第四章 05
ピチチと鳥が空を楽しそうに飛んでいくのが見えた。
「ベルもアディもそんなにくっついていたら歩けないわ」
「大丈夫です」
「だいじょうぶ」
右手にアディリシア、左手にベルグラント。
お屋敷を出てからと言うもの馬車に乗っても、馬車を降りてもずっと手を繋いで2人共ピッタリと私にくっついて離れない。
仕方ないとそのまま丘を登って行くとフワリとミクムの花の香りが広がる。
この城下町からほど近いミクムの丘はピクニックに訪れる人も多い人気の場所だ。
多年草で六つのピンクの花びらが可愛いらしいミクムの花はウィルズエルト王国の国花としても知られ国民にとても愛されている。
丘の上は優しいピンクの色で溢れていた。
「ほら広場に着いたわ、ピクニックの準備をしないといけないでしょう。2人共手を離してちょうだいな」
「…………」
「…………」
返事をせず、2人共目を逸らしている。
手を軽くゆすってみても離す気配は無い。
「2人とも……」
「いいんですよ。ルディお嬢様はお二人と一緒に休んでいてくださいな」
「そうですよ、準備は私たちが致しますから」
ハンナとレナが手際よく敷布を広げてその上にブランケットを重ねていく。
整った真ん中に他の侍女たちがクッションを並べ、ハンナが座るようにと私たちを促した。
お言葉に甘えて三人で先に寛がせて貰う。
腰を下ろしてもベルとアディはピタリとくっついて離れない、かと言って何か言うでも無く…果たしてどうしてしまったのだろうか。
「お寂しかったのですよ、お二人とも」
戸惑う私を察したのかハンナが声をかけてくれた。
「今日は多めにみてあげてくださいまし」
「お嬢様が何日もいらっしゃらないなんて初めてでしたものね」
レナや他の侍女たちも穏やかな目でこちらをみて微笑みを浮かべる。
どうやら末っ子2人は甘え方が不器用らしい。
「私も寂しかったわ」
両手で2人を抱え込む様に抱きしめるとベルグラントは真っ赤になって俯き、アディリシアはぐりぐりと額を押しつけて来た。
こそばゆくて思わず笑うとアディリシアがギュッと首に抱きついてきたのでそのまま膝の上に抱き上げる。
ベルグラントはコテンと控えめに私の肩に頭を寄せた。
2人の甘えがくすぐったくて暖かい。
「心配かけてしまったものね」
「本当に心配したんですよ」
荷物を整えながらハンナがしみじみと呟く。
ハンナったら迎えに来てくれた時も随分心配してくれていたものね。
静養邸からやっと屋敷に戻っても良いと許可が出た日、迎えに来てくれたハンナは部屋のドアが開くと同時に勢い良く飛び込んで来た。
『お嬢様!』
『ハンナ、来てくれたのねっ……きゃっ』
『お嬢様、お嬢様! ああ、ご無事な姿を見れてやっと安心出来ました』
『ごめんなさい。心配させてしまったわね、ありがとう』
『当たり前です! 屋敷の者が皆お嬢様を心配しておりました。全員でお迎えに来たがったのですけど代表でハンナとレナで参りました。屋敷にお戻りになられたら覚悟なさってくださいね!』
いつも気丈で明るく頼もしいハンナに涙目でそう言われて胸が詰まる思いがした。
後ろにいたレナも赤い目でギュッとハンカチを握りしめていた。
きっとあの瞬間はずっと忘れないだろう。
「本当にハンナの寿命が10年は縮みましたよ!」
「何度も聞いたわ。心配させてごめんなさい。もうこんな事ないと思うから」
「当たり前です!」
「長生きして欲しいから気を付けるわ。」
「そうしてくださいまし、皆さまの為にも……」
お母さまの為にも
そう、続いた気がした。
「あー! ベルもアディも姉さまとくつろいでズルいぞ!」
カイトが手に荷物を抱えながら丘を駆け上ってくる。
その後ろにライルやお父さま、男性陣がそれぞれ何かを抱えながら続いていた。
今日はお父さまがやっと休みを取れたのでそれに合わせて晴れた空の下、アスターフォード家のみんなで盛大なピクニックに来たのだ。
そうお屋敷のみんなで。
「お嬢、良かったんですかい?俺たちも参加させてもらっちまって」
順番に調理器具を並べながらジャンが恐縮したように言った。
ジャンたちコックやモーリス、ハンナたち侍従侍女はもちろん庭師などほぼ全員が集う。
留守を任せている者たちは次回参加して貰おうと思っている。
「ご家族水入らずのところ申し訳ないです」
恐縮したように若いコックが言った。
「なに言っているの、家族水入らずでしょう。みんなアスターフォード家の一員ですもの家族じゃない」
アスターフォード家は屋敷を回せる最低人数の者しか居ない。
だから他のお屋敷に比べたら使用人の数は少ないかもれないがそれで困った事など無いし、みんな情に熱く真面目に良く仕えてくれる者ばかりだ。
「お嬢様……」
みんなの表情がふわりと緩む。
