第22講 重言に気をつけろ!
「新米。重複表現ってどういうのかわかるか」
「うん、『落雷を落とす』みたいなやつでしょう?」
神様かな?
今日は真面目に講義しよう、という意気込みが萎えぬうちに質問をしてみたところ、颯夏も直ちに答えてくれた。
正直、夏休みもすでに半ばに差し掛かっているというのに、創作委員会として集まったのは実質、夏休み初日の一日だけだった。完全になあなあ状態である。まあ、古代に関しては部活で忙しいらしいからで仕方がないとして、御代は面倒になって抜け、颯夏はというと、こいつもかなり前からやる気を喪失していた。
こうして、「夏休み創作委員会」は結局、何もしないまま解散しましたとさ。
ということで、本日は久々に颯夏に小説に関する講義を施してやろうという算段である。
今回のテーマは先ほども言ったように、重複表現だ。小説家志望者がやってしまいがちな、それでいてなかなか気づきにくい、それが重複だと思っている。あまりに基本的なことだから今まであえて教えなかったが、おそらく颯夏を含めほとんどの人が一回くらいは指摘を受けたことがあるのではないだろうか。知らないけど。
有名な例でいくと、「頭痛が痛い」、「馬から落馬する」などといった感じだ。ちなみに、ずっと前に颯夏が言ってた「カクメイ☆レボリューション」も重言の一種だな。
「でもさ、普通は書いてる過程でおかしいと気づかない?」
颯夏が何かごちゃごちゃ言っているが、ひとまずはスルーしておこう。
今日は例文を用意した。とはいえ至極簡素だけど、そこは気にしないでもらおう。
・今日、体育祭のリレーで俺は一番最初に走った。
この例文をもとに、俺は颯夏に問いを示した。
「これのどこがおかしいか言ってくれ」
「一番最初に、ってとこ?」
「そうだ。『最』の部分に『一番』っていう意味がすでに含まれてるから、『一番最初』は重言ってことになる」
よって、言い換えるとこうなる。
・今日、体育祭のリレーで俺は真っ先に走った。
または、
・今日、体育祭のリレーで俺は一番初めに走った。
一つ目の例は「最初に」と同じ意味合いの「真っ先」を使用している。「最初に」でもなんら問題はないが、ただ、そう書いた方が「先に走った感じがする」という俺の勝手な個人的見解なので、それ以外に深い意味はない。状況を自分で解釈して、場面に適した語彙を選ぶことも大事だったりする。
似たような例になるが、「まず最初に」というのも重言に当たる。この場合、「まず」と「最」が重複しているのだ。わかりにくいが、言われてみれば確かに、と納得できるだろう。
「俺、執筆にワード使ってるんだけど、校正がかかったらまずチェックするようにしてるんだ」
颯夏は言った。
そう言われれば、それも一つの手かもしれない。自分では気づかなくても、目に見えて指摘してくれるので、確認するようにした方がいいかもしれない。まあ、そんなに深く考えなくてもいい場合もあるが。そこらへんのさじ加減は、自分で判断したらいいと俺は思う。
さて、颯夏も理解しているとは思うが、もうちょっとだけ練習させてやろうと次の例文を俺が提示しようとした時、
「俺も一応、考えてみたやで」
と、颯夏が妙な関西弁で突然言い出した。
「な、何をだよ……」
せっかくのモチベーションアップを阻害されたみたいで、少々癇に障ったが、俺がそう問い返すと、今度は颯夏が例文を示してきた。
「ここに、重複している箇所が二つあるよ」
以下は、その例文とやらである。
・薄暗い監獄の中で一人孤独を感じていたチカコは、自分がこんなところにいることに違和感を感じた。
どういう状況だよ。そのチカコとかいう女、一体何したんだよ。などとツッコみたくもなるが、ここは我慢してあまり内容には触れないでおく。
この中で一番目を引くのは「違和感を感じた」という表現だ。これが、颯夏の言う重複表現なのだろう。その通り、よく議論される重言である。ただ、厳密には意味の重複というより、「同じ漢字が繰り返されている」と言った方が適切かもしれない。
気にしない読者もいるだろうが、それこそ「違和感を感じる」人は結構いるかもしれない。その場合、「違和感を覚える」と書き換えた方が無難だ。あるいは、「違和感を抱く」としてもいいかもしれない。
これは余談だが、とある作家は「轟音が轟く」と小説内に書いて、出版社側から書き直しを依頼されたという。このように、何気ない表現を気にする編集者もいるらしい。うちの担当の辺柊子さんはあんまり言ってこないけど。
ちなみに、この例文にはもう一つ「感じる」が出てきてしまっている。それでも、一つ目に関しては後の「違和感」と少し離れているので、書き直さなくていいようにも思う。要は、「すぐ近くに同じ言葉を置くな」ということに尽きるだろう。
「師匠、正解」
颯夏は、やや満足気に言う。
「じゃ、もう一つの重複表現はどこにあると思う?」
再び、颯夏の例文について考えてみる。一つは悩むまでもなく見つけられたが、問題は次だ。
そうして目をつけたのが、「一人孤独を」というところだ。颯夏は「孤独」に「一人」という意味が込められているのだから、わざわざ繰り返す必要はないと言いたいのだろう。しかし、大勢いる中で精神的に「孤独を感じる」ことは結構あったりする。たとえば、俺とか。
この文面だけでは、チカコが本当に監獄の中に一人でいるのかまでは読み取れない。よって、これは重言ではないと断言できる。
「ちぇっ、いい例だと思ったんだけどなあ」
まあ、「真っ暗な暗闇」みたいなわかりやすい重言もあれば、一見したくらいではわからないものも存在するということだ。そういう時は、友達とか、第三者の意見を仰いでみるのもいいかもしれない。
というわけで今回、基本だけど素人がやらかしてしまいがちな「重言」について取り上げてみたが、話が一段落すると颯夏はいつものように床に寝転がって、猫のようにゴロゴロし始めた。そろそろこの間の応募前のように、やる気を出してもらいたいところだ。
【用語解説】
・なあなあ:物事を適当に済ませること。
・カクメイ☆レボリューション:第9講参照。
・チカコ:誰やねん。
・轟音が轟く:出典あり(後日記載)。




