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「と言うわけで、明日は帰りが遅くなります。問題ないですよね?」
ナイルに授業時間の変更についての話をしにいこうかと思ったら、今夜は一緒に食事が出来るということで、夕飯を食べながら話をしているところだ。
「出来れば夜の外出は控えていただきたいのですが……。まあ、仕方が無いでしょうね。」
渋々、と言った感じを十全に発しながらもナイルは了承してくれた。
「ありがとうございます。でも、何でそんなに夜は駄目なんですか?」
特にこの街の治安が悪いという話は聞かないし、何より様々な学校が密集している所謂学校区とも呼ばれる地域から町の中心である神殿までならばそう危険は無いと思うのだ。これが夜は飲み屋街と成り果てるギルド周辺だと言うのならばまだ話は分かるのだが。第一、夜といってもまだ夕方の範囲である。夕日がかろうじて地表に顔を残している、この世界特有の夜しか現れない月と星は未だ姿を見せぬ時間だ。日本で言うならば所謂黄昏時の少し前くらいに当たるだろうか。夜の外出は極力避けるべきだと言う考えは、日本育ちの私にとってはなかなか理解しがたいものがある。
思い返せば友人の中にも夜中の散歩を好んでするものがいた。尤も、彼女は危険だから辞めろ、と私以外の友人からよく叱られていたようだ。言わなければバレないものを、と私は内心思っていたのだが。
私が彼女を叱ることが無かったのは、ひとえに私もかつて覚えがあっただけの話である。それも高校に上がる頃にはやめてしまっていたが、夜遊びと言うではなく――そもそも遊ぶような場所は無い田舎だ――、ただ漫然と夜道を歩くのが好きだった頃があった。田舎育ちゆえの危機感の無さなのかもしれないが、あまり夜道を危ないと思ったことは無い。
「治安の問題ではありません。ただ、夜の方が拐しやすいのは事実ですし、それは裏を返せば護衛がしにくくなると言うことと同義です。何より、魔法学校の近くというのがいただけない。貴方は魔法士の卵たちからしてみれば垂涎モノの魔力の塊だと言うことを忘れないでくださいね。」
「そうは言われても、実感がなかなか伴わくて。」
「実感は無くても自覚だけはしてください……。」
空笑いと共に本音を告げてみれば、溜息をつくようにナイルが溢した。脱力から回復すると、彼は話を続けた。
「それから、先ほど言ったように護衛がし辛くなるのは事実ですから、直接迎えに行かせます。イドゥンとフィズは分かりますね? 二人、或いはどちらか一人が必ず学校まで迎えに行きます。決して一人で帰っては駄目ですよ。」
「分かりました。えーと、イドゥンさんは赤毛のツンツン頭の人で。フィズさんはくすんだ銀髪、と言うか灰色ですかね、あれは? あの灰色の長髪の人ですよね。はい、大丈夫です、覚えています。」
フィズさんはともかく、イドゥンさんみたいな長身であんな燃えるような赤毛の短髪のツンツン頭なんていう目立ちそうな人がよくこっそり護衛なんて出来るよなぁ、と思ったのだ。それとも私が気付いていないだけで、普通に他の人には分かるように護衛しているんだろうか?
