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神殿から学校まではギルドへ行くのとは真逆の方向、神殿大路を東へ向かう。大体、私の足で30分くらいのものだ。
学校とは言っても、小学校や中学校のように通学が義務付けられているものでもないし、高校みたいな大学へ行く為の繋ぎの勉強をするような場所でもない。決まったカリキュラムがあるわけでもなく、どちらかと言えば私塾に近いものがあるかもしれない。毎日通わねばならないものでもなく、習いたいものだけを習う人も多い。
最も多くの人が通うのが読み書き算盤(算盤と言うよりかは小学校低学年向けの算数と言った感じだ)と言った生活の場面で求められる基本的な事だ。理科や社会のような科目はもっと細かな区分けになっているし、技術・家庭のようなことは基礎が学べるが、それらは専門に独立した学校などがあり、最初からそちらで学ぶものも多い。尤も、専門の学校へいくのではなく、徒弟として奉公に入るものも多かったりする。また、将来目指すものによって進む学校も異なってくる。
神官や官吏を目指すものはそれこそ最初からそれ専門の学校へ通うことが多い。いわばこの世界における公務員職であるとおもえばそれらに惹かれないわけでもないが、仕える相手が異世界への拉致監禁犯ともなれば興味も失せる。それに、今私が知りたいのはこの世界のことであり、それを知るには市井に混じるのが一番手っ取り早かった。だから、私が通うのは基本的なことを幅広く学べる、且つ神殿から最も近い(こちらの理由の方が第一かもしれない)学校だった。
二の街にあるこの学校に通う学徒は幅広い層が集まり、雑多なこの世界を知るには一番の場所、らしい。私がここで学ぶのは、地理と歴史、そしていくつかの言語。大まかなことは神殿で学んだけれど、それはあくまでが基礎も基礎、この世界の住人なら子供でも知っているようなことばかりだ。よりしっかり学ぶ為に、とりあえずは子供に混ざっても大丈夫なレベルにまでしてもらったに過ぎない。その後も神殿で学ぶと言う選択肢もないではなかったが、ともすればある意味で引き篭もりがちになってしまう(ギルドと神殿の往復生活というのはひきも懲りに分類されてしまうようだ)私のことを考えた結果、学校へ行き他の人々とも触れ合いながら学ぶ時間があった方が良いだろうということで学校へ通うことが決まった。
だからといって毎日通うわけでもなく、今までどおり週の半分はギルドへ行き、残る3日のうちの2日が通学に当てられる。つまり、今まで神殿で勉強に費やしていた時間を学校へ行く時間に変えたというだけの事だ。働きながら学ぶ人も多いので、週休2かならぬ週2日登校も別段珍しいことではないようらしい。
学ぶのは社会科系科目だけだが、これは出来れば魔法も学んでみたかったけれど、私の場合外で魔法を行使すると万が一暴走した場合の対処が取れないから、と言う理由で却下となったのだった。学校へ通うことが決まってから、実際のこうして通うまでに時間が少しかかったのは、学校のほとんどがセメスター制であることに起因する。学期こそ4期だが、その途中での参加は認められない、というか参加できないことはないが単位としては認められないのだ。第一、学期途中から入ったところで勉強についていける訳でもなく、半年や一年も待たねばならないというわけでもなかったのでそれまでは今までどおり神殿での勉強が続けられていた。教師役を買って出てくれていた数人の神官を除けば、学校から来てもらっていた先生もいたので、実質勉強する場所が変わるだけ、とも言えた。
学校へ向かって歩いていけば、道行く人に同じように学校へ向かって歩いているであろう学徒と思しき人が増えてくる。集団で固まって歩いている子供達や、おそらく魔法士の卵であろうローブを纏った人、いかにも学生ですと言った風情の青年。神殿の西側にはギルド関連の施設が多いように、東側には学校関連の施設が多い。それは結果的に治安にも関わってくるのだが、歩きながら私は非常にホッとしていた。
ギルドへ行くときは神官に送って行ってもらっていた。帰りは一人であることが多かったが、実は影ながら護衛が付いていたということを後になって教えられた。恐らく今も一人くらいは付いていると思うけれど、とりあえず、今日もいつものように一緒に行くと言って聞かなかったナイルをとにかく説得できたのは良かった。こんなにたくさん学生がいる中で、あんなのに付き添われて登校したのでは目立って仕方が無いからだ。
ギルドへ行くときは大人が多い中に子供が独りいるわけだから目立つのは仕方が無いが、こちらでは子供も多いので私一人が目立つということはない。いくら多くの人に顔を知られていると言っても、同じような背丈の子供たちにまぎれた私をそうと識別するのは難しい。特に、学校というある意味で閉ざされた環境が寄り集まって形成されている右の二の街では、私の顔はほとんど知られていないから尚更だ。私は、久々に感じる、誰にも注目されない普通さと言うものを存分に満喫しながら学校へと足を進めた。
学校、学校とだけ呼んでいたが、一応ベルガディナル初等学校という名が付いている。しかし、二の街にある初等学校はここだけで、更に言うなら同じ敷地内にベルガディナル高等学校とベルガディナル魔法士養成所、他多数のベルガディナル氏とその一族によって創設されたと言われる学校群が乱立している為、基本的にそれらを総称して学校、とだけ呼ばれている。
因みに、ベルガディナル以外の高等学校や魔法学校、神学校、他専門学校なども勿論あり、それらはそれぞれの名で呼ばれている。とりあえず、学校と言えばベルガディナル、と思われるほどにかつてエグザーダナにおける教育の普及に貢献した人物がいたという認識さえあれば問題はない。そこがどんなところかと一言で言えば、とりあえず神殿や離宮ほどではないにしろ大きい。幾つかの学校が敷地内にあるとは言っても、ここまでとは思っていなかった。
日本に比べたら大分教育受けてる人口少なそう、否、確実に少ないだろうに、こんなに広いだなんて。日本の大学くらいはありそうだ。大学と言ってもピンきりだけれど、都市部の狭い敷地内にひしめき合ってる所ではないけれど、郊外型の巨大なキャンパスまではいかないような。うまい例えが思いつかないけれど、とりあえず敷地を1周するには1時間ちかくはかかりそうな感じだ。
一応敷地は塀で囲まれていて、神殿大路に面した大きな正門があった。門番というか、守衛だろうか、正門の両脇に二人立ってはいたが、特に何も確認されることなく立ち入ることが出来た。門の中は複数の建物が立ち並び、車用に均した道の他は芝生張りになっていて、あちこちにも木や花が植えられていて更にベンチやテーブルまであったりして、まるで公園のようにすら見えた。実習用の畑なども敷地内にはあるとの事だが、それを見つける前に、目的地である初等学校の校舎へと辿り着いた。
それは敷地の広さに反してよろう以上に小さな木造校舎だった。そして、非常に良く知っている気がする建物だ。いや、実際に直接目にした事はなかったが、これに良く似たものを写真でなら何度も見たことがある。なんといえば良いのか……。
これも昭和レトロ、或いは大正レトロとでも呼べばいいのか? 明治時代に作られた校舎が残っている学校が地元にあったから、それとは違うと言える。ベルガディナル初等学校は、明治期の木造校舎の ある種の華やかさは欠ける、イメージ的には戦前戦後あたりの小学校の素朴な木造校舎であった。
「一体、誰の趣味だ……。」
思わず、校舎を見上げてそういってしまった私を一体誰が責められようか。日本人は、一体この世界に何を残していったんだ、と校舎前で頭を抱えたくなってしまったのは決して間違いではないはずだ。




