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第21講 剣と文章(その2)

 学校に着くと、昇降口で真奈夫と会った。彼も部活のために登校したと言うので、これから剣道部に行くけどどうかと試しに誘ってみたところ、意外にも頷いてくれたのであった。


 剣道部は普段、練習に体育館横の武道場を利用しているという。今日もやっているのかまだわからなかったが、三人でそこに向かう途中、俺は「創作委員会」のことを真奈夫に話した。彼も参加してくれるなら、俺も今よりそこに楽しみを見出だせるような気がしたからだ。


「そういえば、俺や新米で『創作委員会』っていうグループ作ったんだけどさ」


 数歩後ろをついてくる颯夏に視線をやりながら、俺が何気なく切り出すと、隣を歩いていた真奈夫も頷いた。


「どういうものかっていうと、夏休みの間だけ活動して、メンバーが各自で小説とか書いて、出来上がったのをあとで互いに見せ合うんだ。どうだ、お前も入らないか」


「ボクは暇じゃないからね」


 速攻で切り捨てられた。俺、しょぼん。


「宿題もあるし、ボクはボクで自由な小説を書きたいんだよ」


「自由な小説?」


「物語には、それぞれ顔があるんだ。その定義っていうのがあの……」


「もうええわ、わからんわ! もうその文学少年的なノリ、やめろ!」


 そんな会話をしているうちに、武道場の前まで来た。扉は開け放たれており、中から竹刀の擦れ合う音がわずかに漏れ聞こえ、練習しているのだということはわかるが、妙に静かだ。俺がまず、中の様子を窺いつつ、足を踏み入れた。

 汗と剣道の防具特有のあの何とも言えないにおいが、微かに鼻を刺激する。


 防具を身にまとった、部員と思われる二人が打ち合いをしていた。他には誰もいない。


 一人がこちらの存在に気づき、面を外しながら歩み寄ってきた。


「何か用? ……って、あれ、東光じゃん」


 こっちへ来たのは、同じクラスの剣道部員、剣持(けんもち)道夫(みちお)であった。


「……あっ、えっと。今、忙しいか?」


「今日は自主練の日で、今は僕と向こうの一人だけしかいないから、そんなでもないよ」


 剣持は爽やかな声で、後ろに立っているもう一人の部員を振り向きながら言った。そちらは防具を外していないため、男か女かは今のところ判別できないが、片手に竹刀を携えてこちらを向いて佇んでいる。


 俺は戸惑ったが、相手の顔色を窺いながら、わけをできるだけ細かに話した。剣持は初め、びっくりしていたが、すぐに微笑を浮かべて承諾の返事をくれた。白い歯がキラリと光り、爽やかである。


 颯夏は無言で道場に上がり込むと、剣持の防具を借り、それを服の上から剣持につけられていた。遠くからその様子を見守りながら、不安な視線を真奈夫に投げる。


「大丈夫かな、あいつ」


「さあ」


 真奈夫は興味があるともないとも聞こえる返事をし、颯夏の方を見つめ続けていた。颯夏の武装が完了すると、彼の前で膝を落としていた剣持が立ち上がり、もう一人の部員を呼んだ。


「君、この子の相手をしてくれたまえ」


「はい」


 返ってきたのは、女の声だ。女子の前ではカッコつけたがるタイプかよ、こいつ。かれこれ四ヶ月くらい同じ教室にいるが、まだまだ知らないこともあるものだ、と改めて思う。


 両者は向かい合い、それぞれ竹刀を構える。


 ところで、颯夏は剣道をしたことがあるのか? ちゃんと形通りにできるのか? 俺はますます不安になる。剣持が二人の間を取り、片手を振り上げた。


「はじめ!」


 剣持は高らかに美声を上げた。その合図とともに、真っ先に動いたのは颯夏だ。両手で思い切り竹刀を振り上げて、真っ向から相手に突っ込んでいく。俺の予想した通り、形が滅茶苦茶であった。正直、見ていられない。


 一方で相手は一ミリもその場を動かず、颯夏に竹刀の先を向けているだけだ。二人の距離が猛スピードで縮まっていく。颯夏が相手の眼前にまで迫ると、そこでいきなりジャンプした。もう形も何もあったものじゃない。


 颯夏の持った竹刀が空中から振り下ろされるや、ついに相手の部員は動いた。竹刀の腹あたりで颯夏の攻撃を受け止めるや、それを颯夏ごと押し返した。颯夏は数メートル吹っ飛び、尻餅をついた。


 俺は思わず駆け出すと、颯夏のところへ行き、やつを抱き起こした。

 頭をくらくらさせているので、急いで面を外してやると、やつの目は上向いてあらぬ方向を見つめていた。


「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」


 俺に介抱された颯夏は我に返ったのか、ゆっくりと目を動かして俺の顔を見た。そこに剣持も駆けつけてきて、


「熱中症の可能性があるね。休ませた方がいいかもしれない」


 と言い、やつの身体から防具はすべて取り外された。


 俺は彼をおぶって、武道場の縁をぐるりと一周している畳のエリアに運ぶと、剣持は女子部員と思われる颯夏をぶっ飛ばしたやつに水を買ってくるように言った。彼女は防具を身に着けたまま、走って出ていった。


