第四章 02
「おねーさま」
テシテシ
「おねぇさま」
テシテシ
可愛い声と共に頬を撫でるように叩くのは小さな手?
「アディ!ダメだよ」
「やーん」
諌める弟の声に意識が覚醒していく。
ゆっくりと瞼を開ければ半泣きで私に手を伸ばす妹の顔が映った。
「……アディリシア?」
「おねーさまぁ!」
「ぐっ」
ライルに掴まれていた体を捻って思い切り私の胸にアディリシアがダイブする。
ギュッと抱きつかれたのはわかるが衝撃が強すぎた。
「アディ! 姉上が潰れてしまうよ」
「やー」
なんとかライルがアディリシアを引き剥がしてくれたが往生際悪く掛布団を掴んだ手を離さない。
めくりあがる布団を抑えようと手を動かそうとして片手が何かに抑えられている事に気付いた。
視線を向ければ私の手に2つの手を重ねてギュッと握り、つぶらな瞳に今にもこぼれそうな涙を浮かべたベルグラントがいた。
泣く寸前のその顔に少し驚く。
「ベ……ベル?」
「おねぇざまぁ……ぐすっぐすっ」
声をかけた瞬間にその涙のダムは決壊しボロボロと雫が溢れ出した。
ベルグラントの後ろにいたカイトが弟の肩に手を置いてキュッと唇を噛み締める。
「ベル泣くなよ……」
弟にかけるカイトの声もわずかに震えていた。
アディリシアを抱き上げるライルにも少し憔悴したような影が見える。
「ごめんなさい、皆に心配かけてしまったわね。もう大丈夫よ」
こちらに延ばされるアディリシアの幼い手を掴み、反対に握られていたベルの小さな手をそっと握り返した。
「大丈夫なんかじゃないです」
手を伸ばしていたアディリシアを自分の腕の中に抱き上げてライルは俯いて言った。
「ライル?」
「姉上は2日間も眠っていらしたんですよ、熱も高くて……辛そうで」
「……そうだったの、不安にさせてしまったわね」
ベッドに寝込むのはお母さまの事があった後だからさぞ不安だっただろう。
特にライルは責任感も強いから今回のバザーの事も気に病んでいるはずだ。
「姉上に……もしもの事が、あったらって……っ」
「ライル……」
「おにい、さま」
俯いたライルの顔を覗き込んだアディリシアが眉根を寄せてくしゃりと歪む。
思わず私はベッドから降りて2人を抱きしめた。
「姉さま!」
「お姉さま!」
カイトとベルグラントもギュッと私たちに抱きつく。
思わず涙が溢れて頬を流れ落ちた。
「みんな、ごめんなさい」
ライルは小さく首を左右に振ってくれたけれど、情けなくて悔しかった。
お母さまから託された弟妹たちをこんなにも悲しませてしまうなんて。
「もう……今回限りにしてください」
やっと顔を上げたライルが拗ねたように言った。
「ベルもアディも姉上から離れたがらなくて大変だったんですよ」
「今までこんなことなかったものね、もうこれきりにするわ」
「それに姉上、アレン様がずっと付き添って看病して下さっていたんですよ」
「アレンが?そういえばここはどこなの?」
見慣れぬ部屋は白く清潔感のある広い個室だった。
病院とも違う気がする。
「ここは王宮内にある静養邸だよ」
答えをくれたのは入り口の扉に手をかけたアレンだった。
水差しの乗ったお盆を抱えている。
「アレン」
「ア、アレン様!」
ライルは慌てて目元をこすると一歩私から離れた。
なんだかちょっと寂しい。
「邪魔してすまないけれどルディ。ベッドに戻って休まないとダメだよ。兄弟の絆を確かめるのも大事だけれどね」
「もう大丈夫よ」
そう答えつつも一先ずベッドに戻り布団をかぶる。
くしゃくしゃになったアディリシアとベルグラントの顔をライルとカイトでそれぞれ拭ってあげていてなんだか微笑ましい。
2人共涙を拭って貰ったあとは目が合うとにっこりと愛らしく笑った。
その瞬間、早くお屋敷に戻りたいと思った。
「残念だけど大丈夫かどうかは君が決めることじゃないんだ。はいお水」
アレンが水を手渡してくれてそれを一口飲むと気分が少し落ち着いて一息つくことが出来た。
思いのほか喉が渇いていたらしく二杯にもゆっくりと口を付けた。
頭が冴えてくると色々と気になる事が頭に浮かぶ。
あれからどうなったのだろうか。
尋ねてみようと顔を上げれば、それを見越したようにアレンが先に口を開いた。
「質問が沢山あると思うけれど、それより前に安心させてあげたい人がいるんだ」
「マリおば様ね、それともナターシャ様?ご迷惑をおかけしてしまったものね」
「……その2人も心配していたけれど違う」
「わかったわ、シスター・ナディアとノーラでしょう。お怪我は大丈夫だったのかしら」
「……うん、シスターたちの怪我は大したことなかったしちゃんと治療したから大丈夫だよ。とても君を心配していたけれど……彼女たちも違う」
「ああ、うっかりしていたわハンナたちね。レナたちもきっと責任を感じているわよね」
「ルディ……」
「……」
じっとアレンに見つめられ、静かに口を噤む。
呆れた様にため息を付いてアレンはライルたちに声をかけた。
「悪いけど少しルディと話しても良いかな、扉は開けたままで良いから」
「は、はい。行こうみんな」
何かを察してライルは弟妹たちを連れて部屋を出て行った。
アレンはベッドサイドに腰を降ろして私の手首を持ち上げると静かに脈を取った。
何故だろう沈黙が痛い。
「……うん、脈は大丈夫そうだね」
「ライルから聞いたわ、倒れてからずっとついてくれていたんですってね。ありがとう、お陰ですっかり元気になったわ」
にっこりと満面の笑みを浮かべた所にトンとおでこを軽くはじかれる。
じっとアレンはひどく真面目な顔をしてずいっと顔を近づけて言った。
「複数個所の打撲に右手首の捻挫だよ……それに君が倒れたのはあの出来事のせいだけじゃない。貧血気味で疲労が溜まっていたんだ、数日で元気になんてなれないよ」
少し怒ったような言葉に気圧されて思わず目を伏せてしまう。
「ぜ、全然気付かなかったわ……迷惑をかけてごめんなさい」
「僕こそ、ごめん。あの日、迎えに行った馬車で君の調子が悪そうな事に気付いていたのに…ダメだね、情けないや」
「そんなことないわ。ダメなのは私よ…弟たちに心配をかけてしまったわ、他にもきっと沢山の人に」
先ほど思い浮かんだマリおば様たちの顔が浮かぶ。
だがアレンはそれ以外にも心配してくれた人が居ると言うけれど
それはもしかして……という淡い期待と
まさかという思い。
アレンの手が逃がさないとばかりに熱く私の手を包み込む。
「……ねぇルディ、僕は君の心配なんてどれだけしたって苦じゃないよ。そんな僕と同じ様に君の事を思っている人が居るのはわかるね?」
それが誰を指すのかなんて……。
コツコツと足音が廊下から響く。
開いたままの扉の前に影が伸びて次第に人の姿があらわになる。
「……お父さま」
相変わらず表情の読めないお父さまが静かに入り口に佇んでいた。




