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第四章 03

 

「…………」

「…………」


 チッチッチ……


 お父さまと二人、時計の針の音だけが部屋に響く。


 沈黙が痛い。




 あの時、突然のお父さまの登場に驚く私にアレンはにっこりと笑ってベッドから腰を上げた。


「僕は一度失礼するよ」

「ま、待って!」


 先ほどまで掴まれていた手を掴み返して小声でアレンを引き留める。

 アレンは呆れた様に私の名前を呼んだ。


「……ルディ」

「アレンもいてちょうだい」


 アレンはお父さまと私を二人きりにさせるつもりのようだけれど、先日啖呵をきってしまった手前お父さまと何を話して良いのかわからなかった。

 しかもあれだけの事を言ったのに倒れて寝込むなんて口だけにも程があると自分で突っ込まずにはいられない程だ。


「ルディの事をとても心配して何度も様子を見に来ていらしたんだよ」

「えっ……」


「君は父上と2人でゆっくり話した方がいい、わかるね」

「…アレン」

「大丈夫だよ」


 ポンポンと私の手を軽く叩いてアレンは立ち上がり、お父さまに軽く会釈をしてから部屋を出て行った。


 そして今に至るのだけれど……。



「……」


 な、何を話したら良いのかしら お父さまはベッドサイドの椅子に静かに腰を下ろしたまま何処を見るでもなく無言を貫いている。

 ここは私が話を切り出すべきだろうか。


「あの、お父さま…」

「……体はどうだ?」


 言葉がにわかに被る。

 なんてタイミングの悪い……でもお互いの目が合って“ふっ”と小さく苦笑がもれた。

 少しだけ空気が緩んだ気がした。


「ありがとうございます。もう、大丈夫ですわ」

「……怪我もしたようだが」

「そちらも軽微なものですので」


「…………」

「…………」


「バザーでの事、申し訳ありませんでした」

「……なぜ謝る」

「弟たちを危険な目に合わせてしまいました」


 ライルの心を傷つけ、カイトに怪我を負わせ、アディリシアは怖い思いをして、ベルグラントを悲しませてしまった。

 他にも沢山の人達に迷惑をかけてしまった。

 楽しいバザーの一日になるはずだったのに。

 少しでもお母さまの代わりを務められたらと思っていたのに、思い通りにはいかないものだ。


「……誰もルディアを責めている者はいない。むしろシスター・ナディアとブローセン公爵婦人はお前を褒めていた」

「そんなこと…」

「それに…責められるべきは私だ……ルディ、今まですまなかった」


 お父さまがスッと居住まいを正し、頭を下げた。


「お、お父さまやめてください」


 突然の行動に慌てて頭を上げるように促すがお父さまは膝の上に乗せた手を握り拳にしてより深く頭を下げる。


「あの時のお前の怒りはもっともだった、情けない事に言われてやっと考えることが出来た」


 あの感情のままに言い放った言葉を、子供のような啖呵をお父さまは考えるきっかけにしてくれたと言うことが驚きと共に嬉しかった。


 言葉が、思いが届いたのだ。


 こっちを見てくれた。


「お父さま……」

「今までの事を謝りたい。言い訳にもならないがレティシアが亡くなった瞬間、頭が真っ白になってしまった」


 お父さまたちは当時は珍しかった恋愛結婚をなさるほど強い絆で結ばれていた。

 ずっと仲睦まじい姿を見ていたからこそ、その絆が断ち切られた喪失感は私でも想像出来る。


「レティシアが居なくなり生きている意味があるのかとすら考える日もあった。息をするのも苦しい程に。子供たちの姿にレティシアの面影を見るたびに深い悲しみが混み上げてより苦しくなった。悲しみに飲み込まれそうになるのが怖くてお前たちにまともに会うことすら避けてしまった。そして仕事に集中している時だけは忘れることが出来た。仕事をしていれば悲しみを忘れられる、仕事だけが生きる術の様に思えていた」


 お父様は前髪をかきあげて辛そうに顔を歪めた。

 そしてホロリと頬を伝う涙にハッとする。


 それほどまでにお父さまにとってお母さまは大きな存在だったのだと改めて思い知らされる。

 私は小さな人間だ。

 大事な人を失ったのは同じだから共に乗り越えて欲しいと思っていた、幼い弟たちのためにも。

 でもお父さまはお母さまの面影からすらも目を逸らしてしまわなければ生きていけない程に深い悲しみを負っていらしたのだ。

 だから自分を保つ為にも仕事に没頭し私たちを見ない様にした。

 以前の優しく頼もしかったお父さまの姿を失ってしまうくらいに…… 。


『お父さまは不器用な方だから』


 お母さまがいつも言っていらした通りだわ。

 ひた向きにお母さまを深く愛し過ぎて自分を見失うなんて。


「ルディに責められても仕方ない程に父親失格だ。……なぜ気付かなかったのか、悲しむよりも子供たちに残るレティシアの面影こそを愛せば良かったんだ」

「お父さま……」


 じっと顔を上げて私を見つめる瞳はお母さまが存命だった頃の力強さを備えていた。

 あの頃よりずっと痩せて面立ちは少し変わってしまったけれどその瞳の輝きは変わらない。


「今さら気付くなんて遅いのは分かっている、でも今からでもやり直させて欲しい。今回の事件で子供たちを失うかもしれなかったと聞いてやっと目が覚めたなんて呆れられても仕方ないが……」

「そんなこと……そんなことないです」


「子供たちを愛している」


 お父さまが後悔し立ち直ろうとして下さる思いが伝わって、じわりと目頭が熱くなり雫が頬を伝う。

 何か言いたいのにうまく言葉が出て来なかった。


「どうかしていた。どうして忘れしまっていたのかルディが生まれた時もライルやカイト、ベルグラントが生まれた時の感動も今ちゃんと思い出せるのに。アディリシアが生まれた時だってきっと幸せに育てると誓ったのに……アディリシアには特にすまないことをした。ひどい態度だったはずだ、レティシアにあまりにも似過ぎていてまともに見る事が出来なかった」


「お父さま、その分これからアディリシアに弟たちに愛情を注いでください」


 みんなずっとお父さまに振り向いて欲しがっていた。

 きっとお父さまを受け入れてくれるだろう。


「ルディには辛い思いをさせてしまったな。レティシアに向ける顔が無い、悲しみのあまり子供たちを放って仕事に逃げるなど許されない事だ」


 けれど……


「……お母さまは許しますわ」


「なに……」


「お父さまがきちんと前を見ることに気付いたなら。きっとお母さまは許します、“お父さまは不器用な方ね”と笑って」


「…………」


「だから私もお父さまを許します」


「ルディ」


「不器用なのはお父さまだけじゃなく私たち子供もですわ、これから不器用なみんなでお母さまの悲しみを乗り越えて行きましょう」


「そうだな、レティシアもきっとそれを望んでいる」


 憑き物が落ちたかのようにお父さまはやっと穏やかに笑った。

 久しぶりにみたお父さまの笑顔だった。


 きっとお母さまも笑ってくれているはずだ。



「お父さま、ひとつお願いがあります」


「ああ、なんでも聞こう」


「みんなでピクニックに行きましょう」



 まだ行けていなかったアディリシアの誕生祝いのピクニックへ。



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