「どうしようか?」


 剣持は言いながら、困ったように眉をひそめた。


「まあ、あとで一応、保健室に連れてくよ」


「いや、そうじゃなくて……」


 どう言うべきか迷っているような表情を浮かべる剣持に、俺は尋ねた。


「何だ?」


「君たちは、描写を学びに来たんだったよね。正直、あんまり力になってあげられないと思うんだよなあ……」


 眉をハの字に曲げ、本当に困っているような顔をする剣持。ただ、その気持ちは俺にもわかる。俺だって、剣道をやったからといって描写がうまくなるかと言われれば、正直言って微妙なところだ。ただ、相手との間合いなどを勉強する上では、やっておいて別に損はないのかもしれない。


 やがてさっきの女子部員が水を買って戻ってくると、颯夏に渡した。颯夏はそれを貪るようにして飲むと、落ち着いたように息を吐いた。


 しかし、未経験者にこれ以上やらせるのはやはり危険だと剣持は言い張った。颯夏も初めはごねたものの、彼以外のその場の誰もが同意したため、やむなく受け入れていた。


「じゃあ、今度は君がやってみる?」


 剣持は清々しい笑顔を弾けさせ、俺の腹に防具の胴を当ててきた。


「いやいやいや、俺も未経験者よ? 剣道とか、触ったこともないぞ?」


「いいじゃん。形式とか、作法とかは気にしなくていいからさ!」


「テキトーだな、この剣道部!」


「趣味みたいなものだからね」


 結局、俺は断りきれずにあの女子部員と対峙することになった。剣持の口振りから、こいつも一年生だろう。だが、さっきの試合(かどうかはわからないけど)を見ていたら、かなりの手練れなんじゃないかという雰囲気がある。なんというか、オーラが全身から滲み出ている。


 俺は防具をつけられ、相手と向かい合った。互いに一礼して、剣を向け合う。俺は、自分が書いている小説の一場面を思い起こした。剣を手に、敵と鍔迫り合いを演じる、というバトルシーンだ。あいつもこんな気持だったのかな、と、主人公の心と俺の心がまるでシンクロしたような心境になった。


 剣道をやったことはないが、こんな機会はそうそうないだろう。俺は今、目の前の敵と対峙している!


 剣持が合図を送ると、俺は少しずつ相手との間合いを詰めていった。が、相手が俊敏に動き、試合開始から数秒もしないうちに俺の面に剣を叩き込んできた。俺は辛うじて自分の剣でそれを受け止め、まさしく鍔迫り合いとなった。だが、相手は矢継ぎ早に攻撃を放ってくる。


 颯夏の時とは何やら様子が違う。……もしや、俺ができるやつだと思われたのか? こいつは速攻でボコってKOしてやろうとか思ってるのか?


 俺は幾度も敵の攻撃を防ぎ、反撃の機会を窺った。相手が大きく振りかぶった隙を見て、俺は竹刀の柄を強く握り直す。目を見開いて、竹刀を握っている相手の手元を凝視した。そして振り下ろされる瞬間、俺は首を左に曲げてかわし、相手が体勢を崩したと見るや、下段から敵の面に向かって攻撃を仕掛けた。

 だが、それよりもはやく相手は体勢を立て直し、外れた剣の軌道をも利用して、横合いから俺の側面に向かって打ち込んだ。俺は、左方に弾き飛ばされた。


 防具をかぶっているにもかかわらず、頭を直に殴られたような衝撃が走った。気がつけば、俺は武道場の中央に仰向けに倒れていた。


 起き上がって自分で面を脱ぎ、


「いやあ、強いなあ」


 と立ち上がりざま、俺はわざと陽気に笑って、相手へ握手を求めに近寄った。女子部員も、無言でそれに応じてくれた。


「君、名前は? 何組?」


 続けて、俺は彼女にきいた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて後ろに手を回して防具を外し始めた。竹刀を床に置き、両手で面を持ち上げると、顔が現れた。その顔を見ると、俺はまたもや強い衝撃に打たれた。


 目の前にいたのは、剣持と同じく俺のクラスメイト、郷実菜子だったのだ。最近よく絡んでくる御代とたいへん仲がよく、俺の小説に興味がない郷だった。


「ちょっと強くしすぎた? ゴメンね」


 郷は微笑みながら謝ってきた。


 吹っ飛ばされた相手が郷だと知って愕然としたが、ちょうどいい時間だったし、腹も減ってきたのもあって、もう帰ることにした。


 そうして二人に礼を言ってから、俺は颯夏と一緒に武道場を出た。真奈夫は、いつの間にかいなくなっていた。



 歩きながら、俺は颯夏にきいた。


「どうだ? 書き方とか、なんかピンときたか?」


「うーん、ビミョー」


 颯夏の返答は、いかにもという感じだった。だが、あそこまでして一つも収穫がないと、俺としてはたまったもんじゃない。


「それはないんじゃないのか、お前がやりたいって言い出したんだろ」


「でもな〜。バトル描写って正直、想像力さえあれば何とかなる気がする」


「だったら、無駄じゃないか! 今日というこの日を返せ!」


 本当に、今日は俺にとって散々であった。颯夏から無理やり剣道に付き合わされるわ、真奈夫には先に帰られるわ、颯夏は何も学ばないわ、ある意味で俺の夏休みの記憶に鮮明に残る日となった。


「ところで、師匠。模試の数学は何点だったの?」


「んー、四十五点」


「えっ、なんでそんなにできるの!?」


「そこまで高くないだろ、まあ平均よりはちょっとだけ上だったけど」


 まあ、俺が今日、学んだことがあるとするなら、それはこれだけである。

 暗記の力ってすげえ。そしてこえぇ。

【用語解説】

・真奈夫の台詞:あまり気にしないでください。

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