閉ざされた執務室
【更新変更のお知らせ】
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
大変申し訳ございませんが、『バハムート宇宙を行く ノアの歩み』は、しばらくの間、不定期更新とさせていただきます。
その代わり、『バハムート宇宙を行く』は8時と12時の一日二回更新を予定しております。
また、『魔王と勇者 ~我、異世界転生した!~』につきましては、現在ストックがありますので、当面は一日四回更新を維持する予定です。
急な変更となり申し訳ございませんが、今後も無理なく更新を続けていきたいと考えております。
これからもよろしくお願いいたします。
ギルドに入ると、広い室内は大勢のハンターたちが生み出す賑わいに満ちていた。
依頼が表示されたホロディスプレイの前では、数人のハンターが報酬や目的地を見比べながら相談している。受付カウンターでは、依頼を終えた者たちが職員に報告し、新たな仕事を求める者たちが順番を待っていた。
併設された居酒屋からは、ジョッキを打ち合わせる音や楽しげな笑い声が響いてくる。仕事を終えて酒を楽しむ者もいれば、料理を囲み、依頼先で遭遇した出来事を身振り手振りを交えて語る者もいた。
治安局の静かな受付ホールとは、まるで違う空気。
騒がしくはあるが、不思議と嫌な感じはしない。依頼に向かう者と、無事に帰ってきた者。それぞれの活気が入り交じり、ギルド全体を動かしているようだった。
ノアは入口付近で一度立ち止まり、目的の人物を探して室内を見回す。
グレゴは、いつものようにカウンターの内側にいた。
ただし、今日は受付に並ぶハンターの相手をしているわけではない。通常のカウンター業務はほかの職員たちが担い、グレゴは少し奥まった席で、次々に届く報告を処理している。
正面には複数のホロディスプレイが展開されている。
依頼の達成報告、回収物の一覧、現地で確認された危険情報、報酬の算定に必要な記録。ハンターたちから送られてきたデータが途切れることなく表示され、グレゴは一つずつ内容を確認しながら、分類や承認の手続きを進めていた。
太い指が忙しなく表示を切り替え、時折、報告内容に眉を寄せている。
(忙しそうだな……)
今すぐ声を掛ければ、間違いなく仕事の手を止めさせてしまう。
ノアは少し迷った末、まずは自分でギールを捜すことにした。
ギールから届いたメッセージには、執務室にいるとはっきり書かれていた。先にデータを届けてしまえば、グレゴの邪魔をせずに済む。
ノアはカウンターの脇を通り、そのまま二階にあるギルドマスターの執務室に向かう。
階段を上がり、見覚えのある扉の前で足を止める。
中からは、人の声も端末を操作する音も聞こえてこない。
それでも、仕事に集中しているだけかもしれないと思い、ノアは扉を軽く叩いた。
「ギールさん。ノアです」
返事はなかった。
「あれ?」
ノアは首を傾げ、少し間を置いてから、もう一度ノックする。
「ギールさん、いますか?」
やはり反応はなかった。
ノアは念のため取っ手に手を掛け、扉を開こうとした。しかし、施錠されているらしく、固く閉ざされたまま動かない。
(鍵が掛かっているのかな。でも、執務室にいるって言ってたよな……)
端末を取り出し、ギールから届いたメッセージを改めて確認する。
『俺は執務室にいるから、そのまま持ってきてくれれば大丈夫だよ』
読み間違いではない。
ノアはそのままギールへ短いメッセージを送る。
『執務室の前に着きました。今、どこにいますか?』
だが、少し待っても返事は届かない。念のため音声通話も試したものの、ギールが応じることはなかった。
扉の向こうからは物音一つ聞こえず、中に人がいる気配も感じられない。
(忙しくて、端末を確認できないのかな)
シュウから預かったデータをこのまま持ち歩き続けるのも落ち着かない。まずはギルドの職員に、ギールの所在を確認した方がよいだろう。
