表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く ノアの歩み  作者: 珈琲ノミマス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/27

背負い、前を向け

 ノアは背筋を伸ばしたまま、緊張で身体を固くする。


 マイ。


 テリー。


 マリー。


 そしてギール。


 全員が、シゲ爺に自分でも気づいていないような部分まで指摘されている。


(僕は何を言われるんだ……?)


 心臓の音が、妙に大きく感じられた。


 その時、シゲ爺の視線がノアへ向く。


「最後に、ノア」


「はい!」


(来た!)


 思わず声が裏返りそうになるのを堪え、ノアはさらに背筋を伸ばした。


 だが、シゲ爺はすぐには言葉を続けなかった。


 ホロディスプレイへ視線を戻し、白い三角――アルカノヴァの動きを静かに見つめている。


「……おぬしの戦い方には、迷いがあるの」


「え?」


 予想していなかった言葉に、ノアの表情が止まった。


「動きそのものは悪くない。腕もある。機体の性能も、儂には測れぬほどじゃ。ゆえに、今のところ技量や機体について言うことはない」


 シゲ爺はゆっくりと戦闘記録を進める。


 アルカノヴァが敵陣を切り開く。


 マイの後を追い、敵RFを次々と切り裂いていく。


 その動きだけを見れば、迷いなどないように見えた。


「じゃが、最後の一撃。刃を振るう前に、何かを飲み込んだな」


「……はい」


 ノアは小さく答える。


 最後の一撃の直前、アルカノヴァの動きに、ほんのわずかな間があった。


 戦闘全体から見れば、誤差とも言えるほどの時間。


 だが、シゲ爺はその一瞬を見逃していなかった。


(そこまで分かるのか)


 誰にも気づかれていないと思っていた。


 あの時、一瞬だけ脳裏をよぎったもの。


 これはゲームではない。


 相手には命がある。


 かつての自分が、何も考えずに奪ってきたもの。


 それらを思い出し、それでも刃を振るうと決めた、あの一瞬。


 ノアはゆっくりと肩を落とした。


「詳しいことは聞かぬ。誰にでも、背負っておるものはあるからの」


 シゲ爺の声は静かだった。


 だが、次に発せられた言葉には、戦場を生きてきた者の厳しさが込められていた。


「じゃが、迷えば死ぬ!」


 その声に、ノアの肩がわずかに揺れる。


「戦場に出た以上、迷いで動きを止めるな! 己が止まれば、おぬしだけではなく、仲間まで死ぬことになる!」


「……」


 ノアは何も答えられなかった。


(迷いを……なくす)


 罪を忘れるわけではない。


 過去を切り離すわけでもない。


 それは、ノア自身も分かっているつもりだった。


 自分が奪ってきた命も、犯してきた罪も忘れない。そのすべてを背負ったまま、それでも前へ進む。


 そう決めたはずだ。


 だからこそ、ノア・シンフォスという名を受け入れた。


 もう一度生きるために。


 今度こそ、自分の意思で進むために。


 けれど、実際に命を奪うその瞬間になると、心のどこかで足が止まる。


 分かっているつもりだった。


 覚悟したつもりでもいた。


 だが、背負うと決めることと、その重さに耐えながら戦い続けることは、同じではなかった。


(僕は……どうすればいい)


