懐かしく新しい遊び
「はぁ~~~~。残念だった……」
自宅に着いたノアは、室内へ入るなり大きなため息を吐いた。
買い物そのものは楽しかった。
ゲームの周辺機器も買えたし、服や生活用品も揃えることができた。ウェンやマイと一緒にデパート内を歩き、最後には食事まで楽しんだのだから、決してつまらない一日ではない。
それなのに、胸の中には小さな心残りがあった。
「せっかく、ウェンと二人だけで買い物できると思ったのに……」
誰もいない部屋で、思わず本音が漏れる。
しかし、ノアはそこに滲んだ自分の気持ちに気づかないまま、着替えを手に浴室へ向かった。
温かなシャワーで汗を流し、身体を拭いて寝間着に着替える。そのままベッドへ飛び込むと、柔らかな枕に顔を埋めた。
今日は色々なことがあった。
アドベンチャーの一員として、初めて臨んだ依頼。
いつもと違う服装をしたウェン。
淡い青色のワンピースと、背中に流れる長い金髪。
似合っていると伝えた時、顔を真っ赤にした姿。
次々と浮かんでくる光景をぼんやりと思い返しているうちに、歩き回った疲れが押し寄せ、ノアはそのまま眠りに落ちていった。
そして翌朝。
「いやいや! 僕は何を残念がっていたんだ!」
目を覚ましたノアは、昨夜の自分が口にした言葉を唐突に思い出し、ベッドから勢いよく飛び降りた。
「ウェンと二人だけで買い物したかったって……何で僕はそんなことを!」
誰に聞かせるでもなく、部屋の中で思わず叫ぶ。
幸いにも、ここは防音がしっかりと施されたシゲルの避難所である。どれだけ大きな声を出したところで、外へ漏れる心配はなかった。
だが、声が外へ漏れなくても、頭の中で何度も反芻される言葉までは消えてくれない。
(せっかく、ウェンと二人だけで……)
「違う! 別に変な意味じゃない!」
自分の考えを打ち消すように、さらに声を張り上げる。
しかし、否定すればするほど、昨日のウェンの姿が鮮明に浮かんでくる。
楽しそうに笑っていた顔。
自分が選んだ服を似合うと言った時、嬉しそうにしていた姿。
そして、マイが加わった時に感じた僅かな残念さ。
「もう……何なんだよ」
ノアはしばらく部屋の中を歩き回り、何度も深呼吸を繰り返した。
やがて少しだけ落ち着きを取り戻すと、ソファーに腰を下ろし、背もたれに身体を預ける。
「もう。僕はどうしたいんだろう」
ウェンと二人で過ごしたかった。
けれど、マイが加わってからも楽しかったことに変わりはない。
自分の中に生まれた感情に、どのような名前をつければよいのか分からない。ノアはソファーに座ったまま、答えの出ない疑問を抱えて天井を見つめ続けた。
そんな落ち着かない朝が過ぎ、ようやく気持ちを切り替えられた頃には昼になっていた。
その時、入口付近の呼び出し装置が作動する。
「昨日頼んだ荷物かな?」
ノアは立ち上がり、配達をお願いしていた荷物を受け取るため、入口へ向かった。
外では配達員がダミーの玄関を前にして、四苦八苦していた。
端末に表示された住所は間違いなくここを示している。それなのに、目の前にある扉は開かず、配達員は何度も住所とダミーの玄関を見比べていた。
その傍らには、大小いくつもの荷物を積んだフロート台車が浮かんでいる。
そのすぐ横で壁の一部が動き、中からノアが姿を現した。
「お待たせしました」
「うわっ!?」
扉ではなく壁から突然人が出てきたため、配達員は驚いて身体を仰け反らせた。
「あっ、すみません。入口はこっちなんです」
「これは……初めて来た人には分かりませんよ」
「僕も最初は分かりませんでした」
ノアは苦笑しながら端末で受領手続きを済ませると、フロート台車ごと荷物を室内へ運び入れた。
荷物を入口付近に下ろすと、空になったフロート台車を配達員へ返した。
何度も壁を振り返りながら立ち去っていく配達員を見送ると、ノアは入口を閉じ、ほっと息を吐いた。
「これから配達を頼むたびに、説明しないといけないのかな……頼みづらいな」
そう呟きながら、入口付近に積んだ箱を、開けやすいよう一つずつ並べ直していった。
今後のことを考えると少し面倒ではあるが、待ち望んでいた品物が届いた喜びの方が大きい。
ノアはまず一番上に置かれていた箱の封を開け、中身を取り出していった。
最初に出てきたのは、昨日購入した洋服。
その下には、真空パックされた新しい枕やクッションが収められている。
圧縮された枕を袋から出すと、ゆっくりと空気を含み、本来の大きさへ膨らんでいった。
「おお……本当に膨らんだ」
少しだけ感心しながら、それらを脇に置く。
