第十一章 01
飛び込む様にして離宮へと戻ると迎え出てくれたのはハンナだった。
「まぁ、お嬢様!」
「ハンナ?」
「そうですよ、ハンナです。参上するのが遅くなり申し訳ございません。それよりその姿、どうなさったのですか。それにこちらの方は」
アスターフォード家で屋敷の後片付けや手配をしてくれていたハンナ。
長く仕えてくれている彼女の顔を見るとホッと安心するような気がした。
「リタ、先にお部屋にご案内して。ハンナ、来てくれてありがとう。後で詳しく話すわ今はアディの具合が良くないの」
「かしこまりました」
私たちの様子を察し頷いてくれたハンナを連れて先に行ったリタたちを追いかけて部屋へと入るとちょうどアディリシアをベッドへ寝かせているところだった。
マントにくるまれたままアディリシアをベッドへと寝かせると男の人は鞄からこぶし大の結晶をいくつか取り出した。
それをベッドの端にいくつか並べるとくるんでいたマントを広げていく。
するとポンッと軽い音を立ててアディリシアの側に花が咲いた。
思わずみんなの視線がそこへと向かう。
「なんだ、これは」
不思議なものを見るような目で男の人はその花を拾い上げた。
淡い桃色の花だった。
「すみません、アレンに貰った魔力で咲く花です。アディリシアがその花を咲かせるのが好きなので種がベッドに落ちていたのだと思います」
屋敷でも暇があれば遊んでいたので来た時の服に付いていたのかもしれない。
男の人は花をまじまじと見た後、アレンに視線を向けた。
「アレン、この種は今持っているか」
「え?はい、アディリシアにあげようと思って沢山持って来ています」
「なら、持っている分の種を全てこのチビの側に今すぐまけ」
「はい?」
「いいから早くしろ」
急かされてアレンはポケットから出した巾着袋の中身をベッドの上、アディリシアのまわりにばらまいた。
ポンッポンポンポン
すると次々に弾けるように触れてもいないのに種が花開いて行く。
あっという間にベッドの上はポップコーンフラワーでいっぱいになっていた。
まるで花畑のように色とりどりの花弁が広がる。
「見事に全部咲いたな……」
男の人は感嘆まじりにそう言うと花の中に埋もれるようにして眠るアディリシアの額を撫でた。
不思議と頬の赤みが引いていて呼吸も随分と落ち着いている。
「アディ……」
「寝ているだけだ、一先ず大丈夫だろう。念のために、シロ」
アレンの肩に乗って大人しく付いてきていた白い鳥が緩やかに飛び立ち、眠るアディリシアの側に降り立つと尻尾のくるりと体にまとわりつくと巻き付けるようにして座った。
スリッとアディリシアに寄り添う様にして鳥が目を閉じる。
「シロが付いてればこのチビに何かあればわかるはずだ」
「ありがとうございます。でも何が何だか……」
「飽和状態だった魔力を放出した。細かい説明は後だ、先に鱗粉を落として来い。チビは俺とアレンで見ている」
「でも……」
「ルディ、僕もそうした方がいいと思う。アディの事は僕がついているから安心して」
「ルディアお嬢様、このハンナもアディリシアお嬢様に付いておりますから」
「アレン、ハンナ……わかったわ」
先程かけられた液体のおかげか肌のピリピリとした刺激は収まっているけれど確かに一度お風呂で洗い流した方が良いだろう。
このままアディリシアを抱き上げるわけにはいかないし。
「お嬢様、行きましょう」
「ええ」
リタに促されて妹が気がかりながらも浴室へ向かった。
ミレアが既に指示を出し入浴準備を整えてくれていたのであっという間に入浴を終えることが出来た。
リタとミレアにも入浴してくるように言うと他の侍女が手伝ってくれたのだが急いだのであれこれお世話を省いたせいか少々不服そうだ。
「次の入浴やお仕度の際はいろいろさせてくださいませね」
侍女たちからそんな言葉を貰いながら曖昧に返事を返してアディリシアのいる部屋へと急ぎ向かう。
その時、ちょうどナターシャ様がお見えになっていた。
「ルディ、遅くなってごめんなさい」
「ナターシャ様ありがとうございます。アディリシアの治療の出来る方を呼んでくださって」
私はすぐに駆け寄ってナターシャ様の手を取って感謝を述べた。
あの男の人は口が少し悪いけれど判断や行動が早い、きっと良い医術師なのだろう。
「私は急用が出来てしまってアレンに迎えに行かせたのだけど、ちゃんと連れて来られたみたいね」
「ええ、白い鳥を連れた方で、お若いけれど優秀なのでしょうね。今はアレンと一緒にアディの様子をみてくれています」
「白い鳥?」
「ええ」
少し首を傾げるナターシャ様を連れてアディリシアの部屋へ入るとすでに身支度を整え終えたリタとミレアが戻って来ていた。
男の人は入ってきた私たちを見ると急いで立ち上がりこちらへと歩み寄ってきた。
「姉上!お久しぶりです」
姉上……という事はこの方はナターシャ様の弟君?
