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第十一章 03

 

「アディリシアはよく眠っているようだったな」

「はい、レン兄さまのおかげです」


 お父さまたちは一度アディリシアの部屋へと寄ったらしく、リタから簡単な説明と今は落ち着いていることを聞いてこちらへと来たらしい。

 新たにお茶が追加されたところでレン兄さまが話し始めた。


「本題から話そう。あのチビ……アディリシアだったか、続いていたという発熱の症状は“女神の口付け”と言われるもので間違いないだろう」


 私が入浴している間もアディリシアを診てくれていたらしい。

 そしてその“女神の口付け”についてかいつまんで説明してくれた。

 主に子供に現れる症状で体内の魔力が急激に増加する事をそう言うのだそうだ。

 爪の色が変わるのもその症状の一つで、女神が気に入った子を愛し子として指先に口付けを落としたからと言うのが呼び名の所以らしい。

 そしてかつては魔力の急増による体調の変化に成す術もなく女神の元へと旅立つ子供も多かったそうだ。


「……爪の色が変わる事を“死の宣告”と捉える場合もあったらしい」


 死の宣告。

 重い言葉にアディリシアは大丈夫だろうかと不安がよぎる。


「叔父上も女神の口付けを受けたという事ですが、爪の色は普通に見えます。症状を克服すると元に戻るのでしょうか」


 アレンがレン兄さまの手を見て問う。

 確かにレン兄さまの爪は私たちと同じ様に見え、虹色の輝きを有していない。


「俺は煩わしいのは嫌いでな」


 レン兄さまは自分の爪を眺めた後、内ポケットから取り出した薬液をハンカチに垂らし右手の爪を拭った。

 すると、青みがかった虹色の爪が姿を現す。


「爪が生え変わっても戻ることはない。普段は特殊な染料で染めている、女神の口付けを受けるというのは良い意味でも悪い意味でも目立つからな。この国では知られていないようだが」

「レン兄さま、サウジリアスではよくあることなのでしょうか」

「いや多くは無いが一応の対処方法が知られてはいる」

「ではアディリシアも」

「だが……あのチビは幼すぎる。俺がなったのは七歳でそれでも早いと言われていた。症例は少ないがだいたいは十歳前後で発症している」

「そんな……アディリシアはまだ三つになったばかりです」

「だからだろう、魔力に対して器が脆弱過ぎる」

「どうしたら良いのでしょうか、今日みたいな事がまた起こったら」

「それだ、今日の事を確認したい。あの場所で何が起きたかはだいたい想像つくがそこへ至る経緯を知りたい」

「はい……」


 不思議な花壇でレン兄さまと会うまでの事をお父さまたちにも分かるように会議の後に私がこの離宮に戻ってからの事を話した。

 アディリシアが起きた時は熱がいつもより下がっていたこと、昼過ぎに弟たちが外出してアディリシアも外に出たいと言うので散歩に出たこと。

 そこでアディリシアが走り出してしまい枯れた花壇のある場所へ迷い混んでしまったことなどを話した。

 レン兄さまが少し首を傾げながら問いかける。


「姉上の話だと熱が下がらずに寝たきりだという事だったが起きた時から今日は違ったのか」

「アディリシアは昨日まではぐったりしていたのですけど、不思議と今日は調子が良いみたいで……ずっと笑顔だったから私も何が何だか」

「急に安定したのか?今日飲み食いしたものは何だ、触ったものでもいい」


 食べたものと言えばセドリックおじ様のレシピの薬湯と薬膳くらいだろうか。

 セドリックおじ様が薬湯と薬膳について説明を補足してくださり、それは特に問題ないようだった。

 あとは触れたものと言っても室内のベッドや一緒に寝ている縫いぐるみと衣類、私たち姉弟と侍女たちに限られる。

 それらを伝えた後、レン兄さまは黙ったまま考え込んでしまった。


「……」

「お嬢様、関係ないかもしれませんがあの紫の蝶もアディリシアお嬢様に触れましたわ」


 伺うように言ったのは朝からアディリシアに付いてくれていたミレアだ。

 私が離宮へ戻った時に話していた出来事だ、すっかり忘れていた。


「紫の蝶だと?大黒紫蝶か?」


 ミレアの言葉にレン兄さまが反応を示し立ち上がった。

 迫る様に問いかけられミレアは驚いて一歩身を引く。


「さ、先程のあの蝶がそう言うのでしたらおそらく同じような種類だと思います。色は薄紫でもう少し小さかったかとは思いますが」

「どうやって触れた?」

「開けていた窓から迷い込んで来たのです。そしてお嬢様の指先に……」

「それだ!」

「何がですか、レン兄さま早く言ってください」

「あの大黒紫蝶は魔ものの一種だ、何故いたかは別にして大黒紫蝶は普通の蝶と違って蜜の代わりに魔力を吸い上げる特性がある。おそらく飽和状態だったチビの魔力を吸い上げた事で熱が下がったのだろう」