そんな中、モーリスは目頭を抑えて俯きハンナはエプロンで顔を覆っていた。
「な、何よ、モーリスもハンナも」
「いえいえ、ご立派になられましたなルディアお嬢様」
「申し訳ございません。まるでレティシア様を見ているようで……思わず極まってしまいました」
古株の2人は何か感じるものがあったらしい。
お母さまもかつてこんな風なやり取りがピクニックであったのかも知れない。
「どうかしたかい?」
お父さまが襟元を少し緩めながら側に腰を下ろした。
荷運びなどで体を動かして暑くなったのかジャケットは既に脱いでいた。
「なんでもないですよ」
「そうか。……今日は晴れて良かったな」
お父さまはあれからなるべく家にいる時間を作り、弟妹たちに謝罪後に和解を試みようと努力しているそうだけれど末っ子のアディリシアだけはまだ警戒が解けないらしい。
今もお父さまが来てからずっと反対方向を見てばかりいる。
お父さまの無表情ながら困り顔を浮かべているのが感じ取れた。
「ア、アディリシア。今日のリボンも可愛いな」
柄にもなく緊張しつつ娘のリボンを褒める父。
努力を感じるがアディリシアは聞こえないふりなのか自分の名前にピクリとも反応しなかった。
「白はアディの好きな色なんだよね」
気を利かせたベルがアディに声をかけるが小さく頷いただけだった。
アディリシアを膝の上から降ろそうと試みるががっちりと掴まれて動かない。
「アディ、お返事は?」
「……」
「いや、ルディ大丈夫だ。時間がかかるのは分かっている自業自得だからな」
お父さまが諦めて息を吐く。
憑きものが落ちたようにあの冷徹さを潜めたお父さまは猛烈に反省し、関係修復を目指している。
ライルやカイト、ベルは元々のお父さまが戻って来たと感じているがアディリシアは今までの怖いお父さま強く印象に残っているらしく戸惑いの末、最近はお父さまと口をきかなくなってしまった。
どっちの気持ちもわかるので難しい。
いずれ時間が解決してくれるだろう、家族なのだから。
「姉上、見てください黄金草を見つけました」
ライルが息を切らせて手に持った薄黄色の花をこちらへと傾ける。
花弁の大きな花は陽の光で金色に見えて輝く事から黄金草と呼ばれていた。
群生して咲くことはなく、見かける事が少ない花だった。
「まぁ珍しいわね、アディも見てご覧なさい」
ポンポンと小さな背を叩いて顔を上げさせるとライルの方を振り向いた。
機嫌が悪いわけではないらしい。
「お花?」
「アディの髪の色に似てる」
カイトがそう言うとアディリシアはライルの手からそっと花を受け取り、じっと眺めた。
ベルグラントが長いアディリシアの髪をくるんと指に絡めて花に近づけて見比べる。
「うん、本当だね」
淡い色合いが似ていてそれを不思議そうに見つめるアディリシア。
「綺麗ね」
「きれい」
ふにゃり、アディリシアは嬉しそうに破顔した。
その場にいたものがそれをみて幸せそうに笑顔になる。
そんな中に一人、気まずそうなお父さま。
「アディ、お父さまも見てみたいって」
そんな事は言っていないが気配を感じたのでそれとなく花を持つアディリシアの手をお父さまへと促してみた。
ダメかなと思ったけれどアディリシアは少し考えた後、それをお父さまへと差し出した。
お父さまは嬉しさに戸惑いながら手を伸ばす。
「アディリシア……」
「おかあさまといっしょ」
「!」
アディリシアの言葉に全員が驚く。
小さなアディリシアはお母さまの髪を覚えていたのだ、自分と同じ淡い金の髪を。
ぽたり
お父さまの頬を雫が伝った。
「おと……さま?」
「アディリシア」
ギュッとアディリシアを抱きしめるお父さま。
なんだか切ない気持ちになりかけたところで……
「うわぁぁん」
アディリシアが泣いた。
どうやらビックリしたらしい、お父さまのもとから慌てて抱き上げて背を撫でる。
「大丈夫よアディ」
「父上、大丈夫です。アディは驚いただけなので少し離れましょう」
「いや、だが……」
「父上を嫌がった訳じゃないですから」
「!」
呆然とするお父さまをライルがなんとか励ましつつ距離を取らせる。
ショックを受けたお父さまの姿はまるで子供の様だった。
「ほら、アディの好きなお菓子、ジャンが作ってくれたよ」
「甘いミルクもあるよ」
カイトとベルグラントがアディリシアの好きなものを持って来てくれたお陰でなんとか泣き止む事が出来た。
ホッとため息をつく。
お父さまが目でフォローを求めているが気づかない事にした。
なんだかんだで家族の距離は縮まって来ているのだし焦ることはない。
「とりあえず、お茶にしましょう」
このピクニックの出来事はいずれアスターフォード家の笑い話として語られる事になるのだった。
遅くなってすみません。




