治安局での再会
シュウはノアの呼吸が落ち着くまで、急かすことなく静かに待っていた。
やがて、ノアの表情から幾分か動揺が薄れたことを確かめると、改めて仕事の話に戻った。
「まず、今回渡すのは、クロ君が人身売買事件の現場で入手した記録と、その後の捜査で判明した関係組織の資料だ」
シュウはそう説明しながら自分の端末を取り出し、ノアにも端末を出すよう促した。
「えっ、クロさん、そんな事件にも関わっていたんですか?」
思いがけず知っている名前が出たことに驚きながら、ノアは端末をテーブルの上に置いた。
シュウが二台の端末を短い接続ケーブルで繋ぎ、外部回線を介さない直接転送を開始した。すると、ノアの端末に受信状況を示す表示が浮かび、暗号化された複数の資料が順番に保存されていった。
「おや。クロ君と知り合いなのかい?」
「はい。以前、僕も助けてもらったことがあって」
「そうか、そうか。クロ君は元気かい?」
シュウはどこか嬉しそうに表情を緩めた。
クロのことをただ知っているだけではなく、好意的に思っているらしい。その様子に、ノアも小さく頷く。
「はい。元気だと思います」
「それならよかった。クロ君と初めて会ったのは、ペットショップだったね」
「ペットショップですか?」
人身売買の資料という物騒な話から、突然ペットショップという言葉が出てきたため、ノアは不思議そうに聞き返した。
「ああ。クロ君はハンターの依頼で、行方不明になった猫を捜していたんだ」
シュウは当時のことを思い返すように、僅かに視線を上げた。
「調べていくうちに、その猫がペットショップで売られているのを見つけてね。その店の者たちは、一度客に売った動物を後から攫い、また別の客に売るという、何ともあくどいことを繰り返していたらしい」
「売った動物を、自分たちで攫っていたんですか?」
「ああ。クロ君が事情を確認しようとしたところ、向こうから攻撃を仕掛けたらしくてね。結局、全員まとめてクロ君に成敗された」
「あ~~……犯人は、かなり悲惨なことになったんでしょうね」
ノアはその場面を容易に想像できてしまい、思わず表情を引きつらせた。
クロから受けた、罪に対する制裁。
致命傷にならないよう出力を抑えられていたとはいえ、身体にビームガンを撃ち込まれた時の痛みは、今も忘れていない。
六発ものビームに身体を貫かれた衝撃が一瞬だけ蘇り、ノアは無意識に自分を庇うように両腕を縮めた。
「よく分かったね」
そんなノアの反応に、シュウは少し驚きながらも頷いた。
「かなり危険な状態だったよ。あれで全員生きていたことが、不思議なくらいだった」
「想像できます」
ノアが何とも言えない表情で答えると、シュウは思わず小さく笑った。
「そうか。まあ、クロ君と知り合いなら、何となく分かるのかもしれないね」
ひとしきり笑った後、シュウは当時を思い返すように僅かに目を細めた。
「その後も色々あってね。クロ君のおかげで、ペットショップだけでは終わらず、裏で繋がっていた連中や別の犯罪まで、芋づる式に分かってきたんだ」
そう話しながら、シュウはデータの送信が完了した端末を手元に戻した。
ノアも自分の端末を確認し、指定されたファイルがすべて保存されていることを確かめてから、端末を仕舞った。
「そこで改めてクロ君に依頼して、人身売買を行っていた拠点へ入ってもらったんだ。私たちだけでは危険だったから、掃除を手伝ってもらったというわけだね」
「なるほど」
ノアは素直に頷いたものの、頭の中にはすぐに別の光景が浮かんでいた。
掃除という穏やかな言葉で表現されてはいるが、実際にはクロが拠点へ乗り込み、中にいた犯罪者たちを容赦なく制圧したのだろう。
自分が受けた制裁を思い出すと、その場にいた者たちがどのような目に遭ったのか、あまり詳しく想像しない方がよい気がした。
ノアは僅かに頬を引きつらせながら、苦笑を浮かべた。
「ただね。保護した人たちから事情を聞こうとしたんだけど、クロ君の話になると、なぜか急に口が堅くなってしまってね」
「口が堅くなるんですか?」
「ああ。助けられたことは間違いないんだけど、クロ君が何をしたのか尋ねると、皆、曖昧なことしか話してくれなかったんだ」
シュウは困ったように笑った後、表情を僅かに引き締めた。
「随分と時間はかかったが、クロ君が現場で入手した記録と、保護した人たちの証言、それに治安局で進めた捜査の結果を、ようやく一つにまとめることができた。ギルドへ渡すのは、その資料一式だよ」
「そうだったんですね」
ノアは感心しながら、資料を保存した端末を収めたポケットに視線を落とした。
「僕の知らないところでも、クロさんは凄いことをしてるんですね」
自分を救っただけではない。
クロはノアの知らない場所でも誰かを助け、犯罪組織を壊し、その後の捜査に繋がる情報まで残していた。
もっとも、本人がどこまで意識して行っていたのかは分からない。
クロならば、襲われたから返り討ちにしただけだと、何でもないことのように話しそうだった。
「彼女は今、どうしているんだい?」
シュウがどこか懐かしそうに尋ねた。
「今も色々な依頼をこなしています。ただ……グレゴさんは、かなり手を焼いているようでしたけど」
ノアが苦笑交じりに答えると、シュウは納得したように何度か頷いた。
「そうか。あのグレゴさんに手を焼かせるほど優秀なんだろうね。いろいろな意味で」
「ええ。クロさんと話すたび、眉間の皺が深くなるくらいには」
ノアが真面目な顔で締めくくると、シュウは堪えきれずに笑い声を漏らした。
「それは相当だな」
シュウはしばらく楽しそうに笑っていたが、やがて懐かしむように目を細めた。
「また会ってみたいものだ。それでは、ギールによろしく伝えておいてくれ」
「はい。お預かりしたデータは、必ず届けます」
ノアはそう答え、確認するように端末に触れた。
先ほど受け取った資料は、端末の中に間違いなく保存されている。外部通信では送れない重要な情報である以上、取り扱いには十分注意し、ギールの執務室まで直接届けなければならない。
「それじゃあ、下まで送ろう」
「ありがとうございます」
シュウはノアと共に執務室を出ると、四階の廊下を進み、エレベーターで一階に降りた。
受付ホールまで戻ると、先ほどまで六番窓口で手続きをしていたマリーが、ちょうど正面玄関から帰ろうとしているところだった。
「マリーさん。もう帰るんですか?」
ノアの声に気づき、マリーが振り返る。
「あら、ノア。用事は終わったの?」
「はい。今、シュウさんから資料を受け取ったところです」
ノアの隣に立つ人物に視線を移したマリーは、途端に目を見開いた。
「えっ、シュウ警部!」
その呼び方を聞き、ノアは隣に立つ男を見上げた。
(シュウさん、警部だったんだ)
簡素な執務室と疲れ切った服装から、そこまで責任ある立場の人物だとは思っていなかった。
一方、シュウもマリーの姿を認めた途端、浮かべていた穏やかな笑みを消した。
懲りずに同じことを繰り返す相手を見るように、呆れた表情で眉間に皺を寄せた。
「……『暴走爆音のマリー』か」
妙に物騒な呼び名が聞こえ、ノアは思わずマリーに顔を向けた。
マリーは先ほどまでの柔らかな笑顔を引きつらせ、僅かに視線を逸らしている。
「またお前、速度違反か?」
シュウの問いかけが、静かな受付ホールに重く落ちた。




