早すぎる待ち合わせ
少女との距離が縮まるにつれ、腰まで流れる長い金髪とその横顔に、どこか見覚えがあるような気がしてきた。
だが、いつもとはあまりにも雰囲気が違う。
その顔がはっきりと見える距離まで近づいてきたところで、ノアはようやく気づいた。
(……ウェン?)
驚いて顔を上げる。
視線の先で、ウェンもノアの姿を見つけたらしく、歩みをわずかに緩めた。
やがて二人は、エアバス停の前で向かい合う。
だが、すぐには言葉が出てこない。
ノアはウェンの普段とは違う姿を意識してしまい、ウェンもまた、約束の時間より遥かに早く来ていたノアを前にして、何を言えばいいのか分からなくなっていた。
互いに視線を合わせられないまま、ほとんど同時に俯く。
「その……ウェン。今日はありがとう」
先に沈黙を破ったのはノアだった。
「うっ、ううん。大丈夫」
ウェンも少し上ずった声で答える。
そして、再び沈黙。
周囲を行き交う人々の足音や、エアバスの到着を知らせる案内音だけが、二人の間を通り過ぎていった。
何か話さなければと思うほど、言葉が見つからない。
「その……」
「あの……」
二人が同時に口を開く。
声が重なったことに気づき、同じタイミングで顔を上げた。
そこで、ようやく視線がぶつかる。
ノアの頬は赤く染まり、ウェンの顔も同じくらい赤くなっていた。
互いが自分と同じように緊張していることに気づいた瞬間、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
どちらからともなく小さく吹き出し、そのまま顔を見合わせて笑った。
「お互い、早かったね」
「そうだね。まだ待ち合わせまで数時間もあるのに」
ノアが苦笑すると、ウェンも恥ずかしそうに頷く。
「私も早いと思ってたけど……ノアの方が先にいたから、少し安心した」
「僕も。ウェンが来たのを見て、ちょっと安心したよ」
お互いに同じようなことをしていた。
その事実が分かっただけで、先ほどまで感じていた気まずさが少しずつ薄れていく。
ノアは改めてウェンへ視線を向けた。
いつもはポニーテールにまとめられている長い金髪が、今日は背中へ柔らかく流れている。淡い青色のワンピースも、ウェンの落ち着いた雰囲気によく合っていた。
ただ、じっと見続けるのは失礼だと思い、ノアはすぐに視線を逸らす。
それでも、きちんと伝えておきたいことがあった。
「その、ウェン」
「何?」
「今日は来てくれてありがとう。それと……その服、よく似合ってるよ」
ノアは少し照れながらも、思ったことを素直に口にした。
その言葉を聞いた瞬間、ウェンの目が大きく見開かれる。
ただでさえ赤くなっていた顔が、今度は耳まで一気に染まっていった。
「えっ……」
ウェンは自分が着ているワンピースへ目を落とす。
いつもと違う服装を選んだことを、変に思われなかった。
それどころか、似合っていると言ってもらえた。
その嬉しさをどう表せばいいのか分からず、ウェンは指先でワンピースの裾をそっと摘まみながら俯いた。
「その……ありがとう」
消え入りそうな声だった。
けれど、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
ノアもまた、ウェンが喜んでくれたことに安堵し、照れを誤魔化すように頬を指先で掻いた。
そんな初々しい二人へ、周囲から微笑ましそうな視線が向けられていたが、本人たちは気づいていなかった。
「今日は、どこに行きたいの?」
その後、どうにか緊張もほぐれ、自然に話せるようになった二人は、停留所へやってきたエアバスに乗り込んだ。
二人並んで座席へ腰を下ろすと、エアバスは静かに動き始める。窓の外では、コロニーの街並みや立ち並ぶ店の看板が、一定の速さで後方へ流れていった。
その景色へ目を向けながら、ウェンが改めてノアへ尋ねる。
二人は気づいていなかったが、ノアとウェンの周囲にある座席だけは、不思議と空いたままだった。
他の乗客たちは、二人が初々しい関係であることを何となく察し、邪魔をしないよう自然と距離を取っていたのだ。
「その……まだ、このコロニーにどんな店があるのか分からなくてさ」
ノアは窓の外を見ながら、少し考えるように答える。
「せっかくだから、服とか家具とかも見てみたいかなって。一番の目的はゲームなんだけど」
「そうなんだ。でも、ゲーム?」
ウェンは少し意外そうに目を瞬かせ、ノアへ顔を向けた。
その視線を受け、ノアは素直に頷く。
「うん。僕の趣味みたいなものかな」
「そうなんだ」
ウェンは小さく頷き、少しだけ興味を抱いたようにノアの横顔を見つめた。
「そういえば、ノアってどこから来たの?」
「……」
何気なく尋ねられた言葉に、ノアは返事を失った。
窓の外へ向けていた視線が止まり、膝の上に置いていた手に、わずかに力が入る。
転生者であることは話せない。
それに、たとえ話せたとしても、自分には語れる過去がほとんど残されていなかった。
どこで生まれたのか。
どんな家で暮らしていたのか。
誰と過ごし、どのような人生を送っていたのか。
断片的に残っているものはあっても、故郷と呼べる場所を説明できるほどの記憶はない。
「その……分からないんだ」
しばらく迷った末、ノアは静かに答えた。
「記憶がなくて……自分がどこから来たのか、ほとんど覚えてないんだ」
「……ごめん」
ウェンの表情が曇る。
深く考えずに尋ねてしまったことを後悔するように、膝の上で両手を握り合わせ、申し訳なさそうに俯いた。
「いいよ。そんな顔しなくても」
ノアは慌てて首を横に振る。
「何も思わないと言えば嘘になるけど……今は、そればかり考えているわけじゃないんだ」
「そうなの?」
「うん」
ノアは柔らかく笑い、窓の外へ視線を戻した。
記憶がないことに、不安がないわけではない。
自分が何者だったのか。
どこで生まれ、どんな人生を送っていたのか。
そして、なぜ自分が転生者として選ばれたのか。
考えれば、分からないことばかりだった。
「記憶を失ったことを、良かったとは思ってないよ」
ノアはそう言いながら、再びウェンへ顔を向ける。
「でも、今ここにいるから、ウェンやクロさんたちに出会えた」
少しだけ迷い、それでもノアは穏やかに笑った。
「だから、今ここにいることまで、悪いことだったとは思いたくないんだ」
「……ノア」
ウェンは小さく名前を呼び、しばらく何も言わずにノアを見つめた。
記憶を失っていることを、簡単に前向きな出来事として片づけているわけではないのだろう。
それでも、今ある出会いを大切にしようとしている。
その気持ちが伝わり、ウェンの表情にも少しずつ笑みが戻っていった。
「そっか」
「うん」
短い言葉を交わし、二人は再び窓の外へ目を向ける。
エアバスは変わらず、コロニーの街並みの中を進んでいた。
二人の間には、先ほどまでとは少し違う穏やかな空気が流れていた。




