56、男たちは知らなかった
――男たちは知らなかった。
マリが賢者と呼ばれるジャックの元で修行をしていたなんて。そしてカモフラージュのために、風の攻撃魔法しか使っていなかったことに。調査不足とマリの実力を隠す努力が、今ここで実ったのだ。
「おい! 話が違うぞ!」
「攻撃魔法しか使えないんじゃなかったのか?!」
そりゃ、そのように見せてたからに決まってるじゃない、と心の中で私は呟いた。ダンジョンに入ってから、私の攻撃を抜けて出た魔物の対処はエクスがしていたから、私が防御魔法を使えないように見えたのだ。
それが私たちの作戦だとも知らず。
「くそっ、こうなったらヤケだ! こいつの防御魔法を壊すぞ!」
「この人数で掛かれば、破れるだろ!」
「ちげえねえ!」
そう言って魔法やら物理やらで攻撃してくる男たち。しかし、残念ながら賢者仕込みの防御魔法は、ちっとやそっとのことでは壊れることもなく……男たちは疲弊していく。
全員が何度も跳ね返され、肩で息をし始めた頃。
私の後ろにある転移魔法陣が光り始めた。男たちは歓声を上げる。
「ああ、やっとガドルフさんが来たんじゃねーか?」
「ガドルフさんが来れば、百人力よぉ」
「お嬢ちゃんも余裕があるのは今のうちだな」
そう下品な声を出しながら笑う男たち。けれども、光の中から現れたのは――
「ああ、エクスも来たのね。あと、えっと……?」
眉間に深く大きな皺を作っているエクス。そしてもう一人そんな彼よりも背が大きく、右手で大きな剣を軽々と持ち……笑みをたたえている男性が佇んでいた。 男たちは予想外の人物たちに目を丸くする。
すると男性が男たちを見回しながら告げた。
「ほらほら、お前ら〜! これは問題行動だからなぁ。悪いけど、通報させてもらったわ。あ、お前たちの言うガルドフ? はもうギルド職員に引き渡しておいたぞ〜」
その言葉に男たちは、唖然とする。
「おい、あの男……」
「ああ……今、この町で一番ダイアモンド級に近いとされているあいつじゃねぇか……!」
「おお、俺のことを知ってるのか? ははは、有名になったもんだ。なぁ、エクス」
どうやら二人は知り合いらしいけれど……エクスは肩に置かれた手を嫌そうに払っている。
「良かったな」
「ははは、お前は昔と変わんねーな! でもそこがいい! ……っと、お嬢ちゃんは……ああ、無事だな!」
彼はこちらへ歩いてくると、私の防御魔法をペタペタと触る。目を丸くしている私に、彼は顎に手を触れながら言った。
「いやぁ、お前ら……これをよく壊そうとしたな。俺でも無理だぞ?」
「は……?」
「これを壊すのは全力の俺でも半日は掛かるな。これを見抜けないようじゃ……まだ半人前だな!」
彼の言葉に二の句を継げない男たち。中には腰を抜かしたのか、力無く地面に座り込んでいる者までもいる。しかし中には血気盛んな者もいた。
「くそっ……! 俺は捕まるのなら、ここで足掻く!!」
そう叫んだ男は剣を構えて走り出した。
しかしエクスと一緒に来た男性は、不思議そうにまだ私の防御魔法を触っている。迫り来る男に私が防御魔法を掛けようとしたその時。
「ぶへぇぇぇ!!」
何もないところで走っていた男が転んだ。いや、転んだというよりは……押しつぶされた、というのが正しいか。よく見ると、男たちは全員地面に這いつくばっている。
どうやら重力を利用した魔法のようだ。これは結構高度な魔法だと思うのだが、誰が?
