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マレビト来たりて 前編  作者: 安積
第5章 異界における学校風景
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 外観で思わず脱力してしまったわけだが、中もまた予想通りの造りだった。一体誰が教えたものか、見慣れたこれは下駄箱に違いない。エグザーダナはおろかアウトラーシェン国内に於いても、屋内で靴を脱ぐ習慣は一部にしか定着していないと聞いていたのだが、どうやらここは例外の一つらしい。上履きが必要とは聞いていなかったのだが、と辺りを見回してみると見かねた上級生だろう年嵩の少年が声をかけてきた。


「君、もしかして新入生?」


 顔が余り人に見られないように目深にかぶっていたローブのフードのお陰か、マレビトだとは気付かれなかったようで、そこのことに安心しながらとりあえず頷く。


「もしかして、替えの靴が必要なのでしょうか?」


 下駄箱と言う構造上、聞くまでもなくそうなのだろうけれど、一応確認をする。


「何かそうらしいんだよね、君もやっぱり知らなかった?」


 黄緑色という、地球ではフィクションかファッションでしかお目にかかれなった髪色の頭を掻きながら少年は答えた。


「入学の為に必要と連絡されたものは一応全て用意したつもりだったんですが。」


 そう告げれば、オレもだよ、と少年も困惑顔だ。その言葉にようやく、どうやら上級生と思った少年は同級らしいと気が付いた。つい先入観から勘違いしてしまったが、そういえば入学の年齢は決まっていなかったのだと、一瞬すっかり頭から抜け落ちていたことを思い出す。

 義務教育のないこの国では入学年齢の規定もない。場合によっては一生教育機関に通うことのないものもいると言う。頭では理解したつもりでも、自覚しないままにかつての常識が現状の認識に邪魔をする。

 隣国では種族によって若干前後するるものの大概6歳から18歳までの義務教育があるそうだが、かの国はこの世界にある七ヶ国中唯一神族を王に戴かない民主制共和国家な上に、最も多くの渡り人が国の中心にいると聞くから特別だろう。

 入学年齢が様々なだけでなく、種族によっても成長度合いが異なるのだから気を付けなければ、と気持ちを新たにする。一目である程度学年が分かるシステムと言うのはそれが当たり前であれば気付かなかったが、便利なものだったらしい。


「で、どうする?」


 唐突な少年の言葉に首をかしげた。


「どうすればいいかを聞こうにも誰もいないわけで。」


 そう、辺りを見回す少年に、先程までは何人かいた他の生徒の姿が既に見えなくなっていた。まだ始業の時間には余裕があるはずなので、巡り合わせが悪いときは重なるようだ。このまま誰かが来るのを待つのも良いが、それでは時間の無駄だ。何も知らない場所だと言うならまだしも、ここは見るからに学校そのものであり、実際に学校なのだ。ならば、壁一枚を隔てた向こうには多くの人がいるはずである。


「分からないことは聞いてみましょう。」


 だから誰もいないじゃないか、と言う少年を背に、一旦昇降口を離れる。すぐ隣には恐らくは教職員向けだろう玄関があった。私の知る学校と同じ外観なら中身も同じだろうと言う楽観的な予想は当たったようで、そこに入ってすぐの小さな部屋には目当ての札がかかっていた。昔もこんな事をしたな、と子供の頃を思い出しながら靴を脱いで廊下に上がる。

 失礼します、とその部屋の戸をノックするとすぐに人の良さそうな壮年の男性が現れた。


「おや、見ない顔だけど新入生かい?」


 私と、後ろの着いて来たらしい少年に目をやり、男性は言った。


「はい、今日から通うことになったルディア・アークです。」


 学校用に新たに貰った名を名乗り、上履きが必要だと言うことを知らずに忘れてしまったのだと告げると、すぐにスリッパに似た、と言うかスリッパそのものを二足出してくれた。その上で、今期の新入生用の下駄箱の場所と、校内の購買で上履きは売っているから、今日買っていくか、持ち合わせがなければ明日の朝早く来て買うようにと教えてくれた。随分対応が早いな、と思ってみれば、どうやら今期は連絡をし忘れたところが多かったらしく、既に数人が来た後だったそうだ。でもそれ生徒相手に愚痴ることじゃないから……。

