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バハムート宇宙を行く ノアの歩み  作者: 珈琲ノミマス


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13/27

ただの買い物?

 トイレから戻ったノアは、コップに注いだ水を飲みながら、ソファーに置いていた端末を確認した。


 だが、ウェンからの返事はまだ届いていない。


「忙しいのかな」


 ロック・ボムの仕事中なのだから、すぐに返事が来なくてもおかしくはない。


 そう考えながらコップを傾けていた、その時だった。


 端末からメッセージの通知音が鳴る。


 ノアはすぐにコップを下ろし、届いたメッセージを開いた。


『夕方なら大丈夫。待ち合わせ場所はどうする?』


「良かった。断られなくて」


 安堵が胸いっぱいに広がった。


 だが、その大きさに、ノアは自分で少し戸惑う。


 単に買い物へ付き合ってもらえるからというだけではない。


(ウェンと二人きりで、買い物に出かけるってことだよな)


 そう考えた瞬間、別の言葉が唐突に頭へ浮かんだ。


(これって……デート?)


 途端に、ノアの頬が熱を帯びる。


(いやいやいや! 考えすぎだろ、僕! ウェンはコロニーを案内してくれるだけだ。そもそも、僕からそう頼んだんだから!)


「大丈夫。友達との買い物だから。うん。ひとまず落ち着こう」


 誰もいない室内で、自分へ言い聞かせるように呟く。


 そして、動揺を流し込むようにコップの水を一気に飲み干した。


 冷たい水が喉を通り抜けていく。


 少しは落ち着いたような気がしたノアは、平常心を保とうとしながら待ち合わせ場所を考える。


 自分はまだ、コロニーの地理に詳しくない。


 分かりやすく、確実に辿り着ける場所となれば、最初に思い浮かぶのはウェンのいる店だった。


『ウェンの店で待ち合わせじゃダメかな?』


 短いメッセージを打ち込み、そのまま送信する。


 だが、端末から手を離した途端、先ほどの考えが再び頭をよぎり、ノアはいまだ赤い顔を両手で覆った。


「ただの買い物。これはただの買い物だから……」


 一方、そのメッセージを受け取ったウェンも、さらに焦っていた。


(お店はダメ! ノアと二人で出かけるって、父さんに気づかれる!)


 すぐ近くでは、先ほどからスミスが訝しげにこちらを見ている。


 ここを待ち合わせ場所にすれば、ノアが迎えに来るところを確実に見られてしまう。


(でも、気づかれたらダメって……どうして私は、そんなこと考えてるんだろう)


 ただ友達と買い物へ行くだけなら、隠す必要などない。


 堂々とノアの名前を出せばいいはずだ。


 それなのに、スミスへ知られることを考えただけで、胸の奥が落ち着かなくなる。


 ウェンは端末を握ったまま、平静を装おうとした。


 動揺を悟られないよう、ゆっくりと呼吸を整え、カウンターの陰で返信を打ち込んでいく。


『うちはダメ。それなら、中華一筋の近くのエアバス停でどう?』


 短い文章を何度か読み返し、間違いがないことを確認してから送信する。


 しばらくすると、ノアからすぐに返事が届いた。


『分かった。時間は夕方六時でいいかな?』


『うん。六時にそこで』


 待ち合わせの時間まで決まったことを確認すると、ウェンは端末を閉じようとした。


「何をこそこそしてるんだ」


「別に?」


 突然掛けられた声にも、今度は驚かなかった。


 驚かなかったつもりだった。


 だが、返事が少し上ずってしまったことに、ウェン自身は気づいていない。


「アヤコからのメッセージだよ」


 咄嗟に口から出た名前だった。


 スミスは何も言わず、サングラスの奥からウェンを見つめていた。


 その視線に耐えながら、ウェンは磨きかけだった武器を手に取り、何事もなかったかのように作業を再開する。


 布を動かし、武器の表面を丁寧に磨いていく。


 だが、その手つきには明らかなぎこちなさが残っていた。


 同じ場所を何度も拭き、すでに十分磨かれている箇所に、さらに布を滑らせている。


 その表情までは読み取れない。


 それでも、向けられた視線の鋭さだけは伝わってきた。


「父さんは裏で仕事しなよ。店番は私がするから」


 ウェンは視線を合わせないまま、少し強い口調で告げた。


「……分かった」


 スミスは納得した様子こそ見せなかったものの、それ以上は追及せず、店の奥へ戻ろうと身体を向ける。


 だが、ウェンにはもう一つ、今のうちに伝えておかなければならないことがあった。


「それと、店を閉めたら出かけるから」


 その言葉を聞いた瞬間、戻りかけていたスミスの足が止まった。


 ウェンはその反応に気づく。


 だが、ここで言葉を止めれば、余計に怪しまれる。


 そう考え、何でもないことだと強調するように、わざと明るい声を出した。


「友達と、ちょっと買い物に行ってくる」


「アヤコと行くのか?」


「そう! 女同士で買い物!」


 ウェンはスミスがそれ以上尋ねるより早く、店の奥を指差した。


「いいから、父さんは裏で仕事!」


 これ以上は何も聞くなとばかりに手を振り、スミスを店の奥へ追い払う。


 スミスはその場にしばらく立っていたが、やがて何も言わず、ゆっくりと奥へ戻っていった。


 その背中が見えなくなったことを確かめてから、ウェンは大きく息を吐く。


「……危なかった」


 胸を撫で下ろしながら、カウンターの陰で端末をもう一度確認する。


 待ち合わせ場所を伝えただけ。


 ただ、それだけなのに。


 画面に残るノアとのやり取りを見ると、先ほど落ち着いたはずの胸が、また高鳴り始めていた。

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