53、ギルド長はお茶目でした?
「おやぁ、エクスじゃないか。おまえさん、元気だったかい? 噂では、ご令嬢の護衛の仕事をしていると聞いていたが」
現れたのは杖をついた女性。身長は私より小さいくらいか。腰が曲がっているので、もしかしたら同じくらいかもしれない。白髪で表情は穏やかだが……眼光は鋭く、修羅場をいくつも潜り抜けてきた経験者のような立ち振る舞いだ。
エクスは立ち上がり、礼をとる。
「その仕事が終わりましたので、気ままな冒険者に戻りました」
初めて見るエクスの姿に思わず目を丸くしてしまった。こんなにエクスが丁寧に対応したことがあっただろうか、いや、ない。呆然と座っている私の耳には、エクスとギルド長のやり取りが届いているが、右から左耳へと流れていく。
「ところで、エクス。そこのお嬢さんは?」
しばらくして彼女が私に声をかけてきたことで、やっと正気に戻る。慌てて立ち上がった私は、頭を下げた。
「わ、私はマリと申します。エクスさんと共に冒険者として旅をしています」
「おや、ご丁寧にありがとう。私はイメルダ。このギルドの長だよ。全く、領主様はいつまでこの老いぼれを酷使するのかねぇ」
肩をすくめるイメルダさんに、エクスは私に聞こえる程度の声でつぶやいた。
「いや……老いぼれではないだろう」
「なんか言ったかい? エクス?」
「いえ、何も言っておりません!」
杖の先が地面に叩きつけられる音が響くのと同時に、エクスの姿勢が更に良くなった。それだけではなく、何故か彼は敬礼の姿をとっている。どうやらエクスはイメルダさんに頭が上がらないらしい。
鼻を鳴らした彼女は、対面に置かれていたソファーへと勢いよく座る。そして私たちにも座るように指示を出した。
「さて、雑談はここまでにしようじゃないか。聞いたよ。三階の洞窟踏破おめでとう。その時の様子を話してくれるね?」
先ほどののんびりとした空気が打って変わって、緊張感ある空気が漂い始める。私とエクスは姿勢を正した後、イメルダさんに出された地図を確認しながら、洞窟内のことについて話し始めた。
一通り話し終えると、イメルダさんはソファーの背もたれに寄りかかり、腕を組む。どうやら今までの私たちの話を頭の中で噛み砕いているようだ。ぶつぶつと漏れ出ている言葉から、そのように察せられる。
しばらくして、彼女のつぶやき声がなくなるとすぐに背もたれから身体を離し、私の方へと前のめりになった。
「お嬢ちゃん……いや、マリと言ったね? ギルドカードを見せてもらえるかい?」
「え……あ、はい!」
いきなりの要求に驚いたが、私は首にかけていたカードをイメルダさんへと手渡す。彼女は私からカードを受け取り裏返してから、右手の中指に嵌っている指輪を翳した。
紫色の宝石から同系色の光が放たれ、ギルドカードの裏を照らす。すると、そこから文字が浮かび上がっていた。
横目に見えるエクスも、これは初めてのことだったらしくポカンと口を開いている。彼女はその内容に一通り目を通し終えると、私にカードを返却した。
「今見せてもらったんだけどねぇ……マリ、おまえさんも苦労してきたね。まさか最初の依頼でブラック・ファングに、その後一か月も経たないうちにフロスト・グレイブにも出逢ってるなんてねぇ」
名前を挙げられて、困惑していたマリだったが、途中で黒ライオンと白クマの魔物のことだと理解する。
「それならこの早い進級も理解できるね。まさか一か月そこらでジェイド級になるなんて。普通は考えられないことだけどねぇ。エクスも規格外だろうが……マリも規格外か」
「え、いえ、エクスはともかく、私はまだ初心者でそんなことないと思いますが……」
イメルダさんは私の言葉を聞いてため息をついた。
「本気で言ってるのかい? どこに一か月程度で進級する初心者がいるんだい……普通は早くても半年、大抵一年は進級するのにかかるがね」
「え……」
思わずエクスへと顔を向けると、彼は私と目を合わせないようにしているのか、そっぽを向いている。
「しかも先ほどの話を聞いたけどね、光線だって? 私だってそんな魔法聞いたことないさ。しかも光魔法ではなく、火魔法でだろう?」
彼女にじろりと見られて肩が跳ねる。やばい、これは問題があったのか……確かにエクスが目を丸くしていた時点で気づくべきだった。そう考えても後の祭り。どう言い訳しようかと緊張が続く私だったが、先にフォローするようにエクスが口を開く。
「ああ、マリは賢者の元で修行しているからですよ」
「おや、あの魔の山にいるという、エクスの師匠かい?」
「ええ。彼の方の専門は魔法ですから。そこでよく使っていましたね」
そうエクスが話していたので、私はソワソワしてしまった。いや、そもそもジャックさんは使っていなかったし……私が考案した魔法だけど、大丈夫なのだろうか……?
