思わぬ同行者
しばらく穏やかな沈黙が続いた後、エアバスは目的地である総合デパート前の停留所へ到着した。
「ここなら、服から家具まで色々見られるよ」
窓の外に広がる大きな建物を指し示しながら、ウェンが説明する。
「ありがとう。楽しみだな」
ノアも期待を滲ませた笑みを浮かべ、ウェンと一緒にエアバスを降りた。
目の前にそびえる総合デパートは、いくつもの建物を繋ぎ合わせたような大きさを誇っている。壁面には様々な店の広告が投影され、広い出入口からは買い物を楽しむ大勢の人々が絶え間なく出入りしていた。
「中に入ろう。まずはどこから見る?」
ウェンに尋ねられ、ノアは建物を見上げながら少し考える。
「そうだね。その前に、何か飲まない? ちょっと喉が渇いて」
そう言いながら、ノアは片手を口元へ運び、コップを傾けるような仕草をしてみせた。
どこかぎこちなく、少しだけわざとらしいその動きに、ウェンは思わず笑みを零す。
(……可愛い)
胸の中に浮かんだ言葉に、自分で驚きながらも、ウェンはそれを顔に出さないよう視線を逸らした。
「そうだね。それなら、あそこで何か買って、飲みながら見て回ろうか」
ウェンが指差した先には、買い物客で賑わうドリンクスタンドがあった。
色鮮やかな飲み物がホロディスプレイに映し出され、その前には、家族連れや友人同士、それに仲の良さそうなカップルも多く並んでいた。
「いいね。今日は僕が奢るよ」
「ふふっ。ありがとう」
ウェンは嬉しそうに笑い、二人でドリンクスタンドへ向かおうとした。
「そうだな。私にも奢れよ」
突然、すぐ後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。
「えっ?」
二人は揃って肩を揺らし、驚きながら振り返る。
そこに立っていたのは、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべるマイだった。
「……マイ」
「マイちゃん?」
そこにいたのがマイだと分かり、ノアは目を瞬かせた。一方、ウェンの表情には、ほんの僅かに残念そうな色が浮かんだ。
今まで二人だけだった時間に、突然マイが割り込んできたからだ。
そんなウェンの反応に気づいているのかいないのか、マイは二人を見比べながら、さらに口元を吊り上げた。
「ウェン姉さんが珍しい格好してると思ったら、そこのノアがいるじゃねぇか」
マイは淡い青色のワンピースを着たウェンを上から下まで眺めた後、からかうような視線をノアへ向ける。
「何だよ。デートか?」
「違うよ!」
ウェンは反射的に大きな声で否定した。
「ただの買い物! ノアがまだこのコロニーのことをよく知らないって言うから、私が案内してるだけ!」
あまりにも勢いよく否定されたため、ノアの胸に小さな痛みが走る。
(そこまで強く否定しなくても……)
だが、それと同時に、どこか安心した気持ちもあった。
自分でもデートなのではないかと考えていたが、ウェンにとっては友達同士の買い物なのだ。それなら変に意識して緊張する必要もない。
そう思う一方で、やはり少しだけ寂しい。
自分でも整理のつかない感情に、ノアは密かに戸惑っていた。
「ふーん。デートじゃねぇってことか」
マイは面白そうにウェンを見た後、今度はノアへ顔を向ける。
「ノアはどうなんだよ?」
「僕?」
「お前も、ただの買い物だと思ってるのかって聞いてんだよ」
マイの問いに、ノアは少しだけ困ったように頭を掻いた。
「そうだね。僕が案内を頼んで、買い物に付き合ってもらってるだけだから」
「……そう」
ノアがそう答えた途端、ウェンの頬が僅かに膨らんだ。
先ほど自分からデートではないと否定したばかりなのに、ノアからも同じように否定されると、なぜか面白くない。
(私が先に違うって言ったのに……何で私、少し腹が立ってるんだろう)
自分でも身勝手だと分かっているが、胸の奥に湧いた不満までは抑えられなかった。
そんな二人の微妙な反応を眺めていたマイは、ますます楽しそうに笑う。
「なら、私もついていくぜ。ちょうど暇してたんだよ」
「マリーさんに怒られてたけど、もういいの?」
ノアは少し前、オフィスで助けを求められたことを思い出し、からかうようにさらりと尋ねた。
「ああっ? もう終わったよ」
しかし、マイは特に気にした様子もなく、あっさりと言い切った。
その態度からは、怒られたことなどすでに忘れているようにさえ見える。
「それより、早く行こうぜ。ほら、奢れよ。私はジュースでいいから」
「勝手に決めないでよ」
マイはノアの返事を待つことなくウェンの腕を掴み、そのままドリンクスタンドへ向かって歩き出した。
「ちょっと待って、マイちゃん!」
突然腕を引かれ、ウェンは慌てて足を動かす。
「僕、マイに奢るなんて一言も言ってないんだけど」
ノアも呆れながら、二人の後を追いかける。
「細かいこと気にすんなよ。仲間だろ!」
「そういう時だけ仲間を強調するの、ずるくない?」
「うるせぇ! 早く来いよ!」
遠慮なくウェンを連れていくマイの背中を見ながら、ノアは小さくため息を吐いた。
ウェンと二人きりの静かな時間は、どうやらここまでらしい。
それでも、突然割り込んできたマイのおかげで、先ほどまで漂っていた甘く気恥ずかしい空気は薄れ、代わりに賑やかな空気が三人の間へ広がり始めていた。




