第五章 01
ガタゴトと木々の間を抜けて開けた場所に馬車がゆっくりと止まると御者が扉を開け、お父さまがまず外へ降りた。
「ルディ、先にアディリシアと先に行っててくれ」
「はい」
続いて順番に私とアディリシアを下ろしながら言うお父さまに返事をしてアディリシアと手を繋ぎ歩き出す。
すると慌てたようにベルグラントが馬車から降りて来た。
「お父さま、僕もお姉さまと一緒に行ってもいいですか?」
「ああ、行っておいで」
「俺も姉さまと行く」
「待てカイト!私と父上だけに荷物を持たせるつもりか」
ベルに続こうとしたカイトがライルに掴まれて足を止めた。
既に荷物を下ろし始めているお父さまを見て仕方ないと諦めつつも不満とばかりに唇を尖らせていた。
なんだか気になって声をかける。
「私も何か持って行こうかしら」
アディリシアとベルグラントが一緒でも軽いものなら持っていけるだろう。
「いいよ、姉さまの両手はアディとベルで塞がっちゃうんだから。先に行ってて」
「カイト」
「すぐに追いつくから大丈夫だって」
つんとした物言いかと思ったら次はニッと笑って手を降ってくる。
実際、カイト言うとおりに両手は塞がっているので何とも言えずにいたら
「姉さま、早く行かないと日が沈んじゃうよ」と言う言葉に甘えて先に進む事にした。
帰りはカイトと手を繋いで帰ろうと密かに決意して。
つい少し前にも通った小道をまた歩く。
その道はミクムの丘へと続く道。
見上げた空はあのピクニックの日と同じ様に晴れていた。
『3日後迎えに行くわ、ピクニックをしましょう』
その手紙は突然アスターフォード家にもたらされた。
幾分早く仕事から戻られたお父様はなんだか疲れた様子で申し訳なさそうにその短い文章の書かれた手紙を私たち差し出した。
差出人はマリおば様。
「お誘い……ではなさそうですね」
代表で手紙の内容を読み上げると少し考えるようにして首を傾げた。
「……その通り、彼女の中では決定事項だろう」
「お父さまだけ、ではないですよね」
「ああ……一家揃ってご招待だ」
「突然ですね3日後なんて、でも大丈夫だと思います」
予定を思い浮かべてみても都合は付きそうだった。
お父さまも仕事がお休みの日らしくマリおば様はそれに合わせてくれたのかもしれない。
取り敢えず準備をとハンナに支度とコックのジャンへお菓子や軽食の準備をお願いした。
そして当日になると朝食が終わると同時にマリおば様の手配した馬車が到着し、バタバタと出発した。
行き先を聞いていなかったと思いつつ到着してみれば。
そこは先日二回に渡って開催されたアスターフォード家ピクニックと同じ様場所のミクムの丘だった。
ウィルズエルト王国の春は長く、過ごしやすい気候で今やこの丘は様々な花や植物であの時よりも賑やかな景色に変わっていた。
「!」
「あっ!」
「アディ!」
ぼんやりしていたせいかアディリシアが石に躓いたのに気付くのが遅れて慌てて手を引くがアディリシアは繋いでいない方の手と膝を着いてしまった。
「大丈夫? アディ」
慌ててしゃがんで抱き起こすとスカートと膝に着いた汚れを払う。
ベルグラントも心配してアディリシアが着いた手の土を落としてあげていた。
アディリシアの両サイドの髪に結んでいたリボンがずれてしまっていたのでそれを直しながら声をかけた。
「アディ痛くない?」
「……ふぇっ」
呆然としたままのアディリシアの頬を両手で包んで顔を覗き込む。
すると今にも泣きだしそうに唇が震えて瞳が潤み始めていた。
「怪我してないから大丈夫だよ、アディは泣かなくて偉いね」
ポンポンと慣れた様子でアディリシアの頭を撫でるベルグラント。
するとアディリシアはキュッと堪えるように口を引き結んだ。
すごい、いつの間にかベルグラントは小さいながら兄としての能力を身に付けていた。
「おねーさまぁ」
泣くのを我慢したアディリシアはギュッと私に抱きついて来た。
優しく背中を撫でてアディリシアを抱き上げ立ち上がるとベルグラントは手は繋がなくても良いとばかりに私のスカートを掴んだ。
本当にこの三男は察しが良い。
少し重くなったアディリシアは片手で抱っこするのはなかなか難しくなっていた。
立ち止まったままベルグラントの頭を優しく撫でてアディリシアを両手で持ち直すとゆっくり丘を登って行く。
頂上に近づいて丘の上が見えてくると既に準備を進めているマリおば様の姿が見えた。
その隣にはナターシャ様もいて、こちらに気づくと緩やかに手を振ってくれた。
「マリおば様、ナターシャ様、ごきげんよう」
「ルディ会いたかったわ、アディも久しぶりね私のこと覚えているかしら」
ナターシャ様の問いかけにアディリシアは小さく頷く。
その様子にナターシャ様は嬉しそうに微笑んだ、そして側にいるベルグラントに気づくとスッと身を屈めた。
「初めましてね、私はナターシャ・ブローセンと言うの。あなたのお母さまとお友達だったのよ」
視線を合わせて挨拶をされ、ベルグラントは緊張しながらもきちんと身を正した。
「ベルグラント・アスターフォードです。ナターシャ様よろしくお願いいたします」
「まぁ、とてもしっかりしていらっしゃるのね」
ベルグラントは甘えん坊で人見知りしがちなので心配だったけれどびっくりするくらいしっかりした挨拶が出来たのでこれは帰ったら目一杯褒めてあげなくちゃと心で拍手を送った。
「ベル、ナターシャ様はアレンのお母さまなのよ」
「アレン様の……」
「ちょっと、私も忘れないでちょうだいな」
マリおば様が待ちきれないと腰に手を当てて声をかける。
王妃様とは思えない控えめな服装だけれど凛とした雰囲気と格好良さが滲み出ていた。
少し後ろ控える背の高い侍女はマリおば様の警護を担う女騎士のエマ様で侍女に扮する姿が前回よりも板についていた。
「マリおば様、この度はお誘いありがとうございます」
「ルディ、調子はどう?」
「おかげさまで元気にしています」
「なら良いけど、何かあったら遠慮せずに言うのよ」
「はい、ありがとうございます」
マリおば様が親密に気に掛けて下さるのがとても有難く、嬉しかった。
不意にアディリシアがマリおば様に向けて手を伸ばす。
「あのね、あのねアディのリボンね」
アディリシアの手を取って優しく握るとマリおば様が柔らかく微笑んだ。
「ふふっ、ルディとお揃いでしょう? 可愛いからすぐに気づいたわ」
ちょんとアディリシアのリボンをつついてウインクするマリおば様。
ハーフアップにした私の髪のリボンとアディリシアの両サイドのリボンは揃いの白いレースのリボンだった。
先日お父さまが買って来てくれたものでアディリシアがとても気に入っていたリボンだ。
恐る恐るアディリシアにプレゼントを渡すお父さまは心配そうに様子をうかがっていたがアディリシアが喜ぶと安心したように肩の力を抜いた。
まだまだお父さまとアディリシアの距離は遠い、けれど縮まっては来ている……と思う。
ナターシャ様も似合っていると褒めてくれてアディリシアは照れながらも嬉しそうに笑った。




