三人の買い物
その後、ノアはウェンとマイに案内されながら、総合デパート内の様々な店を見て回った。
まず向かったのは、衣料品を扱う区画だった。
ノアは普段着として着られそうな服をいくつか手に取り、鏡の前で身体に合わせてみる。だが、自分では悪くないと思って選んだ服を見た途端、マイが露骨に顔をしかめた。
「てめぇ、何だそのダサい服は」
「そこまで言う?」
ノアは手にしていた服とマイの顔を交互に見ながら、思わず眉を寄せる。
「マイちゃん、言いすぎだよ。でも……ノアには、こっちの方が似合うかもね」
ウェンは苦笑しながらマイを窘めると、別の棚から落ち着いた色合いの上着を取り出し、ノアの身体にそっと合わせた。
「うん。こっちの方がいいと思う」
「最初の服と、そんなに違うの?」
「全然違ぇよ。お前に選ばせたら、変な格好で歩きそうだな」
「そこまで僕の感覚を信用しないの?」
マイに容赦なく罵られ、ウェンには柔らかく修正される。
そんなやり取りを何度も繰り返しながら、ノアは普段着や上着、部屋で着る服などを一通り買い揃えていった。
もっとも、買い物をしていたのはノアだけではない。
最初は服に興味を示していなかったマイも、店内を歩くうちに気になる商品を見つけたらしく、いつの間にか何着もの服を腕に抱えていた。
「マイも買うの?」
「ああっ? 別にいいだろ。たまたま気に入っただけだ」
「一応、僕の買い物なんだけど」
「うるせぇ。気になったものがあったんだよ」
マイは少し気まずそうに顔を逸らすと、抱えた服を隠すようにノアへ背中を向けた。
さらに、マイが服を選び始めたことでウェンまで釣られ、ノアの服を見るだけだったはずが、自分用の商品も探し始める。
「この服、可愛いかも……」
「ウェン姉さん、それ買うのか?」
「どうしようかな。似合うと思う?」
「いいんじゃねぇの?」
「ノアはどう思う?」
「えっ、僕?」
急に意見を求められ、ノアは少し困りながらも、ウェンが手にしている服へ視線を向けた。
「うん。ウェンに似合うと思うよ」
「そ、そう?」
ウェンは嬉しさを隠すように服へ目を落とすと、その服も購入することにした。
そうして三人は衣料品店だけでなく、家具や生活用品を扱う店にも立ち寄り、気になる商品を見つけるたびに足を止めた。
ノアが当初考えていたよりも、買い物は遥かに賑やかなものになっていた。
だが、その途中。
ノアは一人、ある店の前に取り残されていた。
(……何で僕は、下着売り場の前で待っているんだ?)
女性向けの下着を扱う店の入口から少し離れた場所で、ノアは居心地悪そうに立っていた。
ウェンとマイが店内へ入ってから、すでにかなりの時間が経っている。
周囲には同じように連れを待っている男性の姿もあったが、ノアはどこへ視線を向ければよいのか分からず、何度も端末を確認して時間を潰していた。
(恥ずかしいし、何だか心細い……)
店内へ目を向けるわけにもいかない。
かといって、離れた場所へ移動すれば、戻ってきた二人と行き違いになるかもしれない。
仕方なく、その場で待ち続けるしかなかった。
通り過ぎる者の中には、女性向けの下着を扱う店の前で落ち着かない様子を見せるノアへ、訝しげな視線を向ける者もいた。
(いやいや。僕は何もしてないよ)
向けられる視線へ、心の中で必死に訴える。
自分はただ待つように言われただけで、店へ入った二人がいつ戻ってくるのかすら知らない。
それなのに、下着売り場の前へ一人で立っているだけで、何か勘違いされているような気がする。
(早く戻ってきてくれないかな……)
ノアが何度目か分からないため息を吐いた時、ようやく店内からウェンとマイが姿を現した。
二人は、それぞれ購入品の入った袋を提げていた。
「お待たせ。久しぶりだったから、色々買っちゃった」
ウェンは少し申し訳なさそうに笑いながら、ノアのもとへ戻ってきた。
「本当に待ったよ。どうしてそんなに時間がかかったの?」
ノアが安堵しながら尋ねると、マイが不満そうに口を尖らせた。
「ウェン姉さん、ひでぇよな。私には、まだブラは早いって言うんだぜ」
「ちょっ! マイちゃん、そんなこと大声で言わないの!」
ウェンは顔を真っ赤にすると、慌ててマイの口を手で塞ごうとする。
「何だよ。本当のことだろ」
「本当でも、ここで言わなくていいの!」
声を抑えようとするウェンと、気にすることなく言い返すマイ。
突然始まった二人のやり取りに、ノアはどう反応すればよいのか分からず、その場で固まった。