 教えてもらった下駄箱に行けば、私の名前も確かにあり、一緒に来た少年の名前もあったようだ。すぐ近くにフェクトの名前も見つけてしまい微妙に落ち込んだこともここに付記する。

 無事スリッパも借りられた事だし、そのまま少年とは別れて教室へ向かおうと思ったのだが、ローブをつかまれ引き止められた。何かと思って振り向けば、ちょっと照れたように少年が言った。


「ありがとう。学校は初めてだからどうしたら良いか分からなくて、あのままだったらきっと誰かが来るのを待っていたと思う。」


「いいえ、気にしないで下さい。ただ少しだけ、私のほうがここのことについて知っていたっていうだけですから。」


 この世界で会う人間は会う人会う人、皆美形ぞろいなのは何故だろうと内心で思いながら、そんなことはおくびにも出さずに答えた。鮮やかな黄緑色の髪に、釣り目気味の琥珀色の瞳の美少年を、リアルで見るとは思わなかった。しかもよく見てみれば、この子エルフ耳。ディー○リット系のではなく、指輪物語系のあれだ。


「オレはユーリグ。宜しく、ルディア。」


「こちらこそ、宜しくお願いします。」


 先程の挨拶を聞いていたのだろう少年ことユーリグは、外見に見合った快活さでもって、仮の名前で私を呼んだ。

 学校側には私がマレビトであることは伝えてあるものの、学生間に余計な騒ぎを起こさない為に私はただの一般生徒として所属することになった。これは高い魔力保持者であることが知られると、魔法士見習いに目をつけられたりすることがあったりもすると言うことで、そういった面倒を避けるという意味合いもあるのだという。

都合の良いことに、私の顔が知られているとは言っても行動範囲が今までは左街に限られていた、つまりはギルドを中心とした街の西地区に集中していたお陰で、右街ではそれほどまでには顔を知られていない。

 たとえ大人達には知られていたとしても、学校というある意味で閉鎖的な集団に属している学生達は、逆にその集団の外のことに付いては案外疎かったりするものだ。だから、ナイルと連れ立っていたりしなければ、私が|"私"《アトルディア》であるとはバレにくい。もし、知っていたとしても別の名を名乗り、別人の振りをしていれば、特に初等学校に通う主な年齢層相手には早々バレる事は無い。

 故に名前も、アトルディアの一部であり、且つ水の精霊の加護持ちならありきたりなルディアを名乗ることとなっていた。名字のアークはアカシェの真名の一部を借りたものだ。名字はなくても問題ないだろうとのことだったが、私の顔立ちはこの町の一般的なそれとは異なる為、名字があれば街の外からやってきたと認識してもらえると言う利点もあり、名字も名乗ることになった。名は兎も角として、名字はどうするかかなり揉めたらしいのだが、ツェフ爺ちゃんとナイルとアカシェが話し合った(?)結果、アカシェの名を借りることになっていた。

 挨拶をしてしまった以上、何となく一人で先に行くのは気が引けたので、そのまま連れ立って、しかし、特に話すことも無いので黙々と各々の教室へと向かった。


 何と言うか、アカシェやナイルは別格としても、フェルのような野性味溢れる美形、ナジクのような正統派美形に、セムの大人と子供の狭間の危うい色気とか、性格はともかくとして外見は子供らしさ溢れて可愛いフェクト、天使と見紛う様な愛らしいゼナゥ、そして正に少年、といった感じのユーリグとか。更に付け加えるならロマンス・グレーのツェフ爺ちゃんとか、ふと気が付けば何故か様々な年代の様々な美形がいつの間にか周囲に揃っている。リアルにはいなかったけれど、ネット上でのオタク仲間達が彼らを見ればきっと狂喜乱舞したはずだ。

 ゲームや小説なら逆ハーになっても良い環境だよね、これ、とは思うものの、アカシェ曰く種族特性故に残念ながら、その誰にも心惹かれない訳なのだけれど。あぁ、なんて宝の持ち腐れ……。

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