第21講 剣と文章(その1)
「師匠、剣道しよう!」
と、いきなり颯夏が言い出した。いつも突拍子もないことを脈絡なく言ってくるやつだったが、この時はさすがの俺も少々驚かされた。
「何だよ、急に」
「だからさ、剣道しよう!」
本日、夏休み二日目。したがって、「創作委員会」発足から一日後だ。夏休み限定で活動することになったものの、まだ計画はガバガバだった。「最後には各々が書いた作品を発表する」というくらいしか決まっていない。
そこで、颯夏のこの発言。どういうつながりがあるのかしら?
「なんで、急に剣道なんだよ。ってか、他のやつらはどこ行ったんだよ」
今日、うちに来たのは颯夏一人。古代や御代の姿はない。
「えっとね、部活があるから来られないって」
そうか。確か、古代は吹奏楽部だったな。しかし、御代は何か部活に入っていただろうか?
「御代は何か言ってたか?」
「面倒くさくなったから抜けるってさ」
…………。
何も言えなかった。というか、俺の予期した通りの回答であった。初めからやる気なさそうだったもんなあ、あいつ。面白半分で参加したけど、思いのほかグダグダだったし、やめたくなるのもわかる気がする。
――で、他の面子の事情を聞いたところで、話を戻そう。
「それで、お前はなんで剣道なんかやりたいんだよ」
すると、膝立ちになっていた颯夏は、正座し直してから話し始めた。
「俺、『小説の書き方』的な本を適度に買って読んでるんだけど、その中にバトルシーンを書くには剣道をやるのがオススメ、みたいなことが載ってたんだ。だから、剣道部に仮入部して、そこで表現力を身につけよう! という算段だよ」
黙って聞いててやると、なるほど、と氷解した。
そして、そこに意外な発見もあった。
「お前、ハウツー本とか買ってたんだな」
「だって、プロの人がどういうことを考えてるのか知っておく必要があるし。ネットとかにも載ってたりするけど、そのほとんどは素人が書いてるからね。あんまり参考にはならないかなって」
「そうか。そういう意識を持つってことも、けっこう大事だったりするからな」
「あと、書き方が調子乗ってるからね」
調子乗ってるかどうかは別として、やはり小説の基礎を学ぶ上でプロが書いたものを読む方がいいだろう。
俺がちょっと感心した隙を狙ってか、また颯夏は話を始めた。
「ところでさ、師匠」
「何がところでだよ! お前、それ言いたかっただけだろ!」
「剣道行こう!」
「行かねーよ! お前一人で行って来い!」
「なんでだよ!! こんなにお願いしてるのに!」
「忙しいからだよ!!」
俺は頑なに拒んだ。しかし、颯夏はしつこく食い下がった。
「もし今日、師匠が一緒に来てくれたら、師匠の今度出る小説、フラゲしてあげるよ!」
ふん、そんなワナに引っかかる俺ではない。しかも小説にフラゲという概念があるのか?