(僕に聞かせないでほしい……)
大声で交わされる会話に気づき、周囲から向けられる視線が、さらに気まずいものへ変わったような気がする。
ノアは顔が熱くなるのを感じながら、何も聞かなかったことにしようと、そっと二人から視線を逸らした。
そうして一通りの買い物を終えると、ノアは今日のお礼として、二人へ晩御飯を奢ろうと提案した。
「今日はありがとう。良かったら、そこの店で晩御飯を奢るよ」
「本当? じゃあ、ご馳走になろうかな」
「へっ。まあ、悪くねぇな」
「奢られる側なのに、何でそこまで上から目線なの?」
マイの態度に呆れながらも、ノアは二人と一緒に店内へ入った。
案内された席へ腰を下ろし、それぞれの前にメニューが表示される。
「おっ、パスタか。じゃあ、これと、このジュース。それから、このデザートも注文しとけ」
マイはメニューをほとんど迷うことなく選ぶと、席から立ち上がった。
「私はちょっと、母さんに連絡してくる。晩飯はいらねぇって言っとかないとな」
そう言い残し、マイは一旦店の外へ出ていった。
店の外へ向かうマイの背中を見送りながら、ノアは小さく息を吐く。
「……マイって、何であんなにいつも上からなんだろう」
「可愛くていいと思うけど?」
ウェンは笑みを浮かべながら、メニューへ目を落とした。
「いいじゃない。マイちゃんはマイちゃんなんだから」
「まあ、今さら大人しいマイなんて、想像できないけどね」
「確かに、それはマイちゃんらしくないかも」
二人は顔を見合わせ、その姿を想像して小さく笑い合う。
マイが戻ってくるまでの間に、ノアとウェンもそれぞれ注文する料理を選び始めた。
一方、その頃。
店の外へ出たマイは、周囲に知り合いがいないことを確認してから端末を操作し、通信を繋いだ。
「もしもし、スミスおじさん?」
「マイか。どうだった?」
通信の相手は、やはりスミスだった。
マイは店内にいるノアとウェンへ一度だけ視線を向けると、得意げに口元を緩めた。
「ああ。言われた通り、店を出たウェン姉さんを追ったら、案の定ノアと待ち合わせしてたよ。もちろん、ちゃんと邪魔しておいた」
「そうか。すまんな。面倒なことを頼んだ」
端末から聞こえてきたのは、いつもと変わらない低い声だった。
怒っているようにも、安堵しているようにも聞こえない。ただ静かなその声音に、マイは小さく笑いながら答える。
「いいよ。いつもスミスおじさんには世話になってるしな」
そう言いながら、もう一度店内へ視線を向ける。
ノアとウェンは二人並んでメニューを眺め、何やら楽しそうに話していた。
その様子を見て、マイは悪戯っぽく口元を吊り上げる。
「私も、ウェン姉さんに悪い虫がつかないようにしないとな」
「そうだ。出かけることまで止める気はない。だが、ノアはまだ信用できん。二人きりにしておくには早い」
「私も同じだよ。まだ仲間になったばかりだしな。信用できるかは、これから見極める」
ノアの実力については、先日の戦闘である程度認めている。
だが、戦えることと、信用できることは別だ。
仲間としてどういう人間なのか。
そして、ウェンに近づく相手として問題がないのか。
それはこれから見定めていけばいい。
そんなことを考えていたマイは、ふと一つ思い出した。
「そういえば、ウェン姉さん。今日は珍しい格好してたぜ」
「珍しい格好?」
「ああ。ワンピースを着て、髪まで下ろしてた。いつもと全然違ってたけど、可愛かったぜ」
マイとしては、ただ目にしたことをそのまま伝えただけだった。
だが、通信の向こうから返ってきたのは、短い沈黙。
「……なるほど」
「ん?」
先ほどまでと同じ低い声。
それなのに、何かが僅かに変わったような気がした。
「どうしたの?」
言葉にしづらい不穏な雰囲気を感じ取り、マイの顔から先ほどまでの笑みが引っ込む。
「いや、何でもない」
スミスはそれ以上、その話題へ触れようとはしなかった。
「また店に来た時には、何かサービスする。今日はすまなかった」
「別にいいって。じゃあ、またな」
「ああ」
通信が切れる。
マイは続けてマリーへ、夕食はいらないと短いメッセージを送った。
それを終えてから暗くなった端末の画面を見つめ、僅かに眉を寄せる。
「……何だったんだ?」
少し気にはなったものの、いつまでも外にいれば、今度はノアとウェンに怪しまれてしまう。
マイは端末を仕舞うと、何事もなかったような顔を作り、二人が待つ店内へ戻っていった。




