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バハムート宇宙を行く ノアの歩み  作者: 珈琲ノミマス


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帰還と遅刻の代償

 敵性反応が残っていないことを確認したノアたちは、戦艦ボガードへと帰還を開始する。


「お疲れ。カタパルト横に帰還用ハッチがある。発艦口とは別系統だ。そこへ順番に入ってくれ」


 確認を終えたギールから通信が入る。


 戦闘の余韻がまだ機体に残っている中、その言葉が終わりきるより早く、マイのショットキルが一目散にボガードへ向かっていった。


 帰還というより、突撃。


 戦艦へ激突するかと思うほどの勢いで接近し、寸前で機体を横へ滑らせるように帰還ハッチへ飛び込む。その強引な動きに、誘導灯の光が一瞬だけ乱れたように見えた。


「まったく。普通に帰還すればいいのに」


 呆れたように漏らしたギールの小言に、マイは即座に噛みつく。


「うっせ! クソが!」


 その苛立った声は、ノアの通信にもそのまま届いた。


 直後に聞こえてきたのは、ギールの深いため息と、シゲ爺の楽しそうな笑い声だった。


「子供よな」


「シゲ爺。笑い事じゃないよ。もう少し口調をどうにかしないと、将来が心配だよ」


「それはテリーとマリー次第じゃな。では、お先にの」


 そう言うと、ヤマトはゆっくりと帰還していく。


 全身に巨大な武装を抱えた機体とは思えないほど、その動きは滑らかだった。武装の位置を正確に制御しながら、帰還ハッチの縁に触れることもなく、巨体が静かに吸い込まれていく。


 あれだけの火器を積んだ機体を、まるで自分の手足のように操っている。


 ノアはその動きを見送りながら、改めてシゲ爺の底知れなさを感じていた。


「ノア。君からも注意しておいてね」


「いやいや! 無理ですよ」


 思わず苦笑しながら返すと、ノワールも続いてボガードへ帰還していく。


 ノアもアルカノヴァを帰還コースへ乗せた。


 誘導ドローンの案内に従い、機体はゆっくりと格納庫へ進入する。外の戦場の光が背後へ遠ざかり、代わりに格納庫の白い照明が機体の装甲を照らしていった。


 各機は決められたハンガーへと誘導され、固定アームが静かに展開して機体を保持すると、アルカノヴァの振動が止まり、ノアはようやく一息ついた。


 機体を完全停止させるため、ノアはスターター横の停止スイッチを押した。小さな確認音が鳴り、コックピットの表示が順に落ち、スクリーンが待機状態へ切り替わっていく。


 それを確認してから、ノアはハッチを開いた。


 その瞬間だった。


 開いたハッチの目の前に、マイが仁王立ちで立っていた。


「え?」


 ノアは思わず間の抜けた声を漏らす。


 しかし、マイはその顔を見るなり、小さく舌打ちを一つ。


「チッ」


 それだけ残すと、くるりと背を向け、そのまま足早に去っていった。


「え? 何? なんで舌打ち?」


 ノアが混乱していると、ギールがヘルメットを首元へ収納しながら近づいてきた。


「おめでとう。認められたね、マイに」


「舌打ちがですか?」


 ノアは驚きつつ、同じように首元の収納ユニットへヘルメットを戻す。


 小さな駆動音と共に装甲が折り畳まれていくのを確認し、ノアは固定具を外して首元を解放した。戦闘の緊張が少しずつ抜けていき、代わりに遅れて疲労が肩へ重く乗ってくる。


 そこへ、ボトルを持ったシゲ爺も加わってきた。


「マイの舌打ちはの。悔しさからじゃよ」


 そう言いながら、シゲ爺は持っていたボトルを、ゆっくりとギールとノアへ向かって押し出した。


 無重力の中を、ボトルが静かに漂ってくる。


「そうだね。負けられないって気持ちの表れだよ。信頼は得たってところかな」


 ギールは漂ってきたボトルを手に取ると、中の水を飲む。


「それが舌打ちって……子供?」


 同じくボトルを受け取ったノアは、それを見つめながら小さく呟いた。


「子供だね」


「そうじゃな。でも、このボトルを用意したのはマイじゃよ。いち早く戻っての」


 その言葉に、ノアは手の中のボトルへ視線を落とす。


 乱暴な態度も、素直ではない舌打ちも、すべてが真っ直ぐではない。


 けれど、何も考えていないわけではない。


 舌打ちを残して去っていった少女が、自分たちの分まで飲み物を用意していたのだと思うと、ノアは少しだけ返す言葉に困った。


「でも、舌打ちはないんじゃないかな」


「そこはほら。子供だからね」


「それしか言ってませんよ」


 ノアの真面目なツッコミに、ギールは思わず笑ってしまう。


 その笑い声が格納庫に小さく響いたところで、端末を操作しながら近づいてきたハンが、呆れたように目を細めた。


「笑うのはええけど、おたくら邪魔や。はよシャワー浴びてきぃ」


 ハンの前に浮かぶホロディスプレイには、各種ドローンの操作状況が映し出されていた。


 武装の取り外し、損傷箇所の確認、外装チェック、駆動系の診断。いくつもの工程を、彼女は一人で手際よく進めている。指先が軽く動くたび、格納庫内のドローンが正確に位置を変え、各機の整備へ取りかかっていった。


