第四章 04
お父さまと話をした次の日、
アレン特製の苦い滋養の薬湯を花の香りの角砂糖もどきを入れてなんとか飲んでいるとマリおば様がエマ様と共に様子を見に来て下さった。
ベッドから私が降りようとしたらマリおば様はそのままでと言って下さり、アレンが気を利かせて部屋を出ようとすると構わないので残るように言った為アレンは私の側に控えた。
「ルディ、少しは落ち着いたようで良かったわ」
マリおば様が緩やかに優しく私を抱きしめてくれた。
私の肩に額を寄せて息を吐く姿に抱き返した手に力が入る。
お母さまが亡くなってからもマリおば様は母親代わりの様に私を気に掛けて見守って下さっていた事にじわり涙が浮かぶ。
お立場もあるのに昔から変わらず側にいてくれてどんなに心強かったか。
しばらく抱き合った後、マリおば様はベッドサイドの椅子へと腰を下ろした。
「マリおば様、静養邸を使わせていただいてありがとうございます」
王宮の敷地内にある静養邸は薬術院の側にあり、主に来賓や王宮勤めの者などが使用する邸だ。
お父さまが王宮に勤めているとは言え私が使わせて貰っているのはマリおば様の配慮があっての事だろう。
本来なら医務室で治療を受けて落ち着いたら馬車で家に返されるはずだ。
「それより、マクシミリアンが謝りに来たわ。今までの自分に対する私の忠告を無視してすまなかったって。父親としてやり直したいなんて、明日は雨かしらね」
「マリおば様」
「ちゃんと、話せたのね?」
「はい。これからはきちんとみんなで向き合って話し合って行こうと」
「まったく、いい大人が気付くのが遅いのよ。でも残念だわ」
「残念ですか?」
「このままあなたたちに無関心を貫くなら私の所にルディたち五人とも呼ぼうと思っていたのよ」
「ふふっマリおば様ったらまた……」
「マリーアン様は本気でございました」
ボソリと呟いたエマ様の言葉に笑顔が固まる。
王妃殿下が友人の子供を面倒見るなんて聞いたことがない、けれどマリおば様ならやりかねないのもなんだか納得。
お父さまが思い直して下さって良かった。
そんな事になったら他の貴族たちと間に諍いが起きるところだった。
「それよりマリおば様、お聞きしたい事が」
「……あの教会を襲った男たちの事ね?」
「はい、何があったかお調べになったのでしょう?」
「ええ、……説明はエマに任せるわ」
マリおば様は複雑そうな顔をして話をエマ様へと振った。
コホンと小さな咳をしてエマ様が私に向けて口を開く。
表情は感情を押し殺しているようにも見えた。
「件のきっかけとも言える青年、ジミー・マクミランですが」
エマ様が静かに告げた名前はあの孤児院を巣立って行った彼の名前。
違うと、あの男たちと関わりないと願っていた名前。
「彼が職人になる為に弟子入りした先の親方が不慮の事故により怪我を負ってしまい治るまでの間、その親方の兄弟弟子にあたる別の親方の工房へと修行に出されていたようです。その修行先が問題でした。そこの親方はあまり良い職人とは言えないようで粗悪品を売り付け、日々酒に浸り過ごしていたようです。弟子たちもまた素行が悪くそこでジミーはひどい扱いを受けていたそうです」
バザーの時に見かけたすっかり窶れて暗い顔をしたジミーの顔が浮かぶ。
あれ程にも人相が変わってしまう環境にいた事を思うとひどく胸が痛んだ。
「親分と呼ばれていた男は賊崩れのゴロツキですが」
「まさか他の男たちは」
「お察しの通り、その修行先の弟子たちです。彼らは職人であるにも関わらずゴロツキに付き従い窃盗や強盗まがいなどを繰り返して小金をせしめていたようで親方も酒を渡すことで黙認していたようです」
「なんてこと……」
職人とは自らのその技術と歴史を誇り、後世に繋げて研鑽を積んでいく大切な職業のはずだ。
それに弟子を取ったなら親とも言える立場でありながら対価で悪事を見逃すなんて。
「監督不行き届きもあり堕落し職人の誇りを捨て去った親方の行いを許せるはずがありません。この事は職人協会に既に報告していますので親方含め工房自体にも処罰があるでしょう、弟子たちも然りです」
処罰を受けたらこの国で職人としてやっていくのは不可能に近い。
たとえそれがまだ見習いの弟子だったとしても…
職人協会に記録は残り、それは一生付きまとうと言う。
「ジミーから直接供述を聞いた部下から報告がありました。ジミーはその工房での行いを非難し、元の親方に報告しようとしたそうですが他の弟子にそうすると孤児院を襲撃すると脅されたようです。また何処からかバザーの事を聞きつけてその収益を盗む手伝いをすれば孤児院に手出しはしないと言われて手を貸してしまったと」
「……」
「今は後悔を……しているそうです」
どれだけ悩み迷っただろう、責任感の強い彼には見過ごせなかっただろう。
それに面倒見の良い優しい兄貴分だったジミーが幼い兄弟分のいる孤児院を襲うと言われたら手を貸してしまったのも仕方がなかったと思える。
「……ジミーは、どうなるのですか」
「騎士団の審議にかけられます、ですが怪我をしている本来の親方が駆け付けてきて情状酌量を訴えております。そして今回の被害者であり、孤児院の管理者であるシスター・ナディアも同様にジミーの擁護を訴えています」
「じゃぁ……ジミーは」
「でも強要されたとは言え、彼はバザーで窃盗行為を働いている。お咎めが無いわけじゃない」
私の淡い期待を消し去ったのはアレンの言葉だった。
結果として悪事に手を貸してしまったなら罰を受けなければならない。
辛い思いをして悪に手を貸し、処罰を受けるジミーの心情を思うといたたまれないけれど……
「そう、そうね……その通りだわ」
「ルディア様」
消沈する私の手を柔らかな見た目とは異なる硬い感触の手が包み込んだ。
強い意思を感じる鍛えられた手だ。
その手の主、エマ様は身を屈めるとじっと私の瞳を覗き込んだ。
「騎士団は本来の悪を見誤りません。ジミーに対して不当な処罰がくだることはありませんし、その心が正しく前を向くのなら騎士団はやり直す手助けを致します。ですのでどうかご安心ください」
「エマ様……」
マリおば様に視線を向ければ静かに頷く。
エマ様がそうおっしゃるのならきっとそうなのだろう。
どうか元のジミーへと、時間がかかっても良いから戻れるように
今私に出来ることは祈るしかない。
あの暗い瞳に輝きが、表情に笑顔が戻る事を願って。