 罪を忘れず、それでも戦場では迷わない。


 その二つをどう両立すればいいのか。


 ノアが答えを見つけられずにいると、シゲ爺は静かに息を吐いた。


「……捨てられぬのなら、きちんと背負え」


「え?」


 ノアは顔を上げる。


 そこにあったのは、厳しい師の顔ではなかった。


 ただ静かに、ノアを見つめる老人の姿。


「無理に捨てる必要はない。忘れられぬもの、捨てられぬものならば、すべて背負えばよい」


 シゲ爺はステッキへ手を伸ばし、その柄を静かに握る。


「背負い、それでも前へ進め」


 ノアは何も言えなかった。


「過去が消えぬのなら、それでよい。じゃが、過去に足を掴まれ、今を失うな」


 その言葉が、ゆっくりと胸の奥へ落ちていく。


「背負うと決めたのなら、迷うことなく背負え。そして前を向け。それがおぬしの道じゃろう」


「……はい」


 ようやく出た声は、小さかった。


 それでもノアは、しっかりと頷く。


「はい!」


 今度は、先ほどよりも強く答えた。


 シゲ爺はその返事を聞くと、満足そうに目を細める。


「うむ。ならばよい」


 その一言で、張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


 だが、シゲ爺はそこで終わらせることなく、改めて全員を見渡す。


「毎回、同じことを指摘させるでないぞ。命は一つしかないからの。皆もじゃぞ。儂が何度、同じことを言ったと思っておる」


「申し訳ないです」


 マリーが素直に頭を下げる。


「面目ない」


 テリーも短く答え、深く頭を下げた。


「……うん」


 マイも珍しく反論せず、正座したまま小さく頷く。


「はは……次は気を付けるよ」


 ギールも苦笑しながら、素直に頭を下げた。


「うむ」


 シゲ爺は一人一人の顔を確かめるように見てから、静かに頷く。


 ノアは、そのやり取りを黙って見つめていた。


 厳しい。


 だが、誰かを責めるための言葉ではない。


 次の戦いでも全員が生きて帰るために、シゲ爺は欠点を見逃さず、必要なら何度でも同じことを言う。


 そういう人なのだろう。


 そしてノアは、先ほど自分へ向けられた言葉を、胸の奥へ刻み込むようにもう一度噛み締めた。


「ノアよ」


「はい」


 名前を呼ばれ、ノアは顔を上げた。


 シゲ爺は先ほどまでの厳しい表情を少しだけ和らげている。


「厳しいことを言ったが、分かったかの?」


「はい。本当にありがとうございました」


 ノアは真っ直ぐに答え、深く頭を下げた。


 今すぐ迷いのすべてが消えるわけではない。


 背負っているものが軽くなるわけでもない。


 自分はもう、背負って進むと決めている。


 だが今日、シゲ爺の言葉を聞いて、ようやく一つ気づいた。


 背負うことと、過去に足を止められることは違う。


 罪を忘れず、それでも戦場では前を向く。


 まだ完全にできるとは言えない。


 それでも、自分が選んだ道をどう歩けばいいのか、その形が少しだけ見えた気がしていた。


「うむうむ」


 シゲ爺は満足そうに何度か頷く。


 そして、先ほどまでの厳しい空気を切り替えるように、少し明るい声を出した。


「さて。では次じゃが、儂について何か物申したい者はおるかの?」


 その瞬間。


 誰も口を開かなかった。


 マイは視線を逸らし、空になったジュースのコップを見つめる。


 テリーは腕を組んだまま黙り込み、マリーは静かに紅茶を口にした。


 ギールまで、どこか気まずそうにホロディスプレイへ視線を逃がしている。


(え……シゲ爺に?)


 ノアも思わずシゲ爺の戦闘記録を思い出す。


 戦場の後方から大型リニアカノンを構え、遠距離から敵戦艦を正確に撃ち抜く。


 その間にも味方の背後を狙った敵RFを確実に処理し、必要に応じて自らの位置も変えていた。


(いや……何を言えばいいんだ?)


 少なくとも、初めて一緒に戦ったノアには、指摘できる部分など思いつかなかった。


(え、シゲ爺に物申すって……言えないよな)


 重い沈黙だけが、部屋の中に残った。


 シゲ爺はしばらく待っていたものの、やがて小さくため息を吐いた。


「まったく……そこは、『もっと撃ち落とせたじゃろう』とか、『後ろに居座りすぎじゃ』とか、何か言うところじゃろうに」


 シゲ爺は少し不満そうに眉を下げる。


 だが、それでも返事はなかった。


 むしろ今の発言で、さらに言いづらくなったようにさえ見える。


 ノアは周囲の様子を見回しながら、心の中で小さく思った。


(それを本人に言える人が、ここにいるのかな……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