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「私のための、って……仮初の聖域って、一体どういう意味ですか?」
やはり、彼はここが何だか知っていたということだろうか。ここが何かを知っていたならば、何故知っている人間がいるにもかかわらず調査依頼など出ていたのか?
「今お話するのが一番ですが……」
と、ナイルは後ろをちらと振り返った。セムたちほどの勢いがないにしろ、それなりの速さでアルシュたちが近付いてくるのが見えた。
「彼らの居る前で話すのは問題があります。気になることが多々あるとは思いますが、後ほど、詳しくお話し致しますのでどうか暫くお待ちください。」
そう言われては強く出るわけにも行かなかった。彼にも、何か話せない訳があるのだろう。諦めきれない気持ちを宥めつつ、皆が少しでも早くやってくるよう手を振った。
そんな訳で、今私は知りたいと言う欲求を抑えている真っ最中だ。内心にじりじりとした焦りを抱えつつも、依頼を果たすべく精霊を問いただそうとしているアルシュとゲルドの通訳をしている。隣では、タウィーザが精霊と戯れ、セムは未だ目が覚めない――どうやらナイルは彼を眠らせたらしい。どうやってかは知らないが。そのことについてアルシュたちは何も言わなかった。
イドゥンさんとフィズさんは次こそは何があっても大丈夫なようにと、すぐ後ろに控えていてくれる。まあ、精霊たちも悪気があったわけではないようだから、早々何かが起きるとは思えないのだが。ナイルも今は何も話すつもりはないのだろう、ただ精霊たちの言葉を聴いている。
アルシュとゲルドも精霊と交流できるにもかかわらず、私が何故精霊たちの通訳をしているかといえば、ここの精霊たちは極度の人間嫌いで、私の言葉以外はまるで聞いてはくれなかったからだ。便利なのか不便なのか、精霊の言葉は、精霊が望んだ相手にしか通じないようにできるらしい。しかも、授業で聞いていた限りではどんな精霊とも実体のあるヒトと同じようにコミュニケーションとれるように思っていたが、実はそんなことはないという。基本的には「何となく何を言っているのか分かる」といったレベルでしかないらしく、例外的に精霊への交流適正が高い場合と、精霊がそれを望んだ場合に限り、そうでもないようだ。どうやら、この場では私とナイルにのみ分かるように話をしているようだ。時折、何人(匹?)かの精霊がナイルの方を向いたり、瞬いたりしているから、声に出さない言葉で何か話をしているのかもしれなかった。
精霊と言うのは、一概に“こういう姿である”というものではないらしい。見る者、聞く者によって精霊の姿や声は変化する。同じ精霊を見ても、違う姿形に見えていることは普通にあることのようだ。私にはビー玉からピンポン玉サイズの、カラフルな光球に見え、男とも女ともつかない中性的な声に聞こえるが、他のヒトには違った姿で見えているらしい。
また、可視・不可視、可聴・不可聴は精霊自身の意思に最も左右されるが、見る側の才能によっても若干異なるらしい。つまり、精霊が自分の姿を見せようと思っていても、見ることが出来ない者もいれば、これは数が少ないが、隠れている精霊の姿すら見通す者もいる、と言う事だ。
見える見えないも技能として磨くことは出来るが、その一方で何らかの切欠によって、或いは何の兆候もなく突如として、精霊を見る力を失う者も居る。その原因はいまだ解明されておらず、精霊と明確な交流を行えるヒトの数は極わずかに留まっている。その数少ない者たちを精霊話者と呼ぶ。彼らは声すら介さず、直接精霊と意思の疎通を図れるのだと言う。
横目で見ているだけだけれど、ナイルはどうやらその精霊話者の一人であるらしかった。精霊たちの姿を見ることが出来るようになって、明確に意思疎通を行えるとはいっても、私はつい先刻、出来るようになったばかりだ。彼が精霊たちと何を話しているのかなんて分かるはずもなく、そもそも聖徳太子でもあるまいにアルシュとゲルドの話を精霊に伝えながら、精霊たちのおしゃべりの中からその答えを見つけ出すだけでも私のキャパはオーバー寸前だ。
「……すみません、そろそろお腹空いたんですが。」
ついにそんな言葉が口をついて出たのは、一体どれくらい経過した頃だっただろうか。
「すまん、それほどに時間がたっていたか?」
アルシュは時間のことなど今気がついたとでもいうように(恐らく実際に全く意識なんてしていなかったのだろう)驚きの声を上げる。昼前に来て、太陽が天頂を過ぎたのが大分前なのだから、お腹を空かすには十分すぎる時間だ。一日きっちり3食派の私にとってはもう我慢も限界に近い。というか、食事はまだしも、飲み物さえ飲む暇を与えてくれないのはどうなんだ。
そうまでしても収穫は僅かだったとなれば、流石に気力も費える。なかなかこちらの意図が伝わらなかったということもあるけれど、聞いて分かったことを要約すれば、たったこれだけだ。
Q1.何故ここに精霊が大量発生するのか。
A1.居心地がいいから
Q2.何故居心地がいいのか
A2.力に満ちているから
Q3.何故力に満ちているのか。
A3.アトルディアがそうしたから。
Q4.アトルディアは何故そうしたのか知っているか?