だとしたらアレンにとって叔父になるという事かしら。
「……レンフェウス?」
「はい、姉上はお変わりありませんか」
レンフェウスと呼ばれたこの方が見ているのはナターシャ様だけのようだった。
キラキラと満面の笑みでナターシャ様に話しかけるのを横目にスッと距離を取り、ベッドの側に立つアレンの元へと向かった。
「アレン、アディの様子はどう?」
「あれからまだ目を覚ましてない、良く寝ているよ」
そっとアディリシアの頭を撫でる。
茜色のマントの上で沢山の花に囲まれて眠るアディリシアはお伽噺の主人公のようだ。
このままにしているのはきっと意味があるのだろう。
「白い鳥と聞いてまさかと思ったけれど、どうしてあなたが?」
ナターシャ様はレンフェウス様がここにいるのが信じられないようだった。
「手紙には知識のある者をこちらへ送ると書いてあったでしょう」
「嘘はついていませんよ、知識のある者とは私の事です。何せ体験者ですし適任でしょう?」
私はチラリと隣の幼馴染みを見た。
いつかのアレンも似たような事を言っていたのを思い出し、確かに親族だという血を感じた。
アレンはどこか遠い目をして二人を眺めている。
「レン、あなた自分の立場をわかっているの?」
「わかっていますよ、私は休暇を取って親戚を訪ねているだけですから問題ありません」
「そんな詭弁が通じると思っているの?」
「兄上だけにはちゃんと本当のことを話して来ています」
「お兄様はあなたに甘いからお許しになったでしょうけど」
「……姉上は私が来たのは迷惑でしたか?」
「馬鹿ね、迷惑なわけがないでしょう?ありがとう、よく来てくれたわね」
「はい姉上の為ならいつでも馳せ参じます」
胸に手を当ててさも当然とばかりにそういったレンフェウス様はまるでご機嫌に尻尾を振っているかのように見えた。
もちろん幻の尻尾だ。
そっとアレンの袖を引くとこっそりと話しかける。
「あの方、さっきまでと随分と態度が違うようだけれど」
「叔父上は極度の姉びいきなんだ」
「口調も態度も別人みたいだけれど」
「昔から母上限定でああなるんだ、気にしないで……改めて紹介するよ」
アレンは一瞬頭が痛いとばかりに額に手を当てたが気を取り直してレンフェウス様を紹介してくれた。
「母上の弟のレンフェウス。レン叔父上は口が悪いけど悪い人ではないと思う」
「おい」
アレンの言葉にレンフェウス様がこちらを振り返った。
赤みがかった金の髪に整った容姿はどちらかと言えばナターシャ様と言うよりも同性だからかアレンの方が似ている。
「随分お若いようですけれど」
「母上とは11歳離れている、ちなみに僕とは8歳差」
「まぁ……そうでしたか」
その差であればアレンと兄弟と言っても違和感がないかもしれない。
じっと目が合うとやはり既視感を覚える。
どこかもっと昔に会ったことがあるような……。
「レンフェウス様、レン叔父上?……もしかしてレン兄さま?」
「お、覚えていたか」
「やっぱり、昔何度かお会いした事ございましたね」
「ルディ覚えているの?」
「小さい頃にアレンと一緒に何度か遊んで貰ったわね」
「久しぶりだな、大きくなって一丁前に令嬢らしくなったじゃないか」
「レン兄さまも、口は悪いですけれど立派な殿方になられましたね。お会いできて嬉しいです。妹の事もありがとうございます」
令嬢らしく礼をするとレン兄さまはフッと鼻で笑った。
そうだこんな感じに笑う人だった。
意地悪を言ってからかうけれど面倒見が良くてどこか憎めない不思議な人。