「ツンツン……間違いではありませんが、一体どういう覚え方を――。因みに私のことは何て覚えて……いえ、やはり良いです、聞かないで置くことにします。とにかく、二人のうち一人は必ず迎えに行きますからそれを忘れないでくださいね。」
「はい、分かりました。」
額を押さえてうめくナイルには特に何も言わずに、素直に返事だけをしておいた。
どういう覚え方も何も見たまま覚えていただけの事だ。ちょっと反論してみたいことは無いではなかったが、おとなしく余計なことは言わないように話を終えた。
やはり本人には言うべきではないだろう。以前はウザイ傾城、だなんて思っていただなんてことは。いくら今はそう思っていないとしても、言って良いことと悪いことがある。
明けて翌朝。さあ今日も学校へ行くぞ、と思いながら神殿の正門に向かうと、ナイルだけでなくその後ろには昨夜の話にあった二人がそこにはいた。遠目にも分かるあの姿は間違いない。只でさえ身長が高く目立つナイルの後ろにさらに大きな二人組。赤毛のツンツン頭ことイドゥンさんと、灰髪のフィズさんの二人だ。記憶の中の通り、やっぱりツンツンしている。二人ともどこかのRPGにでも出てきそうな雰囲気だ。まあ、そもそもこの世界そのものがファンタジーな世界ではあるけれど。二人の雰囲気は、典型的な昔ながらのRPGの職業的に言うのならイドゥンさんが盗賊、フィズさんが暗殺者のような感じだ。もっとも服装は特に黒だったり暗色系というわけではなく、あくまでイメージの話だ。まあ、夜ならばともかく日中の護衛でそんな格好をしていれば返って目立ってしまうのだから当然と言えば当然である。だが、普通にしているととても目立ちそうな二人だけれど、陰ながらの護衛なんてものをやり遂げてしまうのだから、あながち間違ったイメージでもないのかもしれない。
そんなことを考えながら彼らの方へと近づいていく。それにしても、直に護衛して貰うのは帰りだけと聞いていたけれど、どういうことだろう? ナイルは朝食の時には何も言っていなかったのだが。まさか朝からあの二人を引き連れて登校しろとかいうのではないだろうな、と一瞬暗澹たる思いに駆られる。表だって連れて歩けば、ナイル並、あるいはそれ以上に目立つ二人である。そんな登校をしたら一発で一般人ではありませんと公言しているようなものではないか。だが、そんな感情はおくびにも出さずに挨拶を交わす。
「イドゥンさん、フィズさん、おはようございます。それと、いつもありがとうございます。」
「おはようございます、マレビト様。どうかお気になさらず。」
「おはようございます。ここだけの話ですが、貴方の護衛は人気職なのですよ。ですから、気遣いは無用です。」
風体こそどこぞの冒険者、と言った感じだが二人はれきとした神官である。神殿がそもそも国の行政機関であるのだから、たとえ国同士の戦争が無いこの世界と言えど、その代わりにある魔獣などの被害に対抗する為の武力は当然のことながら保有している。彼らはそういった荒事を専門とする部署に所属する人間――便宜上、人と呼ぶが種族は聞いてないので正確なところは不明――だ。とりあえず、どうして今ここに二人がいるのかとナイルを見上げる。
「ナイル?」
「昨日確認はしましたし、このように目立つ二人です。必要ないかと思いましたが、もう一度会っていた方が良いかと思いまして。」
確かに顔に覚えがあるとはいえ、実際に会ってから日が経っている。似たような背格好の人間を連れてこられたら間違う可能性が無かったともいえない。でも、今こうして会っていれば、確実に分かる。
「そういうことですか。お手数をおかけしますが、今日も宜しくお願いします。」
「承りました。では、帰りは我々のうちのどちらかがお迎えにあがるまでお待ちください。」
「なるべく、先にお待ちするつもりではありますが、何があるかは分かりませんので。」
「分かりました。」
「それでは、行きましょうか。行きはいつもどおり、我々は陰に控えさせていただきますので、お気になさらず。」
「はい、それでは宜しくお願いします。ナイル、行ってきます。」
私が神殿を出る時には既に二人の姿は見えない。一体どうやっているのか、もしかしたらこれも魔法を使ってのことかもしれない。
さて、今日の講義は楽しいものだと良いな。昼休みには約束が会ったりもするし。なんだかんだで、意外と再びの学生生活満喫している気がする。これで周りの平均年齢がもう少し高ければ文句なしなんだが。まあ、それは高望みと言うものだろう。
さあ、今日も頑張ろう!