A4.知らない。
Q5.誰なら知っている?
A5.アトルディアに聞いて。
好き勝手に話したり、関係のないことを言ってみたり、思わせぶりなことを言ってみたり、そういう精霊の言葉の中から質問に対しての答えを見つけ出すのは至難の業だった。なんというか、何十人もの小学生達が好き勝手話している中から、必要とする情報を探し出す、そんな気分だ。この疲労感の大部分を占めるのは気疲れであろうという確信がある。十人が一斉に話す内容をしっかり把握していたという聖徳太子のその能力が本気で羨ましいし妬ましい。私もそんな耳と脳が欲しかった……。
「本当に、もう兎に角、お腹空きました……。」
精霊と会話だなんて慣れないことをした為か、とても疲れた。よくよく思い返してみれば、そもそもアルシュやタウィーザと会ったのだって昨日が初めてだったのだ。ゲルドにしたところで、顔見知りでは会ったもののまともに話をしたのは昨日が初で。そう考えれば、地球にいた頃から人見知りしがちだった私にしてみればよく頑張ったほうではなかろうか。まあ、この世界の人たちがより人好きのする人たちだというのもあるのだろうけれど。兎に角、お腹は空いたし疲れたしで、外でさえなければ今すぐにでも横になってしまいたい気分だ。
いい気なもので、蛇もどきの精霊はヒトの頭の上にとぐろを巻いている。若干縮んだような気がするのは、果たして疲れによる気のせいか。果たして眠っているのか、いないのか、それは分からないがじっと動かない。疲れているのはいくら重さをさほど感じないとはい、こんなものが頭上にいるからかもしれない。
「それじゃ、そろそろギルドに戻るか。あの辺りなら今の時間でも空いてる店多いしね。」
ゲルドが伸びをしながら言う。回した肩がバキバキと鳴っていた。やっぱりずっと座りっぱなしでは肩も凝るよね、そう思った矢先に――。
「そうだな、どうやらこれ以上話をしたところで詳細は分かりようもないようだ。」
結構な長時間座っていたはずなのに、アルシュがなんということはなさそうにすっくと立ち上がる。私でさえ、さっきからあちこちギシギシ言っているというのに、なんて羨ましい……。そんなこと思いながらも、いつまでも座ってはいられないので、彼らに遅れじと立ち上がる。と、同時に思いっきり腕を伸ばしたら、ゲルドほどではないにしろ、あちこちからミシッやらパキッと音がした。肉体年齢的には私が一番若いはずなんだけどな……。
そういえば、セムはどうしたのだろうかと思えば、ナイルが起こしているところだった。どうやら、今の今まであのまま(?)寝ていたらしい。非常に疲れた顔をしているように見えるのだけれど、ただ眠らされていた、というわけではないのだろうか。気になって二人を見ていたら、ナイルが私の方へと近付いてきた。
「では、私は先に神殿に戻りますが、貴方はどうしますか?」
「多分、これからギルドに報告にいくと思うので、みんなと一緒にそちらに行くことにします。」
「分かりました。それでは、また後で。」
「はい。……あ、ナイル!」
先に帰途へと着こうとしたナイルに、言うべきことを言い忘れていたことを思い出し引き止める。
「ごめんなさい。えっと、私を心配して、来てくれたんですよね?心配かけてしまって、ごめんなさい。それから、ありがとうございました。」
そう言って下げた頭を上げると、ナイルが私に目線を合わせるようにしゃがんでいた。真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「今は詳しいことは話せませんが、貴方がここに来れば何かあるだろうとは思っていました。ですから、私に謝る必要はありません。でも、そうですね。エメラの小言は覚悟しておいた方が良いかもしれませんね。貴方が私が来るまで門のそばで待っていてくださったなら、弁護の余地もあったのですが。」
最後の方でにやりと笑ってはいたけれど、危険の有無の確認も出来ていないのに私が勝手に行動したことに対して、やっぱり何か思うところがあったのだろう。去り行く彼の背を見ながら、神殿に帰ってからを思うと少しだけ憂鬱になった。溜息をつきたい衝動を抑えつつ、疲れた顔をしたセムの元へと向かった。
「……セム、大丈夫?」
