第三章 12
「そろそろ交代して貰っても良いかしら」
凛とした声がかかり顔を上げれば、待ちきれないとばかりにマリおば様がナターシャ様の背後に腰に手を当てて立っていた。
なんだかちょっと珍しく拗ねたような顔だった。
「もう、マリーアンったら」
「私だって二人を抱きしめたいのに我慢してるのよナターシャ」
「そうよね、ごめんなさい」
振り向いて苦笑を浮かべながらもナターシャ様は私たちから手を離して立ち上がった。
その次の瞬間、ガバリとマリおば様が覆いかぶさって来た。
「もうもう! ビックリしたのよ、あなたたちが襲われてるんだもの!」
「おば様……」
ボロボロと泣きながらマリおば様は私たちを強く抱きしめた。
いつも気丈で凛々しいマリおば様が涙を流すなんて。
それだけ心配させてしまったのかと思うと痛いほど抱きしめる力に深い愛情を感じて私の目頭も熱くなり、いつの間にか涙が頬を流れていた。
「寿命が縮んだわ」
「ごめんなさい、マリおば様」
私たちはしばらく涙の流れるまま抱きしめ合っていた。
「姉上!」
呼び声に振り返ると叫びながら息を切らせてライルがこちらへと走って来る。
背後に男装の麗人がいる事からマリおば様の部下の方が知らせてくれたのだろう。
「ライル!」
「姉上、申し訳ありません!」
ライルは私たちの側に勢い良く膝を着いた。
「ああ、姉上もカイトも怪我を……アディリシアは? アディリシアは何処に、無事ですか?」
気が動転しているのかいつもの冷静さを失い、顔を青くして動揺している。
私はマリおば様の腕の中からそっと抜け出してライルの手を握った。
「落ち着いて、ライル」
「姉上……」
「私もカイトもアディリシアも大丈夫よ」
「アディリシア様はこちらに」
エマ様が側へ来て抱きかかえていたアディリシアをライルへと手渡してくれた。
アディリシアは気を失っているようだけれどその表情は穏やかでホッと息をつく。
「アディ……ごめん、わたしのせいだ……ごめん」
「ライル……」
ライルはアディリシアを抱きしめたまま俯いて何度も謝罪の言葉を繰り返していた。
私はライルをアディリシアごと抱きしめた。
「奥様」
エマ様が手を差し出して立ち上がる様に促すとマリおば様は名残惜しそうに抱きしめていたカイトを離してその手を取り、立ち上がった。
「エマ、怪我は無い?」
「はい、大事ありません」
マリおば様に答えた後、エマ様がこちらに振り返り深く頭を下げた。
「エマ様?」
「遅くなって申し訳ございません。ルディ様」
「そんな、とんでもないです。助けに来て下さってありがとうございました」
「礼には及びません。あの様な、ならず者達の侵入をこの敷地内に許してしまった騎士団の責任です。皆様にお怪我をさせてしまうなどあってはならない事」
「騎士団の方のせいではありませんわ、頭を上げてください」
「いえ、こちらの落ち度です」
エマ様は厳しい顔つきのまま頭を下げ続ける。
「それより……どうしてこちらの事に気づいてくださったのですか?」
何私は話題を変えるために疑問に思っていた事を尋ねる事にした。
「それはコレのおかげだよ」
答えてくれたのはアレンだった。
先ほど気付いた空高く伸びる木のように絡まった青々しい蔦をポンポンと軽く叩く。
「これは狼煙蔦と言って……」
「さっき教会の中にいた時にルディに外へと飛ばして貰った実があったでしょう?」
「母上」
アレンの言葉を遮ってナターシャ様が説明してくれるようだ。
少し前の室内でのやり取りを思い浮かべる。
「あの緑色の種の様な実ですね」
「そう、強く握ることで活性化して空高く伸びる植物なんだけど土の上でないと育たないからあなたに飛ばして貰った訳なの」
「そんな植物が……あるんですね」
「ルディ、この植物は自然界に存在しないよ」
そんな不思議な植物があるのかと驚いているとアレンが苦笑交じりに無いと教えてくれた。
ではこれはなんなのだろうか。
「これは父上が母上の護身用の為に開発した植物なんだ」
「ブローセン公爵、セドリックおじ様が?」
「うふふ、そうなの」
気まずそうに話すアレンとは対照的に嬉しそう笑うナターシャ様。
代々ブローセン家は薬術師の家系ではあるけどもアレンのお父さまであるセドリックおじ様は稀代の天才と言われ宮廷薬術師の中でも筆頭薬術師に座している。
こんな植物を作ってしまうなんてなんてすごい方だろう。
そして愛妻家としても社交界で有名だった。
「父上が母上に何かあった時に助けを求める為に作ったんだ。狼煙の様に空高く育つから何処からでも目に付く、そしてこの蔦を目指せば母上に辿り着ける」
「……ナターシャ様が逃げられる方法ではないとおっしゃっていたのはそう言う事だったのですね」