「まったく。アルカノヴァは、このままでええんやな?」


「はい。このままでいいです」


 ハンの確認に、ノアは素直に頷く。


 すると、ハンは少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「バラして修理するついでに、中身も見たかったんやけどなぁ」


「ハン。わかってると思うけど、勝手なことをしたらシゲルさんに言うからね」


「わかっとる。触らへん。オーガにはもう関わりたないしな」


 心底嫌そうな顔をしながら、ハンは再びドローンを操作していく。


 その表情には、過去に何かあった者だけが見せる深い実感が滲んでいた。


「ほら、さっさと行かんかい!」


 ハンに怒鳴られ、ギールは苦笑し、シゲ爺はひょうひょうとした様子で格納庫を出ていった。


 ノアはその場に残り、アルカノヴァの装甲にそっと手を当てる。


 戦闘を終えたばかりの機体は静かだった。


 だが、その静けさの奥に、確かに自分を支えてくれた何かが残っているような気がした。


「ありがとう」


 短くそう呟くと、静かに手を離し、ノアも格納庫を後にした。


「ん?」


 ふと、ハンが顔を上げる。


 何かが光ったような気がして、アルカノヴァへ視線を向けた。


 だが、そこに変化はない。


 白い装甲も、閉じられたコックピットも、先ほどと何一つ変わっていなかった。


「ん~~~~。気のせいか」


 そう呟くと、ハンはすぐに整備へ意識を戻した。


 そして誰もいなくなったアルカノヴァのコックピットで、静かに、小さな光が灯る。


 それはほんの一瞬だけ瞬き、やがて何事もなかったかのように消えていった。


 ノアは自室でシャワーを浴びたあと、少しだけ休むつもりでベッドに腰掛けた。


 温かな湯で戦闘の汗を流したはずなのに、身体の芯にはまだ緊張の名残が残っている。目を閉じると、先ほどの戦場がまぶたの裏に浮かんだ。


 切り裂いた戦艦。


 爆発の光。


 通信越しに聞こえた仲間たちの声。


 すべてが遠ざかっていくようで、逆にまだ身体の奥に残っているようでもあった。


 ノアはゆっくりと息を吐き、ほんの少しだけ休むつもりで目を閉じる。


 だが、そのまま意識は深く沈んでいった。


 次に目を覚ましたとき、戦艦ボガードはすでに拠点であるF18コロニーへ辿り着いていた。


「あれ? 寝ちゃってたか」


 ノアはぼんやりとした頭のまま、端末で時間を確認しようとする。


 しかし、画面を見た瞬間、眠気は一気に吹き飛んだ。


 そこには、恐ろしい量の着信履歴とメッセージが積み重なっていた。


 送り主は、すべてマイ。


 内容も、ほとんど同じようなものばかりだった。


『てめぇ! 早くブリッジに来い!』


『寝てんじゃねぇぞ!』


『返事しろ!』


『おい! まさか本当に寝てんのか!?』


 次々と並ぶ文面に、ノアの背筋が冷たくなる。


 ノアは嫌な汗を浮かべながら、慌てて予定を確認した。


 浮かび上がるホロディスプレイには、しっかりとこう書かれている。


『30分後。ブリッジで今回のデブリーフィング――作戦報告会』


「しまった!」


 ノアは小さく呻くと、慌てて立ち上がる。


 上着を引っ掴み、乱れた髪を手で整えながら、ほとんど駆けるように自室を飛び出した。


 通路の表示は、すでにボガードがF18コロニーへ接舷していることを示している。


 それだけ眠っていたという事実に、ノアの焦りはさらに強くなった。


 そして、ブリッジのドアの前へ辿り着く。


 息を整える暇もない。


 ノアはドアを開き、まず謝ろうと口を開きかけた。


 その瞬間だった。


 目の前にあったのは、靴の裏。


 そして、怒りに満ちた声。


「返事ぐらいしろや! このボケナス!」


 鋭い角度で顔面に決まったドロップキック。


 衝撃でノアの視界が白く弾ける。


 謝罪の言葉は声になる前に吹き飛び、次の瞬間、彼はブリッジの床を転がっていた。

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