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第三話「新緑の中の会話」

 

 僕は石峰さんに駆け寄るようにして近づいた。その間、彼女は驚いた様子もなく、ただ黙って僕の瞳の奥をジッと見つめていた。


 色白の肌に、木の葉の影が映る。僕は何か話しかけなくてはいけないと思った。それで当たり障りの無い会話を続けなくてはいけないと直感した。けれども言葉が見つからなかった。


 彼女はしばらく僕の瞳を見つめていたが、その小さな口から「あれ?倫くん?」と声を掛けてくれた。僕は倫太郎りんたろうという名前だったから、一言目で「倫くん」と呼ばれたことに驚き、喜んだ。


「実は、みんなとはぐれたんだ。君は、ここで何をしていたの?」

 と僕は彼女に問いかけた。この状況に対して、あまりに混乱していたから少しぎこちなかったかもしれない。現に今、口の中はカラカラだったし、心臓の鼓動は大きく脈打っていた。


 恋愛感情に近かったのだが、そう単純なものでもない。同時に僕は、この状況に軽く恐怖していた。このよく分からない土地の、よく分からない公園で、僕らがタッタ二人きりになるというのは、逆に言えば逃げ場がなくなるということにも等しい。


 秋風が、金木犀の花の香りを運んできてそのまま僕ら二人の髪の毛をふわりとゆらした。陽はもうすぐ落ちる。光が失われれば、辺りに包むのは闇だけだ。


「……実はね」

 と、深刻そうな表情で石峰さんは言ったので、僕は唾を飲み込んだ。

「私も迷子なの」


 彼女は、そう言って微笑んだ。僕の気が少し緩んだ。あ、ちょっと可愛いな。と思った。


 でも、それでも彼女は僕にとって異形の存在だった。僕は石峰さんの隣のブランコに乗った。


 彼女の横顔を見る。見た目は普通の女の子だ。でも、不思議だ。


 たとえば、死が近づいてこそ生命を強く感じるように。

 体調を崩して、健康を意識するように。


 異形に近づいてこそ本来の在り方を意識できるのだ、と思った。


 しばらくこの状況は続くだろう。公園で、僕らはたった二人きり。もし石峰さんが恋愛対象に入るのだとしたら、僕は間違いなく彼女にアプローチしているところだろう。



 しかし、現状は違った。僕は熊にでも遭遇したかのような絶大な緊張感をおぼえていた。


 彼女との沈黙が続く度にその緊張感は高まっていって、これはもう、直接彼女に聞いてみるしかないという思考に到達した。



 君の、その異形の秘密はなんなの?と。


 でも僕の口の中は渇いてしゃべれない。


 それでどうしても耐えられなくなって、僕はこの多大なる緊張感を楽しむ事にした。僕は、石峰さんにアプローチしたいんだよ。と。


 たまらず僕は話し掛けた。


「ねえ」

「ん?なあに」


「もし、気分を悪くしたら申し訳ないんだけど、怒らない?」

 僕がそう言うと、彼女は不思議そうに首をかしげた。


 人の目をジッと見つめるのは石峰さんのクセのようなものなのかもしれない。夕陽を受けてなお、彼女の瞳は深かった。


「言っていい?」

 僕は言う。もう後戻りはできないと確信した。


「…………どうぞ」


 僕は深呼吸して話を始めた。


「石峰さん…………君はほんとうに、この世界の人間なの?僕は君を初めて見たときから、違和感を覚えいたんだ。こう、失礼な言い方になるかもしれないんだけど、たとえば空にクジラがいるような…………砂漠に、シロクマがいるような、そういう似つかわしくない感覚が君にはあるんだ」



 僕は、語ってしまった。語り終えてから、ほぼ初めて話をする女子に対して、なんて事を言ってしまったんだろうという後悔に襲われた。


 単なる気のせいの可能性もあるのに、面と向かっておかしな事を言ってしまった。と思った。


 彼女は、

「そうかしら」

 とキョトンとした様子でまた首を傾げた。


 首を傾げながら、瞳を覗き込むのが、彼女のクセなのかもしれない。


「ごめん、変なこと言った」

 僕が深刻な表情で謝ると、彼女は



「あるよね……そういうの」

 と言う。


 なんだか、彼女の声は透き通るようだけどハスキーで、しっかりとしているようでいて、涙声のように微かに震えていた。


「そう見える?」

 と、彼女は言う。

 僕の言葉で気分を害した様子は無いようだった。




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