54、メゾン・ド・マルセ
イメルダさんに火魔法を教えると、彼女はまるで子どものように喜んでいた。あまりにも彼女の興奮具合が異常だったのか……多分外に声が漏れていたのだろう。次に扉から現れたのは副ギルド長――長身で若さを感じる男性が入ってくる。そしてイメルダさんの首根っこを捕まえて、引きずっていった。最後私たちに「申し訳ない」と告げてから。
応接間で口をぽかんと開けていた私たちだったが、可愛らしいイメルダさんの姿が見えなくなると顔を見合わせて笑い合った。
その後、一旦幸運の腕輪を鞄へと仕舞い込んでから、私たちはマルセルさんのお店へと向かう。今日だけでも、幾つか素材が集まったからだ。私たちが店を訪れると、ニアちゃんがお客様と話している最中だった。
入ってきた私たちに気がつくと、奥にいるらしいマルセルさんへと声をかけてくれたのだが……手が離せないのか、反応がない。ニアちゃんは長く息をつくと、こちらに向いて申し訳なさそうに謝罪した。
「申し訳ございません。どうやら店長は集中されているようです。少々店舗内を見てていただいても良いですか?」
「分かった」
「そうします」
そう彼女に微笑んで、私たちは店内に置かれている商品を手に取って見始める。女性用の服を販売するスペースの面積は多いけれど、男性用が全くないわけではない。最初にエクスが着る男性用の服を見てから、女性用の服を見た。
――並んで服を見ていた二人は気が付かない。最初にニアちゃんと話をしていた女性のお客が二人を見ていたことに。
そして「眼福」と言葉を漏らしていたことに。
そんな一幕を知らない二人は、まるで恋人であるかのような雰囲気を醸し出していた。
「ねぇ、エクス。これ似合うんじゃない?」
「……襟があるのは、苦手だ」
「えー、かっこいいと思うんだけどなぁ……」
できる男って感じがして素敵なのに……と呟くと、エクスが僅かに身じろぎしたような気がする。それによって後ろで首がもげそうになる程、上下に振っている女性のお客さんの姿が目に入った。その様子を見て、私のセンスはある程度通用しそうだと判断する。
「一着買ってみたら?」
「……考えておく」
満更でもない表情だったので、 もしかしたら買ってくれるかもしれない。期待に胸を躍らせていると、マルセルさんが奥から大あくびをしながら現れた。そして私たちを見つけると目を輝かせてから、私たちの背中を押して奥へと誘った。
――私たちが奥の部屋へ消えた後、その素早い展開に呆然としていたニアと女性客。最初に我に返ったのは、ニアだった。
「お客様、大変申し訳ございませんでした――」
「……てき」
「お客様、どうかいたしましたか?」
身体の横にある拳が小刻みに震えている。女性客に何が起きているのかが判断つかなかったニアが、顔をのぞき込むと……。
「尊い、あの二人、顔が美しすぎる……マルセル様が二人を推す理由もわかるわぁ……」
光悦な表情で三人が消えていった扉を見つめる彼女。ニアは一瞬真顔になる。けれども、そこはプロ。すぐに体制を立て直して、にっこり笑った。
「あの二人が題材となった服も発売予定ですから、その時はお伝えしますね!」
「え! 嬉しい! 絶対買う!!」
負けず劣らず、商魂逞しいニアの姿がそこにはあった。
「あら、早いかったわね」
マルセルさんは鞄から取り出した戦利品を見て、目を丸くする。そしてそれを手に取った後、持ち上げたり、裏返したりと検品を始めた。それを確認後、彼は長く細いため息をつく。
「とても素晴らしいドロップ品ね。これだけで能力の高さを窺えるわ」
「え、どうしてですか?」
私はマルセルさんの言葉に目を瞬かせた。ドロップ品なんて全て同じように見えるのだが……違いがあるのだろうか、と首を傾げる。すると、マルセルさんは顎に手を触れながら答えた。
「最近の研究によると……短時間で倒せば倒すほど、ドロップ品の質が向上するらしいわ。全てでは無いけれど、品質の良い品のドロップ率が上がると聞いたわねぇ」
「そうなのか?」
どうやらエクスも知らない事実らしく、目を丸くしている。
「ええ、といってもワタシも半信半疑ではあるんだけどねぇ……ただ、この品を見る限り、その研究結果も嘘ではないのでしょうねぇ」
そう言って私のドロップ品を指差すマルセルさん。
「品質が悪いと汚れていたり、欠けていたりすることもあるのよ。ここまで綺麗なものはあまりないわねぇ。それこそ一発で倒した場合くらいかしら?」
そう言いながら、彼はドロップ品を手近にあった箱へと収めていく。どうやら私たちの鞄と同じような空間収納の魔法が使われているのか、箱の容量に対してドロップ品がどんどんと入っていく。
その後、マルセルさんは紙の束から一枚の紙を引っ張り出し、何かを書きつけた。
「はい、これは依頼完了をギルドに伝える書類よ。これを持っていけば、ワタシがあなたたちに出している依頼を完了したという証明になるの。評価は最上位にしておいたわ」
「評価……?」
聞きなれない言葉に私は、エクスを見上げた。私の疑問に合点がいったらしい。
「ああ、今回店長の依頼は指名依頼としてギルドを通してあるんだが……指名依頼の場合、依頼者が冒険者を採点する、という評価項目があるんだ」
「そう、エクスちゃんの言う通りでねぇ〜。指名依頼は依頼者の評価によって指名依頼ポイントというのが加算されるのよ。上位の評価が多ければ多いほど、ギルドから指名依頼されやすくなるの。指名依頼の方が、冒険者に入る金額が大きいのよね」
人によっては、その指名依頼を多く受けて日銭を稼ぐ者もいるのだそう。もし級が低かったとしても、その人が薬草採取の評価が非常に高ければ、薬草採取の依頼が舞い込んでくるのだとか。
なるほど、と頷いていると、マルセルさんがウインクをした。
「もし、面白そうな素材があったら持ってきて頂戴? 欲しいのがあれば、その都度ギルドを通して指名依頼で評価を上げておくから。使える素材はいくらでもあっていいからねぇ」
そう楽しそうに告げるマルセルさん。一方で私は考え込んでいた。
あれなら、使えるんじゃないかな、と思ったからだ。
「それなら……これはどうでしょうか?」
私はシロアリ……いや、ホワイトアントの落とした板を机の上に取り出す。胸からお腹を覆えるほどの板ではあるが、とにかく板の厚さがまちまちなのである。副ギルド長に確認したところ、厚い板に関しては鎧などの防具屋で使い道がある……とのことだったが、薄い板に関しては首を捻っていた。
だから厚い板はいくつかギルドへと売ってきたのだが……。
マルセルさんは取り出した板を見て、目を瞬いたが、先ほどと同じように品質を確認する。そして――
「……あら、これは使えそうね。これはアント、かしら?」
「ああ、三階層の洞窟内にいるホワイトアントだ」
「……ふぅん? ねぇ、マリちゃん。これ、まだあるかしら? いくつかもらえない?」
「いいですよ!」
そう言って私は何枚も積み重ねていく。
そして板の山が五つ目まで来たとき、マルセルさんが慌て始めた。
「ちょーっと待って? まだあるの?」
「え、あ、はい。あと数十枚で終わります」
きょとんとした表情で伝えると、マルセルさんは額に手を触れ、頭を抱えていた。
「マリちゃんも、規格外ねぇ……」
「倒すより、拾う方に時間がかかったくらいだ」
エクスのトドメの一言に、マルセルさんは疲れた表情を見せていた。




