55、罠に嵌っちゃった!
まずは十枚でいい、と言われた私は渋々板を鞄へと戻す。そしてマルセルさんの店を後にした。帰る時にお客さんからキラキラした瞳で見つめられているような気がしたけれど……気のせいだと思う。
翌日。
私たちは四階層を素通りし、主に五階でダンジョン攻略を行っていた。特に今回は五階層でレアドロップを入手したい。そのため、幸運の腕輪をしながら討伐する必要があったのだ。
五階層にたどり着くと、低階層に比べると草原の割合が低くなっていた。半分草原、半分は林が広がっているようだ。
ここで狙うのは、林の中にある草むらだ。
五階層にしかいない魔物がおり、そのレアドロップを狙うのだとか。姿を見たら、日本でいうトノサマバッタみたいな姿をしていた。名前を忘れてしまったので、トノバッタとこれからは呼ぼう。
トノバッタは群れで行動する。そのため、初心者には厄介な魔物と言われているらしい。でも、ここで集団を倒せるように訓練をしなければ、それより下の階層を通過できない。初心者たちのひとつ目の登竜門と言われているそうだ。
私の胸くらいの高さで、将軍と呼ばれるトノバッタの周囲には、その半分以下の大きさのトノバッタが群れをなしている。
私は風属性である竜巻魔法を唱え、周囲のトノバッタを一網打尽にしていく。そして、その魔法から逃れたトノバッタを倒すのがエクスだ。一群、二群、三群……何度も襲いかかってくるトノバッタたちをばっさばっさと薙ぎ倒し、ダンジョンの林を歩いていく。
いつものように監視されているような視線にも慣れ始めた頃、それは起こった。
また新たなトノバッタの群れを薙ぎ倒した後、私はエクスと共にドロップ品を拾い集めていた。トノバッタは一匹ごとにアイテムがドロップするため、討伐よりも拾うのに時間が掛かってしまう。
今回も広範囲に散らばってしまったドロップ品たちを回収する。
全てを拾った私が、遠くにいるエクスに声を掛けようとしたその時……何故か私の足元が光り始めた。
「マリ!」
戸惑っている私の様子に気が付いたのか、エクスがこちらへと走ってくる。どうやらこれはダンジョンのトラップのようだ。魔法陣が足元に浮き出ていたので、もしかしたら移転の魔法陣の可能性がある。
ダンジョン攻略の話だと、移転魔法によるチームの分裂はキャラたちが成長するためのイベントのひとつよね……なんて、何故か頭では冷静に今の状況を分析していた。いや、この時の私はもしかしたら落ち着いているように見えて、混乱していたのかもしれない。
エクスが私に手を伸ばす。私も彼の手を掴もうと前に手を出す。
しかし私たちの間に黒い影が割り込んできたことで、私はエクスの手を握ることなく、光に呑まれていった。
瞼の裏まで届いていた光が消えていく。
私は恐る恐る目を開けると、待ち伏せていたかのように冒険者らしき人たちが私を見ていた。全員男性で、表情は……まるで悪代官のようにニタニタと笑っている。
あまりにも下品な表情に、私は思わず眉間に皺を寄せた。それが男たちの気に障ったらしい。
「おいおい、この嬢ちゃん、俺たちに対して嫌そうな顔をしたじゃねぇか」
「本当だな! このお嬢ちゃんには冒険者の厳しさを教えないといけないな!」
「ちげえねぇ」
そう言って笑う男たち。どうやら、これが私を監視していた者たちの仲間のようだ。
「それより結構美人なお嬢ちゃんじゃないか。これは楽しめそうだなぁ」
頭からつま先まで、ねっとりとした視線で私を見ている男たち。その視線を受けた私は背筋に悪寒が走った。
「この嬢ちゃん、めちゃめちゃ魔法使ってたって言ってたらしいからなぁ。これだけいれば抵抗もできないだろうよ」
元いた男たち以外の男たちがゾロゾロと入ってくる。皆一様に同じ視線を私に向けている。
「ははは、あのサファイア級のスカした、生意気な野郎と離れた女なんて怖くねぇからな。おい、やるぞ!」
そう言ったのが合図だったのか、男たちは私へ向かって歩いてきた。
**
「くっそ、油断したか!」
どうやらダンジョン特有の移転陣を発動させられたらしい。目の前でエクスの行動を遮った男は、楽しそうな表情で彼を見ていた。
「可愛い彼女たんと離れて怒っちゃいまちたかぁ〜? ぎゃはははは!」
俯いているエクスを揶揄う男。何も言わないエクスに調子に乗った男は、ゲラゲラと笑いながら話を続けた。
「残念だな、お前の彼女はきっと俺たちの仲間に――ぶへぇっ!!」
男は最後まで言葉を言うことができなかった。何故ならその前にエクスの拳を頬で盛大に受け止めたからである。そしてその衝撃で気絶した男の身体は、ふんわりと宙に浮いたあと、大きな音を立てて落ちた。
「ふざけんな」
そう吐き捨てたエクス。その目には憤怒の炎が燃えていた。
「おやおや、可愛い彼女ちゃんが取られて嫉妬か?」
「お前は?」
「俺はガドルフ。サファイヤ級の冒険者だ」
肩に大剣を担ぎ、ゆっくりと歩いてくるガドルフ。その顔はニヤけており、エクスを見下しているかのように笑っている。エクスは彼をじっと見つめているが、一言も喋らない。
怖気付いたのだろうと判断したガドルフは、更に笑みを深くする。そして楽しそうに口を開いた。
「あの彼女ちゃんの腕に付いていたのは、幸運の腕輪だろう? あのアリの巣窟でどうやって手に入れたか分からないが、あの彼女ちゃんには勿体無いシロモノだ。俺たちが使ってやろうじゃないか。ついでにあの彼女ちゃんも可愛いからな。俺たちが可愛がってやるよ」
そう高らかに言ってのけると、エクスの肩がぴくりと動く。どうやらマリのことを告げれば、この男は反応を返すのだろうと判断した男は、エクスを煽ろうとさらに言葉を続けた。
「お前もサファイヤ級なんだろう? でも、最近は姿を見せなかったらしいな。現役で冒険者として動いていた俺と、お前、どっちが強いんだろうな?」
「……」
「お前をボコボコにしたら、あの彼女ちゃんを――」
舌舐めずりをするガドルフ。だが彼は気づいていなかった。自分の発言が地雷を踏んでいたことに。
……エクスが少しずつ顔を上げる。彼の表情を拝もうとニタニタしながらエクスの顔を覗き込んだガドルフ。しかし、彼の思っていた未来に進むことはなかった。
エクスに睨みつけられた瞬間、ガドルフは思わず身震いしていたのだ。その事実に彼は目を見開く。
エクスはゆっくり一歩踏みだす。ガドルフはそれに合わせて一歩後ずさる。
その瞬間、エクスの姿が目の前から消え、ガドルフは慌てて周囲を見回した。そして上が暗くなったことに気づき、顔を上げた瞬間……エクスと視線が合う。彼の気迫に圧倒され、ガドルフは目を見開いたまま硬直する。
二人の影が重なろうとしたその時……。
「はい、ストップ〜!」
明るく陽気な声の持ち主が、二人の間に入ってきたのだった。




