ゲーム売り場の常識
「ゲームソフトォ~?」
ノアに奢らせたオレンジジュースのカップを片手に、マイは妙に間延びした声を上げた。
ストローを咥えながらノアを見上げるその目は、まるで何も知らない小さな子供を見るかのようだった。
ノアは自分のレモンソーダを片手に、その視線を訝しげに見返す。
「何で、そこまで馬鹿にするような目で見るの?」
「ああっ? だってお前……」
マイは何かを言いかけたものの、途中で言葉を止め、オレンジジュースを一口飲む。
「まあ、いいけどよ」
「何、その含みのある言い方?」
明らかに何かを知っている態度なのに、理由を説明しようとしない。その反応が気になり、ノアは隣を歩くウェンへ助けを求めるように顔を向けた。
「ウェン。ゲームソフトを買いたいって、そんなにおかしいの?」
「う~~ん……別に変ではないんだけど」
ウェンはアップルティーのストローから口を離し、少し困ったように笑いながら、言葉を選ぶように視線を泳がせる。
「説明するより、実際に見た方が早いかな」
「何でウェンまで言葉を濁すの?」
ノアが不思議そうに尋ねても、ウェンは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
マイも口元をにやつかせたまま、答えようとはしない。
そうして二人に案内され、ノアは総合デパートのゲーム売り場へと辿り着いた。
広い売り場には、ゲーム関連の様々な機器や商品が並んでいる。
頭部に装着する、大型ゴーグル型の機器。手に馴染む形状をしたコントローラー。身体の動きを読み取るセンサーや、椅子全体が動く大型の専用シート。他にも音響機器や通信補助装置など、用途の分からない周辺機器まで棚を埋め尽くしていた。
買い物客たちは、それらの商品を手に取って性能を確認したり、ホロディスプレイに表示される価格や対応規格を見比べたりしている。
だが、ノアが探しているものだけが見当たらない。
どれだけ周囲を見渡しても、棚に並べられたゲームソフトのケースらしきものは一つもなかった。
「……これが、ゲーム売り場?」
ノアは戸惑いを隠せないまま、見落としている棚でもあるのではないかと、売り場へ視線を巡らせる。
「ソフトはどこにあるの? 別の階?」
「ノア、本当に知らなかったんだね」
ウェンはようやく納得したように頷くと、自分の端末を取り出した。
「ゲームは端末で遊べるの。最初に利用したいメーカーの配信ライセンスを買って、その後は遊びたいゲームを選んで購入すれば、端末にダウンロードできるよ」
「端末で?」
「うん。家にあるホロモニターと接続すれば、もっと大きな画面でも遊べるよ。だから、ここで売っているのは操作するための機器や、ゲームをより楽しむための周辺機器が中心なの」
ウェンの説明を聞き、ノアは改めて周囲を見回した。
確かに、客たちはソフトを探している様子などない。自分の端末と商品の情報を照合し、どの機器を購入するか選んでいるだけだった。
「じゃあ、ゲーム自体は……」
「家でも買えたよ」
「……わざわざここまで来なくても?」
「ゲームを買うだけならね」
ウェンは申し訳なさそうに苦笑する。
その横で、我慢できなくなったマイが腹を抱えるように笑い出した。
「端末でちょっと調べりゃ、すぐ分かったのによ! 馬鹿じゃねぇの!」
「そこまで笑うことないだろ!」
「だって、ゲームソフトを探しに来たんだろ? 今どき、店にソフトが並んでると思ってる奴なんかいねぇって!」
マイは楽しそうに笑いながら、手にしたオレンジジュースを揺らす。
「しかも、何も知らずに私のジュースまで奢ってんだから、笑うだろ!」
「それは関係ないよね?」
ノアは顔を引きつらせながら言い返す。
だが、ウェンもマイほど露骨ではないものの、口元に浮かんだ笑みを隠し切れていなかった。
「ウェンまで笑ってる……」
「ごめん。でも、ノアが本当に知らないとは思わなかったから」
「僕だって、こういう仕組みだって知ってたら、先に調べてたよ……」
ノアは恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻き、周囲に並ぶ周辺機器へ視線を向けた。
ゲームを買いに来たはずが、肝心のゲームそのものは、商品としてどこにも並んでいない。
自分の覚えている常識と、この世界の常識。
その違いを、ノアは思いがけない形で突きつけられていた。
「まあ、いいよ。ここまで来たんだし、周辺機器を見ていこう」
ノアは気を取り直すように呟くと、並べられた商品へ興味深そうに視線を巡らせた。
「それなら、コントローラーと……この物理キーボードもいいな。いや、こっちの思考操作デバイスも気になる」
先ほどまで恥ずかしそうにしていたのが嘘のように、ノアの目が輝き始める。
商品説明が表示されたホロディスプレイを次々と切り替え、性能や対応するゲームを夢中になって確認していく。
「まったく、ガキかよ」
その姿を眺めながら、マイが呆れたようにオレンジジュースを口へ運ぶ。
「それは、マイが言っていい言葉じゃないと思うよ」
「ああっ!?」
すかさず返したノアへ、マイが鋭く睨み返した。




