第十話「異変」
それは、一瞬の出来事だった。彼女の部屋の白い壁の辺りから、女性のうめき声が聞こえてきたのだ。あるいは喘ぎ声に近かったかもしれない。
僕は驚き、その声のする壁へと視線を向けた。
壁が人の形に盛り上がっている。
その形はゼラチンのように流動的で、しかし女性的な美しさも持ち合わせて、蠢いている。
「…………あ、あの、これって」
僕は言葉を失った。
「そんなに驚かないで。これ、私のお友達なの」
彼女は、微かに頬を赤くしている。また、そう話しかけてくる瞳は若干、上目遣いで僕のことを見ている。
脈拍が上昇した。視線を戻すと、その壁からの人間は、より一層、人間的な、あるいは女性的な丸みを帯びた体つきになっている。
壁から這い出そうとし、体をうねらせる様はエロチックだとも思った。
「ペルナー」
彼女は言った。
「この子の名前だよ」
石峰さんのウットリとした表情。
石峰さんの少し興奮ぎみな表情。
それが僕の胸に突き刺さり、かき乱した。
そのうち「あぁっ。ううううぅぅ」という、よりハッキリとした喘ぎ声に変わった、その壁の女性は、僕のすぐ目の前にまで差し迫った。
もう手を伸ばせば、その壁の女に手が届きそうだ。と思った。その時だった。
石峰さんはその壁の女に抱きついた。
「待ってたよ」
と儚く言った。
そうして、その小さな唇をいっぱいに開いて、壁の女の首筋に噛みついた。
パチンッ!!
という鋭い音を立てて、壁の女にベールのように被さっていた白く薄い膜が、はじけた。
中から真っ白い、裸の女が現れた。
僕は愕然として、すくんでしまった。
「ねえ、倫くん…………この子は人じゃないのよ。倫くんは、私を見て、本当に普通の人間なのって、この前聞いてきたでしょ? でもね。本当に人間じゃないのは。ペルナーのほうなの。だからね、だから、女の子の裸を見ちゃったって、罪悪感に思う必要はないのよ」
声を発することはできなかった。この異常な事態に、足は震えて、口の中が乾いて、うまく状況を飲み込めなかった。




