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バハムート宇宙を行く ノアの歩み  作者: 珈琲ノミマス


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22/27

治安局の待合室

【お休みのお知らせ】


来週の更新はお休みさせていただきます。


更新は8月3日より再開いたします。


ご不便をおかけして申し訳ございませんが、再開までお待ちいただけますと幸いです。


よろしくお願いいたします。

 エアバスを降り、治安局本部の敷地に着いたノアは、目の前に広がる光景を見回した。


 建物の周囲では、治安局の紋章が描かれたエアパトカーが絶え間なく離着陸を繰り返している。その上空では複数のパトロールドローンが規則正しく飛び交い、敷地へ入ってくる車両や人々を監視していた。


 出入りしているのは、治安局の職員だけではない。


 相談に訪れたらしい市民や、何らかの手続きをするために端末を確認しながら入口へ急ぐ者も多く、正面玄関には途切れることなく人が吸い込まれていく。


 ノアがその様子を眺めていると、頭上を大きな影が通り過ぎた。


 見上げれば、人一人を収容できそうなカプセルを下部に備えた大型ドローンが、周囲の機体よりも速く敷地内に入っていくところだった。


(あれには、捕まえた犯人でも乗ってるのかな)


 実際のところは分からない。


 ただ、その急いだ様子と治安局という場所が結び付き、ノアの頭には自然とそんな想像が浮かんでいた。


「……賑わってるな」


 治安局に対して使うには、あまり適切な表現ではない。


 ここが忙しいということは、それだけ事件や問題が起きている可能性もあるのだ。それでも、目の前の絶え間ない人と車両の動きを表す言葉が他に思い浮かばず、ノアは思わずそう呟いていた。


 これまで映像などで見た記憶すらない治安機関の本部。


 何も悪いことはしていないはずなのに、飛び交う監視ドローンや忙しなく行き来する職員の姿を見ていると、妙に背筋が伸びる。


 ノアは少し緊張しながら、流れていく人々に続いて建物の中に入った。


 だが、正面玄関を通り抜けた途端、外の喧騒が嘘のように遠ざかった。


 広い受付ホールは多くの人で埋まっているにもかかわらず、驚くほど静かだった。


 話し声は聞こえるものの、誰もが周囲を気にして声を抑えている。職員の案内や各窓口からの呼び出しも、ホロディスプレイや個人の端末を通して行われているらしく、大声で名前を呼ぶような様子はない。


「いろいろな窓口があるな」


 ノアは足を止め、正面に並ぶ案内表示に目を向けた。


 市民からの相談を受け付ける窓口。


 免許の取得や更新を行う窓口。


 交通違反による反則金の支払いや、各種書類を提出するための窓口。


 さらに、落とし物や盗難被害、行方不明者に関する相談など、目的ごとに細かく受付が分けられている。


 治安局という名前から、ノアは犯罪者を捕まえたり、街を巡回したりする組織を想像していた。


 だが実際には、市民の生活に関わる様々な手続きや相談も扱っているらしい。


(治安を守る以外にも、いろいろな仕事をしてるんだな)