そう思って周囲を見回していると、いつの間にか後ろにエクスがやってきていた。彼の顔は今までにないほど疲れている。
「マリ、防御魔法は解除していいぞ。魔法を使用しているのは、俺の知り合いだ」
「……わかった」
私が防御魔法を解除すると同時に、扉の開く音がした。そこから現れたのは背も高く、スレンダーなお姉様だ。彼女は腕を組んでこちらへ歩いてくる。たまに右手の人差し指で円を描き、魔法を発動しているようだ。もちろん無詠唱である。
押しつぶされた男たちはいつの間にかロープで腕と足を拘束されていた。
「おおー、助かった! 運ぶのが楽だな!」
彼はまるで挨拶でもするかのように、軽く手を上げて彼女へ声をかける。そして隣にいたエクスは深いため息をついた。
「レオ……まだ制圧してなかったの?」
彼女はレオさんを睨みつける。後ろにいる男たちは彼女の圧にあてられているのか、身体は小刻みに震え、顔から血の気が引いていた。
一方でレオさんは、全く圧を感じていないのか飄々としている。
「いやぁ、こいつらビビってたからさぁ。少しくらい放置してもいいかな? と思ったんだよ」
「その割には後ろをとられていたじゃない? まぁ、あれくらいなら別に私が止めなくても止められたでしょうけど」
レオさんに向かって走っていた男は、彼女の言葉を聞いて項垂れた。自分の必死で繰り出した攻撃を『あれくらい』と言われた上に、レオさんが『確実に止める』と断言されたのだから。
まあ、お前は弱いって突きつけられているようなものよね。同情はしないけれど。
「まあ、捕らえられていたお嬢ちゃんは無事だったことだし、いいじゃねーか! 後はギルドに報告な」
先ほどのエクスのように大きなため息をつくお姉様。
そしてレオさんは私が見えるように少し避けてくれた。改めてお姉様と視線が交わった私は、感謝の気持ちをこめてお礼を告げた。
お姉様は私から目を離さず、じっと見つめている。そして無言。床に転がっている男たちはそんな彼女の様子に怯えている。
レオさんはまるで楽しいと言わんばかりに口角を上げ、エクスは私から一歩離れた。
何が起こるのかと狼狽えていると、お姉様はいつの間にか音もなくこちらへとやってきた。
そして私の両肩を勢いよく掴まれる、と思いきや……触れた手つきは優しい。思ったような刺激が来ずに、目を白黒させていると、私の身体は温かいものに包まれていた。
「可愛い! 可愛い! なんて可愛いの?!」
抱き締められていることに気づいたのは、彼女の声が耳に入った後のことだ。しかも今の声は、先ほどの凛としたような……仕事ができるOLのような声ではなく、猫など可愛いものを愛でるような声だ。
私は抱き締められながら、頭を撫でられる。
「ああ、すっごく可愛い子……怖かったでしょう? さあさあ、お姉さんと一緒に帰りましょうね?」
あまりの変わりように目が点になる。思わず隣にいるエクスを見ると、彼も呆れているような……? 彼女の思うがままに撫でられていると、レオさんは肩をすくめて言った。
「ヴァリーは……可愛い物や人を見ると、性格が変わるんだよ……。お嬢ちゃんみたいな子は特にね」
確かに、スタージアは可愛いもんね。心なしかヴァリーはさんの目が更に鋭くなったような気が……。
「こんな可愛い子を恐怖のどん底に落とすなんてねぇ……どう調理してやろうかしらぁ?」
いつの間にか離れていたヴァリーはさんが転がっている男性陣に向けて、手をポキポキと鳴らしている。男たちの表情はまるで鬼を見たかのように恐怖に染まっていた。私からは背中しか見えないけれど。
レオさんはヴァリーさんの肩に手を置く。
「流石にお嬢ちゃんが怖がってるからやめたらどうだ?」
その言葉にヴァリーさんは目を見開いてから、こちらを向いて微笑んだ。素敵な女性の笑みそのもので、怖さは全くない。
「もう大丈夫?」
「えっと……はい、大丈夫です!」
そう答えると、ヴァリーさんはウインクをしてから男性陣に立つように伝えた。すると、遠くからバタバタと沢山の足音が聞こえてくる。どうやらギルド職員にヴァリーさんが伝えていたらしい。私は彼らが連行される姿をじっと見つめていた。