そして箱のさらに奥から、ノアが最も楽しみにしていたゲームの周辺機器を取り出した。
「さて、まずは端末とホロモニターをリンクさせよう」
ノアは端末を操作し、部屋に備え付けられたホロモニターを接続先として選択する。続いてリモコンを登録し、認証を完了させると、端末に表示されていた画面がホロモニターに大きく投影された。
「これで端末の映像が投影できるのか」
試しにいくつかの画面を切り替えると、ホロモニターの映像も遅れることなく変化する。
問題なく接続できていることを確認すると、ノアは箱から次の機器を取り出した。
小型浮遊スピーカーポッド。
球状のスピーカー本体と、それを浮遊させる台座が一組になった音響機器である。
ノアはまず、ホロモニターの前に一つ目の台座を設置し、その上に球状スピーカーを載せた。電源を入れると、スピーカー本体が台座から僅かに浮かび上がり、空中で静止する。
「おお。本当に浮いた」
ノアは興味深そうに眺めた後、残りの浮遊スピーカーも箱から取り出していく。
正面だけでなく、左右や背後からも音が聞こえるよう、ソファーを囲む形で台座を一つずつ配置する。距離と向きを確認しながら調整を続け、合計13個の設置を終えると、すべてのスピーカーを端末とホロモニターにリンクさせた。
「後は、コントローラーと物理キーボード。それから、思考操作デバイスもリンクして……」
各機器の接続情報が端末に次々と表示される。
ノアは一つずつ認証を済ませ、動作を確認していった。コントローラーのボタンを押せば入力内容が画面に反映され、物理キーボードも問題なく文字を認識する。
最後に思考操作デバイスをカチューシャのように頭に装着し、簡単な接続試験を終えると、端末にはすべての機器が正常に動作していることを示す表示が並んだ。
「……よし。これで全部だ」
準備を終えたノアは、満足そうにソファーに腰を下ろした。
まずは昨日ウェンから教えてもらった通り、ゲームを購入するために必要な配信ライセンスを買う。
端末には複数の配信元と、そこで購入できるゲームの一覧が表示された。
「色々あるな……」
映像を見ながら気になるゲームを一つずつ確認していく。
だが、ゲームを選ぶこと自体が久しぶりだからか、どれも面白そうに見えてなかなか決められない。
しばらく悩んだ末、ノアはセールで安くなっていた戦略ゲームを選んだ。
複数の陣営を操作し、資源を集め、領地を広げながら勝利条件を目指すゲームらしい。ただし、戦闘や交渉などの結果にはダイスロールが用いられ、その出目によって状況が大きく変化すると説明されていた。
「運要素の強いゲームか。ダイスロールの出目で運命が変わるんだな」
最初に遊ぶものとしては面白そうだ。
ノアは購入手続きを済ませ、ダウンロードが終わるのを待つ。
やがて完了を告げる表示が現れると、ノアはコントローラーを手に取り、ゲームを起動した。
ホロモニターに開始画面が映し出され、選択できる各陣営の特徴や戦力、資源の情報が表示される。
同時に端末のホロディスプレイがテーブルの上に展開され、山や川、街などが存在する立体的な戦場を映し出した。
小さな部隊を示す駒が配置され、陣営ごとに色分けされた領地が、テーブルの上に広がっていく。
その直後、ソファーを囲む13個の浮遊スピーカーが、一斉に台座から浮かび上がった。
重厚な音楽が正面から流れ、背後からは風や木々のざわめきが聞こえてくる。左右からは兵士たちの足音や、遠くで鳴り響く戦闘の音が流れ、まるで自分がその戦場の中央にいるかのような臨場感が生まれた。
「すごいな……」
ノアは思わず周囲を見回す。
音が聞こえる方向と、テーブル上の戦場で起きている出来事が正確に一致している。
部隊を選択すると、ホロモニターには兵力や装備などの詳しい情報が表示され、テーブル上では選択した駒が淡く光った。
「なるほど。モニターとボードが一緒になったようなゲームか」
ノアは興味深そうに身を乗り出し、改めてコントローラーを握り直した。
転生した世界のゲームは、ノアにとって懐かしく、それでいてまったく新しいものだった。
自分が転生する前に、どのようなゲームで遊んでいたのか。今となっては、その記憶の大半が失われている。作品の名前も、画面に映っていた景色も、誰かと一緒に遊んだことがあったのかさえ思い出せない。
それでも、部隊を選び、限られた資源をどう使うか考え、敵の動きを予想しながら次の一手を決めていく感覚には、確かな懐かしさがあった。