そんな私の考えは杞憂だったようだ。イメルダさんは納得したのか顎に手を触れて頷いていた。
「賢者の弟子か……なら、不思議な魔法を使ってもおかしくはないね。私だからいいけれど……軽々しく話すんじゃないよ?」
「分かりました」
「師匠もマリの能力の高さに嬉しそうでしたから……色々仕込まれていると思いますよ」
そう苦笑いでエクスが告げると、イメルダさんは肩を落とす。独り言で「あのお坊ちゃんは……」と呟いているので、どうやらイメルダさんもジャックさんと面識があるようだ。
その間にエクスがこちらを一瞥する。彼の口角は少し上がっていて、得意げな様子だ。普段はあまり見ないそんな姿に、エクスも年齢相応の姿を見た気がする。その後彼はすぐにイメルダさんへと顔を向けると、話を続けた。
「もしギルド長が使うとしたらどんな魔法を使うんですか?」
「私かい? 私は風魔法が得意だから、烈風を使うね。風を渦巻かせて、一気に地面に叩きつける」
どうやらイメージは竜巻か。落ちる衝撃を利用して、範囲攻撃を行うのだろう。
「勢いのある渦を巻いた風は、砂だけでなく岩や石も巻き上げるだろう? あいつらの甲殻に細かい傷をつけてやるのさ。傷があるのとないのでは、大違いさ。圧倒的に傷のある方が、重傷を負いやすい」
「広範囲で敵を殲滅できますし、魔力が多くある場合は非常に有効なやり方ですね」
「おや、マリも理解できる口かい? これは確かに変わり者賢者が好きそうなお嬢さんじゃないか」
「マリは優秀ですから」
エクスに褒められた私は目を見張る。
いやいや、君、そんなにさらりと人を持ち上げる言葉を吐くような人だったっけ……? なんて心の中で思っていると、エクスの言葉を聞いたイメルダさんは何度も頷いていた。
「そうだな、一ヶ月でジェイド級になる理由も理解できるね。マリなら、ルビー級もすぐだろうねぇ」
「え、そんなに……?」
「よかったな、マリ。ルビー級になるには、だいたい5年以上かかるって言われているからな」
いたずらっ子のように笑うエクスに、思わず頬を膨らませる。そんなに早く進級しなくて良いんだけど……と呟こうとした私だったが、その前にイメルダさんから言葉が紡がれた。
「ただ、お前たちが手に入れた幸運の腕輪だけがネックだねぇ。それは欲しがる人が多い。お金を提示する者もいれば、襲ってでも手に入れようとする奴もいるだろうよ。まあ、エクスもマリも手練れであることは知っているが……用心することに越したことはないからねぇ。所有権がお前たちにあると、私の名前でギルドカードに記載しておくようにするさ」
「あ、ありがとうございます」
言われるがまま、イメルダさんへとカードを渡す。テーブルの上に二人分のカードを並べ呪文を唱えると、文字の羅列が浮き上がってくる。そしてその羅列の下に、彼女は指で文字を書いた。書き終えたと思えば、その字は光に紛れて霧散していく。
美しい光景に息を呑んで見守っていた私だったが、イメルダさんにカードを差し出されて我に返った。
「これならお前たちに所有権があることを示せるだろう。何かあった場合は、このカードをギルド長に渡すと良い。お前たちが幸運の腕輪を持っている証明になるだろう」
「ギルド長、ありがとうございます」
「これくらい、なんの手間もかからないから問題ないさ。ところで……」
イメルダさんはチラチラとこちらを見てくる。もしかしたら私に用事があるのだろうか。そう思って首を傾げていると、彼女は手のひらをさすりながら、上目遣いで私を見据えている。
様子を窺っている彼女に困惑していると、意を決した彼女が声をかけてきた。
「マリ、私にその光線とやらを教えてくれないかい? 実は私は火魔法も多少使えるのさ」
猫撫で声で私に依頼してくるイメルダさん。あれ、もしかして、こっちが素なのだろうか……。そう考えていると、エクスが大きな息を吐いてから、告げた。
「ギルド長……もしかして俺たちと会ったのは、面白い魔法の存在を知ることができそうだ、という好奇心ではないですよね……?」
「ギクッ」
エクスの言葉にあからさまに狼狽えるイメルダさん。どうやら図星のようだ。
「いやいや、私はギルド長としてだね――」
「いや、絶対好奇心ですよね?」
そう延々と話が平行線のままの二人を見て、私は思わず笑みがこぼれていた。




