師匠の講評
その問いかけに、シゲ爺がすっと手を上げた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
先ほどまでソファーに深く腰掛けていたマイが上体を起こし、テリーとマリーの表情からも緩みが消えた。
ギールもわずかに姿勢を正し、それまでの柔らかな表情を引き締める。
「まずの。マイ」
「はい!」
名前を呼ばれた瞬間、マイはソファーの上で正座した。
(え? 何これ?)
ノアは思わず目を瞬かせる。
つい先ほどまで悪態をつき、早く終わらせろと文句を言っていたマイが、今は明らかに緊張していた。
「討ち漏らしが多い!」
「はい!」
シゲ爺はホロディスプレイへ視線を向ける。
そこでは、ピンクの三角で表示されたショットキルが敵陣を駆け抜けていた。
だが、シゲ爺の指摘通り、攻撃を仕掛けたすべての敵を仕留めているわけではない。中には、勢いのまま通り過ぎ、後方のアルカノヴァやノワールに処理を任せる形になっている敵もあった。
「メガショットガンであれば、一撃で仕留めてしかるべきじゃ。まだまだショットキルの速度に、おぬしの操作が追いついておらん」
「はい!」
「機体の性能を引き出すことと、機体に振り回されることは違う。スラスター系の消耗が激しいのも、そのせいじゃ。必要以上の加速、急制動、無駄な姿勢変更が多い」
シゲ爺の言葉に合わせるように、ホロディスプレイ上のショットキルの軌道が強調表示される。
鋭く折れ曲がる軌道。
急加速。
そして、必要以上に大きな弧を描く方向転換。
先ほどまでノアには、ただ速く、圧倒的に見えていた動きだった。
だが、こうして記録として見直してみれば、確かに無駄と思える部分もある。
「速度だけに頼るな。速さを制御してこそのパイロットじゃ。修業せよ」
「はい!」
シゲ爺の叱咤に、マイは反論することなく、素直に頭を下げた。
ノアはその光景に、ただ目をぱちくりさせる。
普段のマイなら、何か一言くらいは噛みつきそうなものだ。
だが、今は違う。
悔しそうに唇を噛んではいる。
それでも、シゲ爺の言葉を否定しようとはしなかった。
それだけではない。
周囲を見れば、テリーもマリーも、ギールさえも気を引き締めている。
(何なんだ、この空気……)
「それに、テリー」
「はい」
低く返事をしたテリーへ、シゲ爺は静かに視線を移す。
「初手で二隻を沈めたのはよい。じゃが、もっと多くの艦を削れたはずじゃ」
シゲ爺はホロディスプレイ上の、ボガードによる初撃部分を指し示した。
ボガードから伸びる複数の攻撃軌道。
その多くが、マーク一とマーク二へ集中している。
「完全に撃破することを意識しすぎて、攻撃を集中させすぎじゃ。ボガードの火力なら、もっと広くばら撒いてもよかった」
シゲ爺が指先を動かすと、別の攻撃パターンが仮想表示された。
攻撃を複数の敵艦へ分散させた場合の軌道が、薄い線となって表示される。
「確実に二隻を落とす。それ自体は悪くない。じゃが、今回の敵は装備も練度も低い。初撃でより多くの艦を損傷させておけば、その後の展開はさらに楽になったじゃろう」
シゲ爺は一度言葉を切り、テリーを見据えた。
「相手を過大評価したな」
「面目ない」
テリーは言い訳することなく、すぐに頭を下げた。
その姿を見たノアは、たまらず隣に座るギールへ身体を寄せる。
「ちょっと、ギールさん。これ何なんですか?」
できるだけ小さな声で尋ねる。
ギールは困ったように笑いながら、同じく声を潜めた。
「はは……その、シゲ爺は俺たちにとって、師匠みたいなものだからね」
そう答えると、ギールはすぐに背筋を伸ばした。
先ほどまでノアへ説明していた柔らかな雰囲気は消え、完全に教えを受ける側の顔になっている。
ノアもそれに倣うように背筋を伸ばし、改めてシゲ爺の言葉へ耳を傾けた。
「次に、マリー」
「はい」
呼ばれたマリーも、紅茶のカップを静かにテーブルへ戻した。
「おぬしは、もっと綺麗に操艦できぬのか!」
「……はい」
「戦艦はバイクではない。衝突寸前まで接近し、ギリギリを攻めるような操艦はやめよと、何度も注意しておるじゃろう」
シゲ爺の言葉に、マリーは少しだけ視線を逸らした。
ホロディスプレイでは、ボガードが敵旗艦へ真正面から突っ込み、衝突寸前で急激に進路を変える場面が再生されている。
改めて映像で見ると、あまりにも危険な動きだった。
戦闘中、直掩していたノアも、再現された軌道を見て思わず頬を引きつらせる。
「申し訳ありません。どうしても……血が騒いでしまって」
マリーはしゅんと肩を落とした。
「騒がせるな」
「はい……」
短い一言に、マリーはさらに小さくなる。
あの戦場で獰猛な笑みを浮かべ、巨大な戦艦をバイクのように操っていた人物と同一人物とは思えなかった。
だが、シゲ爺の指摘は終わらない。
「ギールよ」
「はい」
「おぬしは頑張りすぎじゃ」
「……はい」
先ほどまでとは少し違う、静かな声だった。
「動きそのものに無駄はない。じゃが、何でも自分一人で拾おうとしすぎておる。そのせいで移動する回数が増え、結果としてスラスターを余計に消耗させておる」
ホロディスプレイ上では、黒い三角で表示されたノワールが、戦場の各所を細かく移動していた。
マイとノアが突破した後方を支援し、討ち漏らした敵を処理する。
味方の間を移動しながら、必要な場所へ支援に入る。
一見すると完璧な動きに見える。
実際、一つ一つの動きに無駄はない。
だが、支援へ向かう回数そのものが多かった。
「ごめんなさい」
ギールは素直に頭を下げる。
「ギルドマスターとしての職務もある。チームの責任を背負っておることも分かる。じゃがの」
シゲ爺は少しだけ表情を和らげた。
「儂らと行動する時くらい、もっと頼れ」
「……はい」
「マイは前を崩す。テリーとマリーはボガードを動かす。儂は後方を支える。今回からはノアもおる」
シゲ爺は一人ずつを見るように、ゆっくりと視線を動かしていく。
「おぬし一人で、すべての穴を埋める必要はない。仲間を信じて任せることも、指揮官の仕事じゃ」
「はい。気を付けます」
ギールはもう一度、深く頭を下げた。
(残るは僕か……!)