(そうだ。僕は、こうやって考える時間が好きだったんだ)
勝つために何を優先するべきか。
戦力を増やすのか、領地を広げるのか。それとも、敵が体勢を整える前に攻め込むのか。
選択肢を一つずつ見比べながら悩んでいると、胸の奥に残っていた何かが、ゆっくりと形を取り戻していく。
だが、目の前で繰り広げられているものは、ノアが微かに覚えているゲームとは大きく違っていた。
テーブルの上を動く小さな部隊。戦況に合わせて室内を巡る音。刻々と変化する戦場が、本当に目の前に存在しているかのように感じられる。
懐かしいのに、初めて触れるものばかり。
それでもノアは、その違いに戸惑うのではなく、純粋に面白いと感じていた。
「これ、凄いな……」
コントローラーを握ったまま、ノアはテーブルの上に広がる戦場を覗き込む。
試しに部隊を選択して進軍先を指定すると、小さな兵士たちが隊列を組み、敵の領地へ向かって動き始めた。
「とりあえず、一時間くらいやってみようかな」
まだ昼を過ぎたばかりで、時間には余裕がある。
操作方法を覚え、どのようなゲームなのか確かめるだけなら、一時間もあれば十分だろう。
そう考えながら、ノアは次の行動を選択した。
――こうして、休みの一日目が始まった。
そして二日目。
「よし。このまま南側の拠点を落とせば、補給路を切れる」
ノアは昨日と変わらず、ソファーに座ってコントローラーを握っていた。
一時間だけ試すつもりだった。
だが、操作を覚えた頃には最初の作戦が気になり、その作戦を終えた頃には敵陣営の反撃が始まっていた。それを退ければ、今度は新たな領地を手に入れる好機が訪れる。
ここまで進めたらやめよう。
この戦闘が終わったら休もう。
次のターンまで確認したら眠ろう。
何度もそう考えたはずなのに、区切りを迎えるたび、その先に新しい問題や好機が現れた。
気づけば夜が過ぎ、朝を迎え、さらに昼を過ぎている。
眠気はとっくに感じていたが、それ以上に、あと少しで勝てそうだという期待がノアを画面の前へ繋ぎ止めていた。
「敵の主力部隊は東に移動した。今なら奇襲を成功させれば、一気に本拠地まで進める」
ノアは立体戦場を覗き込むように身を乗り出し、敵部隊の位置と自軍の進路を何度も確認する。
作戦そのものは悪くない。
敵の警戒も薄く、各種補正を含めた合計が15以上になれば、奇襲は成功する。成功すれば敵の防衛線を突破し、長く続いた戦いを一気に終わらせられるはずだった。
「よし。これで決める」
ノアが決定ボタンを押すと、テーブルの上に大きなダイスが現れる。
立体映像で作られた三個の11面体ダイスは、戦場の上を跳ねるように転がり、何度か角をぶつけた後、ゆっくりと動きを止めた。
画面に表示された判定結果は――各種補正を含めて合計13。
「なんでそこで13なんだ!? 15以上で奇襲成功なのに、理不尽だろ!」
思わずソファーから立ち上がり、画面に向かって叫ぶ。
奇襲に失敗した部隊は敵に発見され、逆に包囲されかけていた。周囲の浮遊スピーカーから警告音が響き、ホロモニターには次々と不利な情報が表示されていく。
「待って、まだ終わってない。ここから救援部隊を送れば間に合うはずだ」
悔しがっていたのも束の間、ノアはすぐにソファーへ座り直し、崩れかけた戦況を立て直すため、再びコントローラーを操作し始めた。
失敗すれば、その失敗をどう取り戻すか考える。
思い通りにならないからこそ、次の一手を考えることが面白い。
ノアは眠気も空腹も忘れ、ただ目の前の戦場へ夢中になっていった。
そして、その日の夜。
「……勝った」
ホロモニターに勝利を告げる文字が表示され、重厚な音楽と共に、テーブル上の戦場に自軍の旗が次々と掲げられていく。
途中で何度も作戦を崩され、予想もしなかった敵の反撃に苦しめられた。最後までダイスの出目に振り回されたものの、それでも諦めずに戦況を立て直し、とうとうゲームをクリアしたのだ。
「やっと終わった……」
ノアは満足そうな笑みを浮かべ、コントローラーをテーブルに置いた。
その瞬間、それまで意識の外へ追いやっていた疲労と眠気が一気に押し寄せてくる。
身体は重く、目を開けていることさえ難しい。
「少しだけ……寝よう」
辛うじてゲームを終了させ、浮遊していたスピーカーを待機状態に戻す。
静かになった部屋の中を、ノアは眠気に足を取られながらベッドまで歩いた。身体を横たえると、布団を掛ける余裕すらなく、そのまま深い眠りへ落ちていく。
結局、ノアが次に目を覚ましたのは、それから丸一日が過ぎた後だった。