「この実を使って助けが来ないことなど無かったわ、でもあの時は詳しく説明する間もなくてルディを不安にさせてしまったわね」
「いいえ、ナターシャ様が来てくださってとても心強かったです」
必ず助けが来ると信じていたのだ。
だからこそ毅然とした姿でいられたのだろう。
「この蔦の事をマリおば様もご存知だったのですね」
だから駆け付けて来て下さった。
きっとお帰りになる途中だっただろうに。
「ナターシャとはそれなりに長い付き合いなの。久しぶりにこの蔦を見て驚いたわ」
「マリーアンったらバザーに来てくれたなら顔を出してくれたら良かったのに」
「ちょっと覗きに来ただけだったのよ」
ナターシャ様の言葉にプイっと顔を背けるマリおば様。
目が合うと余計なことを言うなとばかりに軽く睨まれる。
きっと孤児院の子供たちのお店で買い物をしたことを内緒にしたいのだろう。
「ふふっ」
なんだか思わず笑みがこぼれた。
「おい、お前も抱きしめに行って来いよアレン」
「う、うるさいな黙ってろ」
「じゃぁ俺行ってこようかな」
「待て、何でお前が行くんだ」
何やらごちゃごちゃと2人で話しているアレンとオズワルド。
2人のところへと寄って改めてお礼を述べた。
「2人とも、助けてくれてありがとう」
「お礼なんて、当然の事をしただけだよ」
「まぁ気にすんなって、無事で良かった。それにしてもアレンの母君のお知り合いのご婦人は何者なんだ? お忍びっぽい格好だけど偉い人なんだろう? お前らはおば様とか呼んでだけど」
オズワルドが観察するようにマリおば様と側に控えるエマ様、黒服の麗人方を見る。
騎士団たちは既に男たちを連れ去ったようだ。
「……オズ、さっき母上が何回かあの方の名前を呼んだのを聞いていたか?」
「ああ、確かマリ……マリー……ア……え?その名前って」
気付いたのかオズワルドは目を見開いて私たちを見た。
私たちは静かに頷く。
あのお方はマリーアン王妃殿下であると。
「……まさか」
オズワルドは相当驚いたらしく絶句していた。
あまり人前に出ないはずの人がいるのだから当然だろう。
すると遠くから馬の駆けて来る足音が響いてきた。
バザーの中を駆け抜けて来たのか土埃の中に何事かと人が集まってきているのが見えた。
「みんな無事か!」
走ってきたのは宮廷薬術師の衣装をまとい優し気な顔に焦りを見せる男性。
久しぶりにお会いするアレンのお父さまのセドリック・ブローセン公爵だった。
「あなた、みんなが助けに来てくれたから無事よ」
ナターシャ様が緩やかに手を振って応える。
アレンは登場の仕方に呆れたのか手で額を抑えていた。
「あなたったら仕事中に抜けていらっしゃったの?」
「当たり前だろう! ああ、無事で良かった」
馬から降りてナターシャ様をギュッと抱きしめるセドリックおじ様。
そしてアレンの姿に気づくと今度はアレンに駆け寄って抱きしめた。
「アレンも無事かい」
「無事ですよ……それより離してください」
「つれないじゃないか息子よ」
ぐいぐいと父親を引き剥がすアレン。
そんなところは相変わらずだなと暖かく見守った。
「あなた、怪我をしている人がいるのよ。手当をしてちょうだい」
ナターシャ様が声をかけるとセドリックおじ様はハッと我に返った。
そして私と目が合うとガシッと肩を掴まれた。
「ルディじゃないか!久しぶりだというのに……なんていうことだ怪我をしているのかい? 見せてみなさい」
「セドリックおじ様、ご無沙汰しております。あの、弟と妹の怪我を見ていただけますか? あとシスター・ナディアとノーラの様子もお願いします。私は後で構いませんので」
「そんなに怪我人がいるのか」
セドリックおじ様が驚くとマリおば様がパンパンと手を叩いた。
「みんな王宮の医務室へ運びましょう、セドリックそこで治療を。エマ手配をして」
「はい畏まりました」
マリおば様が指揮を執り、怪我人は馬車で王宮の医務室へと向かうことになった。
「こんな小さな子供たちに怪我をさせるなんて」
馬車が来るまでにセドリックおじ様は事の顛末を聞きながら怪我人の応急処置をしてくださり手当を受けて私はやっと腕の痛みに気付く。
一先ず固定するようにと包帯を巻かれて弟たちが心配そうにするので大丈夫と笑って見せた。
そして馬車が来るとナターシャ様はバザーを取りまとめる為にお疲れだというのに気丈に笑ってこの場に残ると言って下さった。
きっとバザー会場は大騒ぎになっているだろう。
私も手伝おうと思ったけれど王宮へ向かう馬車に押し込められてしまう。
アレンは一緒に来たがっていたけれどオズワルドと一緒にナターシャ様のお手伝いする為に残り、マリおば様たちも馬車へと乗り込む。
私は張り詰めていた気が緩んだのか移動する馬車の中でいつの間にか意識を失っていた。