「ええと、溢れていた魔力が減ったことで体の負担が減り今日は調子が良くなったと言うことですか」

「ではどうして急変したのかしら」


 おっとりと首を傾げるナターシャ様。

 私はギュッと手を握りしめて話す、あの花壇での出来事を。

 アディリシアの願いは魔力となり花を咲かせた事、そして……


「もしかして、昼過ぎにこの離宮の裏手に光の柱が現れたとう話と関係あるかい?」


 セドリックおじ様は穏やかに問いかけたけれど、それはどこか確信めいているように思えた。

 思い返してもあの光の柱が目立たない訳がない。

 私は正直にうなずいた。


「……はい」

「その場所の花壇の枯れかけた花を咲かせたと言うのは本当かな?」

「……はい、咲かせたのはアディリシアですけれど」

「はぁ、そうか」

「申し訳ありません」

「いや、咲かせたことは大したことじゃないんだ。ただ目撃した庭師たちが白のローブの令嬢が咲かせたと話していてね」


 セドリックおじ様が苦笑している理由に想像がついた。

 白のローブを私が着ていたことはあの会議の場にいた人たちは知っている。

 そしてその会議の場で私は掛け金をかけて魔力が不安定で使えないと表明しているのにそのすぐ後で何かの魔術を行使していると思われてしまったら……またややこしい事になるに違いない。

 私は頭を抱えたくなった。


「そのことは心配しなくていい、既に緘口令をしいている」


 アートおじ様がさらりとそう口にした。

 驚いて顔を上げると自信たっぷりに微笑んでいる。


「アートおじ様……」

「話が広がったとしても私たちが何とかするので安心しなさい」

「お父さま」


 優しく労わる様に私の背を撫でてお父さまが頷く。

 マリおば様もナターシャ様もセドリックおじ様も大丈夫だと微笑んでくれていた。

 面倒をかけて申し訳ないと思うと同時に守ってくれる事をありがたいと思う。

 私の保護者は本当に頼もしい。


「ルディ、続きを聞かせてくれる」

「はい」


 光の柱がたち、花が咲いて喜ぶアディリシア。

 しかしどこからともなく蝶が集まり出して襲い掛かって来た事。

 そこへ白い鳥、シロとレン兄さまが現れて助けてくれた事を話した。


「叔父上が王宮内に入ってから途中でいきなり走り出したとのはそういうわけだったんだ」

「光の柱など滅多に見るものではない、それに良くない魔力を感じたからな」

「だからって何も言わず置いて行かないでくださいよ」

「お前が鈍くてのろまなのが悪い」

「くっ」


 なんだかこの二人はずっとこんなやり取りをしている気がする。

 仲が良いのか悪いのか……。


「レン兄さま、あまりアレンをいじめないでください」

「いじめていない」


 フンと顔を逸らすレン兄さま。

 ……もう話を元に戻すことにしよう。


「アディリシアはやはりその大黒紫蝶のせいで倒れたのでしょうか」

「いや、倒れたのはおそらく急激に魔力を放出したからだろう。寝込んでいる時に迷い込んだ蝶が吸い上げた魔力はそう多くはなかったはずだ。だがあの花壇で花を咲かせた魔力は相当なものだ、光の柱がたつくらいだからな。魔力が空っぽになってもおかしくない」

「空っぽに?」

「だからチビの体は失った魔力を補おうと急速に増え始めた。その魔力の勢いに幼い器が耐えられるわけがない」

「それで魔力が飽和状態になってしまったのですね」

「溢れた魔力は魔法石と俺のマントに施してある魔術で吸い上げた……魔法石は一瞬で砕け散ったが。ああ、最後はアレンの花の種が役に立ったな」


 盛大に花開いたポップコーンフラワー。

 その中でお姫様の様に眠るアディリシア。

 目覚めた時はまた笑顔を見せてくれるだろうか。


「魔力が安定していれば問題ないが、女神の口付けを受けた場合当面は増え続ける。継続的に魔力を抜くのが得策だ」

「それが対処方法ですか?どの様にするのでしょう」

「従魔契約を結ぶ」


 何てことないようにレン兄さまは言った。


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