「いや、それでも無理なもんはムリだ」
キッパリそう言ってやると、颯夏は頬を膨らませた。怒っているらしい。
「師匠もバトル描写、もっと巧くなりたいんじゃないの?」
……イヤなところを突かれてしまった。ま、確かにそうだけど、俺も暇してるわけではないのだ。
「今日のところは遠慮しとくよ。だから、一人で行けよ。あれだろ、うちの剣道部のことだろ? 頼めば、見学ぐらいさせてくれるんじゃね?」
「一人じゃ恥ずかしいもん」
意外とピュアなのか、こいつ。しかし、俺がついていったところであまり変わらないんじゃないかとも思う。
「いやさ、俺も行きたくないわけじゃないよ? でも、色々やることがあるんだ。だから今日は……」
「お願い!」
颯夏がまたタックルのようにして、俺の腰回りに抱きつくように縋りついてきやがった。俺はやつに馬乗りにされた状態で、半身を反らせる。
颯夏が顔を上げて、
「師匠は俺のこと、嫌い?」
「なんでそうなるんだ!」
彼の目には涙が潤んでいる。しかし、颯夏の演技力は昨日、この目で見せしめられている。もう騙されるわけにはいかない。
「ほんとは嫌いなんでしょ?」
颯夏はそう言葉を続ける。俺の腰を両手できつく握りながら、さらに大きな声で言った。
「ラノベのことは嫌いでも、俺のことは嫌いにならないで〜!」
「ならねーよ! しかもラノベは嫌いじゃねーよ、大好きだよ! 俺の人生そのものだ!」
……というのは、少し大袈裟すぎだろうか。いや、でも俺の人生を一変させてくれたことには違いないから、そう言っても過言ではないはずだ。
俺はやつを強引に引き離し、
「なんなんだよ、さっきから! なんでそうまでして俺も一緒に来させようとしてんだよ!」
と、先ほどから気になっていたことを怒りも手伝って、やや強い語調で問い詰めた。
なにも無理やり剣道部に押しかけなくてもいいんじゃないか、とも思った。それより夏休み中に書いて発表するネタを洗い出したり、新作のプロットを完成させたりすることに徹した方が、今はいいのではないか?
「なあ……新米。夏休み前に、新作のプロットを考えてこいっていう宿題を出したと思うんだけど、やってきたか?」
それを聞いた瞬間、颯夏の表情が固まった。やってきていない、というのが瞬時にわかる顔だ。俺は落胆した。
あまり説教じみたことはしたくないが、こればかりは感情の奔流を抑えられそうにない。
「本気で作家になりたいなら、もっとそういうことに時間を使った方がいいと思うぞ」
「師匠、この間の模試、どうだった?」
「話を逸らすんじゃない! 関係ないだろ、今は!」
「どうだった?」
「うっせーよ! 人にきくなら、まず自分のから言えよ」
颯夏は黙った。さては悪かったな、こいつ。身から出た錆、とはまさにこのことかと思った。それにしても、わかりやすすぎてちょっと引くぞ。
と思うと、颯夏はすぐ口を開いた。
「俺、数学、九十五点だった」
「はあ!?」
リアルな大声を上げた、俺。
「それ、ほんとにこの前の模擬試験でとったのか……?」
「期末考査」
「期末かよ!」
模試で九十五点なのかと思って、あんな頓狂な声を発しちゃったじゃないか。
「んで、模試はどうだったんだよ?」
「国語はまぁまぁ……五十点はあったかな」
「他の教科は? 数学は?」
俺は立て続けに畳みかけた。こうなれば、これまでに散々虚仮にされ続けた意趣返しをしてやろう。
続けざまに、
「お前が正直な点数を言うなら、俺も今日だけはお前の言う通りに動いてやる」
と、またも意地悪なことを言ってやる。いつも颯夏から嫌な思いをさせられてるから、そのくらいは許容してほしいものだ。
颯夏は、長いこと口をつぐんだ挙句、とうとう白状した。
「……二十五点」
小さな声で、そう言ったのだ。正直、予想よりも低かった。しかも、定期テストが九十五点なのに模擬試験が四分の一って……これが暗記の力か。
「ね? 教えたんだから、師匠も一緒に来てくれる?」
颯夏は、ねだるような瞳でこちらを見つめてくる。
正直、あまり気は進まなかったが、そう言い出したのは俺なのだから仕方なくついていってやることにした。
「今日だけだぞ、ほんとに」
一瞬にして颯夏の目が明るんだ。わかりやすいのがこいつの美点かもしれないが、少々単純すぎやしないかと不安になる。まあ、いいや。
【用語解説】
・(素人のハウツーエッセイの)書き方が調子乗ってる:偏見。
・フラゲ:フライングゲットの略。特定の商品を、正当な手段で発売日前に手に入れること。
・〇〇のことは嫌いでも~:〇〇には主に一人称が入る。私のことは嫌いでも、この小説のことは嫌いにならないでください!