 どの窓口に向かえばよいのか分からず、ノアが案内表示を眺めていると、ホールの端で待機していた小型ドローンが一台、静かに近づいてきた。


「えっ、僕?」


 ノアの前で止まったドローンから淡い光が広がり、胸の高さに半透明のホロディスプレイが浮かび上がる。


 画面の上部には、大きく『ご案内』と表示されていた。


 その下には訪問理由を尋ねる文章と共に、市民相談、免許関係、交通違反、書類提出、遺失物など、複数の選択肢が整然と並んでいる。


「凄いな……」


 人間の案内係を探す必要もなく、建物へ入ってきた者をドローンの方から見つけ、目的に合った窓口まで案内してくれるらしい。


 初めて見る仕組みに感心しながら、ノアは表示された項目を上から順に確認していった。


 しかし、ギールから頼まれたのは、シュウという人物から資料データを受け取ることだ。


 当然ながら、そのような訪問理由は一覧に見当たらない。


「これは違う。こっちも違うな……」


 何度か画面を切り替えてみたものの、目的に合いそうな項目はなかった。


 ノアは最後に表示されていた『その他』を選択する。


 すると選択肢が消え、代わりに小さな待機表示が回り始めた。やがて画面に新しい文章が浮かび上がる。


『ご用件を確認するため、担当者をお呼びしております。お名前をご記入のうえ、待合席でしばらくお待ちください』


「担当者をお呼びしております、か」


 表示された文章を読み上げ、ノアは周囲を見回した。


 シュウという人物の名前をまだ入力していないが、まずは呼ばれた担当者に事情を説明すればよいのだろう。


 ノアは案内ドローンのホロディスプレイに自分の名前を記入する。入力が完了すると、ドローンは役目を終えたようにホールの端へ戻っていった。


 案内に従って待合場所へ向かうと、そこには長椅子が何列も並んでいた。


 すでに多くの市民が腰を下ろしており、端末を操作して時間を潰す者や、書類を確認する者、落ち着かない様子で何度も窓口へ視線を向ける者もいる。


 ノアは空いている場所を探し、長椅子の列の端に腰を下ろした。


 担当者が来るまで、どれくらいかかるのだろう。


 少し気になって周囲を眺めていたノアは、数列離れた長椅子に座る見覚えのある女性を見つけた。


「あれ、マリーさん?」


 聞き覚えのある声に反応し、女性が振り返る。


 視線が合った瞬間、マリーは驚いたように目を丸くした。


「ノア? どうしたの、こんなところで」


 間違いなく、マイの母親であるマリーだった。


 今日はエプロンこそ身につけていなかったが、青いセーターと黄色のロングスカートという穏やかな装いで、その姿はどこから見ても、ごく普通の母親にしか見えない。


 戦艦ボガードを信じられない速度で操り、獰猛な笑みを浮かべながら敵艦へ突撃していた人物と同一人物だとは、とても思えなかった。


 マリーは一度立ち上がると、ノアが座っている長椅子まで移動し、その隣に腰を下ろした。


「いえ、ギールさんから頼まれたことがあって。シュウという人から資料データを受け取りに来たんです」


「そうなの。ギールも相変わらず忙しそうね」


「マリーさんは、どうして治安局に?」


 尋ねられた途端、マリーの穏やかな笑顔が僅かに固まった。


「私は、その……ちょっとした申請に来たのよ」


「申請ですか?」


「ええ。まあ、そんなところね」


 何の申請なのかは口にせず、マリーは曖昧な笑みを浮かべる。


 普段なら気になったことをそのまま尋ねるノアだったが、どこか話を広げてほしくなさそうな空気を感じ取り、それ以上は聞かないことにした。


 その時、ホール内に落ち着いた案内音が流れ、マリーの端末が短く振動した。


 同時に、正面のホロディスプレイに受付番号と窓口番号が表示される。


『受付番号612番の方は、六番窓口までお越しください』


「あっ、呼ばれたわね」


 マリーは待っていたと言わんばかりに、すぐに腰を上げる。


「それじゃあ、またね」


「はい。また」


 ノアに軽く手を振ると、マリーはどこか落ち着かない足取りで、六番窓口に向かった。


 その後ろ姿を何気なく見送っていたノアは、ふと窓口の上に表示された案内へ目を向ける。


 そこには大きく、こう書かれていた。


『交通違反・反則金手続き窓口』


「……」


 ノアは何も見なかったことにするように、ゆっくりと前を向いた。


(見なかったことにしよう)


 マリーが何をして反則金を科されたのか。


 少しだけ気にはなったものの、あの戦艦の操艦を思い出すと、詳しく尋ねない方がよい気がした。


 ノアは胸に浮かんだ疑問を、そっと心の奥へ追いやり、自分の担当者が来るのを大人しく待つことにした。


 それから数分後。


 マリーがまだ六番窓口で手続きを続けている中、受付ホールの奥にある階段から、一人の女性職員が下りてきた。


 その傍らには、先ほどノアの受付を行ったものとよく似た小型ドローンが付き従っている。


 ドローンは階段を下りきると周囲を確認するように向きを変え、待合席に座るノアを識別した。そのまま女性職員を先導し、長椅子の並ぶ場所へ静かに近づいてくる。


(あの人が担当者かな)


 ノアが姿勢を正すと、女性職員は目の前で足を止め、確認するように顔を覗き込んだ。


「失礼ですが、ノアさんでお間違いないでしょうか?」


「はい。そうです」


 名前を確認すると、女性職員は丁寧に頭を下げる。


「お待たせいたしました。本日は、どのようなご用件でしょうか?」


「あの、ハンターギルドのギールさんに頼まれて、シュウさんに会いに来ました。資料データを受け取るように言われています」


「ハンターギルドのギールさんからのご依頼で、シュウへのご用件ですね」


 女性職員は内容を確認するように繰り返すと、手元の端末を操作した。


 やがて目的の人物が確認できたらしく、表示された情報に軽く目を通した後、ノアに向き直る。


「承知いたしました。シュウのいる場所までご案内いたします」


「ありがとうございます」


 女性職員に促され、ノアは長椅子から立ち上がった。


 六番窓口では、マリーがまだ職員と何やら話している。こちらには気づいていないようだったため、ノアは声を掛けず、案内役の女性職員とドローンの後に続いた。

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