「……。」
「セム?」
「――済みません、ルディア。」
「どうして、セムが謝るの?」
調子は大丈夫かと聞いたのにその返事は得られず、思っても見なかった謝罪が返ってきた。
「結果的に無事であったから良かったものの、貴方を危険な目に合わせた。」
「そのことについては、私も謝罪しよう。今まで何も起きなかったからといって、今回も何も起きないと決まっているわけではないということを失念していた。すまなかった、アトルディア。」
「僕も謝るよ。ごめん、ルディア。」
いつの間にか傍にいたアルシュとゲルドもまた頭を下げた。
「別に、危険なんてなかったよ?皆に、謝られる謂れは……。」
「それは結果論に過ぎない。」
事実、危ないことなど何もなかっただけにそう言ってみたのだが、即座にアルシュに断じられた。
「これは、ギルドに所属する先達としての謝罪だ。どのような場所であろうとも、必ずすべきである安全の確認を怠ったことに対する、な。私たちは、共に依頼に当たる際、後進の育成も視野に入れて行動しなければならない。だが、街の中だから、この百年安全だったから、と警戒を怠り、気を緩めていた。その結果が今回の事態に繋がったのは確かな事だ。本当に、済まなかった。」
「言いたいことはアルシュに全部言われてしまいましたが……。本当にすみませんでした。謝罪を、受け入れていただけますか?ルディア。」
自分よりも、はるかに背の高い男三人に頭を下げられてるとはいえ囲まれるのはあまり気分のいいものではない。でもって、情けない話だが、彼らに謝られると、私も謝らなくてはいけないことがあるのだ。
「分かりました、皆の謝罪を受け入れます。それから、私のほうこそ済みませんでした。一番謝らなくてはならないのは、勝手な行動をとった私です。本当にごめんなさい。」
声が聞こえなくたって、彼らが私を引き止めていたことは分かっていたのだ。それを無視して奥まで進んだのはどう考えたって私が悪い。下げた頭に、ぽんぽん、と軽い重さを感じて、許してもらえたのだと分かる。頭を起こして見上げれば、苦笑する彼らの姿。
「今後は指示に従ってくれよ。」
「はい!」
「なら、今回のことは、これで終いだ。」
そう笑うアルシュに、私も笑いたかったが、私にはまだ謝らなければならない人が残っていた。後ろを振り返り、彼らの顔を見ないままに頭を下げた。
「イドゥンさんも、フィズさんも勝手なことして、心配かけてごめんなさい。」
多分、今回迷惑をかけた一番の相手はこの二人だ。こういう件も含めて、何があるか分からないから付いていてくれる人たちなのに。彼らの言葉を聴かず、私は動いたのだ。そう自覚すると頭を上げられない。頭を下げたままでいたら、いつもより近い位置から声が聞こえた。
「謝罪すべきは我々の方です。どのような理由があろうとも、貴方から離れるべきではなかった。申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありません、マレビト様。」
頭を上げれば、二人が跪いている姿が目に入った。
「あ、頭を上げてください!! 二人とも! 一番悪いのは私なんです、そんなことしないで下さい。」
彼らにまで謝られては困ってしまう。ただ頭を下げるだけでなく跪くとか、土下座でもすれば良いのか!? 本気でその考えを実行すべきか悩み始める前に二人が顔を上げてくれた。ホッとしたのも束の間、イドゥンさんが問題発言を投下してくれた。
「今回の件を鑑みた結果、お傍を離れるべきではないと痛感いたしました。今後は影からではなく常日頃からお傍に控えさせていただきます。」
「――え?」
訳が分からず、フィズさんのほうへと目を向ければ――。
「既に上級神官殿の許可は得ておりますので。」
二人ともよく似た表情で微笑まれた。学校行くときも、この人たち付いてくるの――? 思わず脱力仕掛けたところに、タウィーザの発言を受けて、完全に気が抜けた。
「そういえば、お腹空いたの大丈夫――?」
忘れていたのを急に思い出すのって、かなりクるんだね……。
一大謝罪大会が終わった後、脱力した私はフィズさんに抱えられてギルドへと辿りついた。報告もそこそこに、そのまま皆で食事に繰り出したのは言うまでもない。