仕方なく、ノアは再び一階に戻る。
階段を下りても、グレゴの状況はほとんど変わっていなかった。
ホロディスプレイには新たな報告が追加され、確認待ちを示す表示がいくつも並んでいる。グレゴは一つの報告を承認した直後、休む間もなく次のデータを開いていた。
やはり声を掛けづらい。
それでも、このまま入口付近で待ち続けるわけにもいかない。
ノアは邪魔をする申し訳なさを感じながら、カウンターに近づいた。
「すみません、グレゴさん」
「うん?」
グレゴはホロディスプレイから目を離さないまま返事をする。だが、声の主が誰なのか気づいたらしく、次の瞬間には僅かに顔を上げていた。
「おお、ノアか。どうした? 今、少し忙しくてな」
「はい。分かってはいるんですが……」
ノアは申し訳なさそうに答えた。
グレゴはノアに応じながらも、手を止めてはいない。ホロディスプレイに表示された依頼達成報告と添付映像、回収物の記録を照合し、問題がないことを確かめて報酬処理を承認した。
だが、ノアの歯切れの悪い声が気になったらしい。
最後の確認を終えると、グレゴはようやく手を止め、正面からノアを見た。
「なんだ? 何か問題でもあったか?」
「その……ギールさんの執務室から、返事がなくて……」
その瞬間、グレゴのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……またか」
低い声がカウンターの周囲に落ちた。
近くで受付をしていた職員が一瞬だけ肩を揺らし、報告中だったハンターも、何事かと二人に視線を向けた。
予想以上に強い反応を返され、ノアは慌てて両手を軽く上げた。
「いえ、その、執務室の前で何度かノックをしたんですが、返事がなかったんです。扉も施錠されていました。それに、端末へメッセージを送って通話も試したんですが、応答がなくて……グレゴさんなら、居場所をご存じかと思ったんです」
「ああ、そういうことか」
ノアに問題が起きたわけではないと分かり、グレゴの声から僅かに緊張が抜けた。
しかし、こめかみに浮かんだ青筋は消えていない。
ギールはノアに、執務室で待っていると伝えていた。それなのに、扉は施錠され、端末からの連絡にも応じていない。
しかも、グレゴの反応を見る限り、似たようなことは今回が初めてではないらしい。ノアの説明を聞いただけで、グレゴには、ギールの居場所に心当たりがあるようだった。
ノアはグレゴの顔に刻まれていく険しさを見て、背中に薄い汗を浮かべる。
(ギールさん……また何かしてるのかな)
事情は分からない。
だが、これから何かが起こることだけは間違いなさそうだった。
グレゴはホロディスプレイに残る未処理の報告を一瞥すると、奥の事務区画に向かって声を上げた。
「すまん。誰か、少し代わってくれ」
「はい。すぐ行きま~す」
奥から明るい返事が上がり、一人の女性職員が足早にやってきた。
「今開いている分は確認済みだ。次の報告から頼む。判断に迷うものがあれば、保留にしておいてくれ」
「分かりました」
女性職員は手早くグレゴと場所を入れ替えると、引き継がれたホロディスプレイを確認し、すぐに作業を再開した。
グレゴは席から立ち上がり、肩を回しながら階段に視線を向ける。
「すまんな。ちょっとギルマスを説教してくる」
「ふふっ。少しは手加減してあげてくださいね」
女性職員は作業を続けたまま、楽しそうに笑った。
その口調からすると、グレゴがギールを叱りに行くことは、決して珍しい話ではないらしい。
「ギールの態度次第だな」
グレゴは低く答えると、付いてくるようノアに顎をしゃくる。
ノアは一度だけ、執務室がある二階を見上げた。
預かったデータを届けに来ただけだったはずが、思いがけずギルドマスターへの説教に立ち会うことになってしまった。
(僕まで一緒に行って、大丈夫なのかな……)
不安を覚えながらも、ノアは先に歩き出したグレゴの後に続いた。




