第四章 01
柔らかな風が髪を靡かせる。
澄みきった青い空。
ここは……
(ルディ)
懐かしい声に振り向けば赤ん坊を抱えたお母さまが大きな木の下に座って私に手を振っていた。
(おかあさま!)
嬉しくなった私は満面の笑みを浮かべて側に走って行くと赤ん坊を驚かせないように静かに隣に腰を下ろした。
(あーうー)
赤ん坊がこちらに手を伸ばすのでそっとその手に触れて見る。
(ちっちゃい)
(ふふっ、ルディがお姉さまだとわかるのね)
(ほんとう?ライル、わたしおねえさまよ)
(あー)
(ねぇおかあさま、ライルなんていったの?)
(よろしくって言ったのよ)
(!わたしもよろしくね、ライル)
これは昔の思い出だ。
弟のライルが生まれて戸惑う私にお母さまがピクニックに行こうと言ってみんなで出かけた日の事。
(ルディ、抱っこしてみる?)
(する!)
幼い子供が赤ん坊を上手に抱っこ出来るわけもなくお母さまと一緒にライルを抱きしめるような形だったけれどこの瞬間、私は弟という存在の愛しさと姉という責任感に目覚めたのだ。
(かわいい、わたしのおとうと)
それから2年後にカイトが生まれて更にその3年後ベルグラントが生まれた。
その都度赤ん坊を連れてピクニックに出掛けるのが恒例のようになっていた。
(かーさま!)
(ダメよカイト、お母さまは赤ちゃんを抱っこしているんだから)
(やだ!かーさまだっこ)
(カイト、お母さまとお姉さまをこまらせたらダメだ)
(うわーん……だっこぉ! ねーさまもにーさまもきらいだ! うぁぁぁん)
(ルディ、ベルをお願いして良いしら)
(ええ……でもお母さま)
(しっかり抱いていてね。さ、カイトいらっしゃい)
(うぅ……かーさまぁ)
(泣かないでカイト)
(……だってぇ)
(ねぇカイト、お姉さまの事好き?)
(……ぐすっ、すき)
(お兄さまの事も?)
(……すき……きらいっていってごめんなさい)
(大丈夫よ、ルディもライルもわかっているわ。……弟のベルグラント事は?)
(……わかんない。あかちゃんだし)
(そうよねぇ、まだわからないわよね。ルディもライルもカイトだって生まれた時は赤ちゃんだったのよ)
(ねーさまもにーさまも?ぼくも?)
(そう、あんなに小さな赤ちゃんだっだのに3人とも素敵に育ってくれてお母さまはとても嬉しいわ)
(…………)
(ベルもきっと素敵に育ってくれるわね。素敵なお姉さまとお兄さまたちがいるんだもの)
(ぼくもおにいさま……)
(そうよ、カイトお兄さまね)
そう呟いたカイトは抱きついていたお母さまから離れて隣に座り直した。
何か考え込むカイトに私は抱いていたベルグラントを見せて言った。
(ベルは頬を撫でられるのが好きみたいよ、撫でてみて)
恐る恐るカイトはベルの頬に手を伸ばしてそっと撫でた。
(きゃは)
(わっ)
ベルが嬉しそうに笑い声を上げて驚いたカイトは思わず手を引っ込めてしまっていた。
クスクスとその様子にお母さまが微笑む。
照れくさそうにしながらカイトも静かに笑った。
(……かわいい)
(でしょう?私はもうベルが大好きよ、カイトは?)
答えなんてその顔を見ればもう出ているようなものだった。
(すきです。ねーさま)
その言葉に私もお母さまもライルも暖かく微笑んだ。
家族が増えることは大好きな人が増えるという事を教えてくれて
赤ちゃんに対する戸惑いを無くしてくれる、そんなピクニックになっていた。
アディリシアが生まれた後はお母さまの体調が芳しくなくてピクニックには行けていなかったけれどベルグラントが赤ちゃんを……アディリシアを受け入れたのは側にライルやカイトがついていてくれたからかもしれない。
ザァと強い風が吹く。
思わず目を閉じて開けば
白亜の世界
(ルディ)
(お母さま)
お母さまが微笑みを浮かべて佇んでいる。
(お母さまの願い通りみんな素敵に育っているわ)
(あなたのおかげねルディ)
(いいえ、弟妹たちを私は悲しませてしまった)
(今回の事は不可抗力よ)
(私がもっと上手く立ち回れたら……)
(あなたは出来る事をやったわ)
(いいえ、いいえ)
これは私が許されたくて見る夢だろうか
弟妹たちを守れなかった事を……至らない自分を
(ルディア、自分を追い詰めてはダメよ)
(お母さま……)
(あなたのことを責める人なんていないわ。弟たちも周りの人たちだってそう)
(それに……お父さまは許さないかもしれないわ)
(ルディ、お父さまそんな方ではないわ。きちんとお話をすれば……)
(話そうとしても取り合ってくれないもの、無理だわ)
(お父さまは不器用な方なのよ、あなたたちの事を心配しているはずよ)
(心配して下さるなら、もっと声をかけて欲しかった)
(そうね)
(どうして……もっともっと私たちのこと)
(気にかけてないわけじゃないわ)
(そんなのわからないもの)
(困ったお父さまだけど、どうか支えてあげて)
(出来ないわ)
(出来るわ、ルディなら)
(でも私、お母さまのようには……出来ないもの)
(あなたはあなたでいいのよ)
(わからないわ……お母さま、どうして死んでしまったの)
(……)
(どうして側にいてくれないの)
(……ごめんなさい。あなたたちを残していくなんて……でもずっと見守っているわ、ずっとずっと)
ぼんやりとお母さま姿がおぼろげに変わっていく、まるで形を保てないかの様に。
(お母さま……待って)
もっともっと話をさせて
(大好きよルディ。どうか忘れないで、いつだって心豊かに……周りの想いに気付けるように)
溶けるようにお母さまの姿と声が消えていった。
「ルディ」
「……っ」
眩しい光に目がくらむ。
滲む世界に瞬きをすれば心配そうに覗き込むアレンの顔が見えた。
「ア……レン」
「気が付いて良かった」
見知らぬ天井に寝ているのは白いベッド。
アレンは私の枕元に突っ伏して思い切り息を吐いてからまた顔を上げた。
「どこか痛い?」
そう言って手を伸ばし、私の頬を拭う。
濡れた指先に眠りながら泣いていたのかと気付き、ぼんやりとしたまま思ったことを呟く。
「お母さまの、夢を見たわ」
「……そう」
「聞いて、くれる?」
「もちろん」
不思議と暖かいアレンの声にまた意識がふわりと揺らぐ。
夢うつつに語る言葉はもしかしたら意味をなしていないかもしれない。
それでも一通り聞き終わったアレンは瞼の閉じる私に「起きたらまた聞かせて」と言って優しく頭を撫でてくれた。
それをひどく心地良く感じて今度は夢も見ずに眠りに落ちた。




