
失いたくない。
だから。
シオンは笑う。
「俺は帰る」
ただ一言。
それだけだった。
だが。
その言葉には歴代黒星王の誰よりも強い意志が宿っていた。
ドクン――
記憶の海。
ルナリアの胸が熱くなる。
涙が溢れる。
クロノが振り返る。
「来るぞ」
ルナリアは空を見上げる。
そこには蒼黒い光。
希望の光。
忘れられた英雄の光。
「シオン……」
声が震える。
それでも笑った。
信じているから。
必ず帰ってくると。
その瞬間。
観測者領域。
シオンの身体から蒼黒い光が爆発した。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!
世界が揺れる。
AE-01達が吹き飛ぶ。
深淵の観測者の未来予測が砕け散る。
無数の可能性が崩壊する。
レイが目を見開く。
「未来を書き換えた……!?」
あり得ない。
未来予測は絶対だった。
だが。
シオンはそれを否定した。
自分の意志だけで。
深淵の観測者の瞳が初めて揺れる。
『予測誤差確認』
『想定外』
『黒星王因子変異』
シオンは剣を構える。
その切っ先を世界の壁へ向ける。
蒼黒い光。
銀色の光。
ルナリアの想いが重なる。
世界中で思い出し始めた人々の記憶が重なる。
仲間達の願いが重なる。
そして。
黒星王の力が極限まで高まる。
「終わらせる」
静かな声。
「帰るために」
剣を振り下ろした。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
世界が割れた。
巨大な世界の壁。
何万年も破られなかった絶対境界。
その中心に。
巨大な穴が開く。
眩しい光。
青空。
風。
懐かしい匂い。
本物の世界。
シオンは目を見開く。
三年ぶりだった。
レイが笑う。
どこか誇らしそうに。
どこか寂しそうに。
「行け」
シオンが振り返る。
レイは頷いた。
「お前の物語だ」
静かな言葉。
だが。
その一言に全てが込められていた。
シオンは小さく笑う。
「ありがとう」
そして。
蒼黒い光となる。
世界の壁へ飛び込む。
青空へ。
仲間達の元へ。
ルナリアの元へ。
その瞬間。
記憶の海でルナリアは空を見上げていた。
巨大な流星。
蒼黒い光。
涙が止まらない。
理由なんて必要なかった。
魂が知っている。
約束が果たされる。
忘れられた英雄が。
追放された英雄が。
世界を救った少年が。
ついに――
帰ってくる。




