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次に向かったのは普通の文具系の雑貨店だった。何を持って普通とするかは人によるだろうけれど、少なくともさっきみたいな少女趣味全開のお店ではなくて、性別年代問わず利用できそうなお店だ。
よく言えばシンプル、別の言い方をすれば飾り気のないデザインの品が多い落ち着いた店内は、私好みだ。
デザインが単純と言うことは手間も少ないという訳で、全てが手作業で作られているこの国ではこういった物の方が値段が安いのも嬉しいところ。如何せん、この外見では似合わないと言われてしまうかもしれないけれど。
今度はセムもフェクトも一緒に中を見て回っている。セムも何か気になるものがあったのか結構真剣に見ている。意外なことに、その脇でフェクトも普段の騒ぎっぷりが嘘みたいに静かに文具を見ていたりするから驚きだ。こういう所はすぐに飽きてしまうのではと思っていたのだけれど、杞憂だったみたいだ。ゼナゥは余程気に入ったのか、イルカの縫いぐるみを片手で抱きしめたまま、それに夢中になっている。
私はと言えば、地球にいた頃からこういう文具関係のお店は大好きだったから、久々の至福の時だ。二十一世紀の日本では単なる趣味としてしか見られていなかった封蝋がここでは本当の実用品として売られているのだから嬉しい。使う予定はないから今日は買わないけど。羽ペンなどのツケペンの数も豊富だけれど、やっぱり勉強なら私としては鉛筆が一押しだ。わざわざインクをその都度つけて書くなんて面倒極まりない。尤も、プラスチック消しゴムがないから字消し能力は劣るみたいだが。ボールペンはなくとも、万年筆くらいは欲しいものだ。
「マレビト様、決まりましたか?」
「あ、うん。ごめん、ちょっと待ってて、買ってくるから。」
ついついあれもいつか欲しいな、とかあっちの方が良いかなと眺めていたら既に買い物を終えたらしいセムに声をかけられた。セムの後ろではフェクトが紙袋を抱えて、早くしろよー、と言っているのが聞こえたがとりあえず無視の方向で。大人気ない対応かもしれないが、そもそも私一人の買い物についてきたのはそっちの方だ。そう思えば、セムにも謝る必要なかったんじゃ、とも一瞬思ったが、まあ一緒に行くことに同意したのは私もだしね。
そう、会計へと向かおうとした私をセムが呼び止めた。
「あれ、ペンとインクは買わないんですか?」
必要かどうか迷ったが、結局買わなくて良いかな、と思っていたのでそれらは持っていなかった。私が小学生の頃は鉛筆しか使ってはいけないなんていう変な校則があったくらいだし、特に必要性を感じなかったのだ。だが、彼の様子を見るとどうもこちらでは違うようだ。
「やっぱり、有った方が良い?」
「うーん、俺が学校へ行っていたときはペンを使っていたやつの方が多かったですよ。卒業後も何かとペンを使う機会は多いですし、慣れるに越したことはないと思いますけど。」
確かに、神殿やギルド、銀行などに置いてあるのもツケペンが多かった。この世界ではつけペンを使うのが標準なのかもしれない。
「じゃ、買うことにするよ。ありがとう、私だけだとどうしても何が必要なのか分かってないとこがあるから。」
「いえ、お役に立てたなら何よりです。」
結局、シンプルなB5判くらいの無地のノートを2冊と、鉛筆数本、硬い砂消しみたいな消しゴム1個、それから木の軸にガラスのペン先が着いたガラスペンを2本とブルーブラックのインクを一つ買うことにした。ペンは某魔法学校モノの映画に出て来そうな如何にもな羽ペンにするか悩んだが、長く使えるのはこっちだという薦めに従ってガラスペンにした。
万年筆はあることにはあったのだけれど、軽く予算オーバーする為に諦めた。
私の荷物が見つかれば、その中になら入っていたのに……。思っても仕方のない考えがまたムクリと心の中で頭を擡げるのを振り払って店を出た。
文具店を出る頃には既に日は中天を過ぎていた。買い物をしていて気が付かなかったが、どうやら昼時の終りを告げる七の鐘はもう鳴った様だった。
昼時の始まりである六の鐘から七の鐘までの間は町の人通りが幾分か減るのだが、今は既に活気が戻りつつあった。静かに文具店を見て回れたのも、店の雰囲気というだけでなく街の喧騒が薄れていたお陰だったのかもしれない。
何事かに集中している間は忘れていても、思い出した途端に主張し出すのが食欲というもの。まだ昼食をとっていなかったなと気付いた瞬間にお腹がすいたように感じるのだから不思議だ。今日は一人で屋台街を巡ろうと思っていたのだが、彼等は食事はどうするのだろうか。夕飯までに帰れば良い、と言うことは昼は好きに食べろ、ということなのだろうけれど。
「こんな時間まで、買い物につき合わせてごめんね、お昼時間過ぎちゃったけど、何処かで食べる?」
「気にしないでください、着いてきたのは俺達の方ですから。」
そう言ったのはセム。
「俺、ガレット食いたい。」
自分の希望を即述べたのは言わずとしれたフェクト。
そして、何も言わず、近くに出ていた人形焼きっぽい屋台のような出店を指差したのがゼナゥだ。
これくらいの年のとき、私は食事は家か学校でするものだったからその裁量が子供に任されている、というのは不思議な感じだ。今の時間ならどこの店も空いているだろうけれど、屋台街にも行ってみたい。でも、まだ買い物は残っているし、屋台街まで距離があるのに歩かせるのも悪い。
「もしかして、マレビト様は神殿に戻られますか? それならお送りしますよ。」
どうすべきか迷っていたら、神殿に帰るかどうかを迷っているのだと勘違いさせてしまったらしい。ここはとりあえず提案してみる方が良さそうだ。
「えーと、そうじゃないの、まだ買い物残ってるしね。今日はお昼は好きなもの食べてきて良いって言われているし。あの、神宮大路の屋台街に行ってみようと思うんだけど、どう?」
反対どころか寧ろ積極的な賛成が得られたので――どうもフェクトは目当ての店があったらしい――、とりあえずゼナゥが欲しがった人形焼きだけ買うと、神宮大路ヘと向かった。因みにそのお金はセムが払った。一番年長なことだし、それくらいなら私が払おうかとも思ったのだけれど断られてしまった。自分より一回り以上も下の子供に奢ることさえ出来ないなんて……。やっぱり、経済力って大事だと思う。
屋台街というのはこの街にある二つの大路に食事時に現れる出店集団の通称だ。一応郭城都市であるエグザーダナの南の正門からまっすぐ北に伸びる大路が神宮大路だ。街のど真ん中にその大路を塞ぐ様に神殿が建ち、大路の北の行き止まりには離宮がある。門から伸びる、神殿と離宮へ至る大路だから神宮大路とも、神族の宮に至る道だから神宮大路だとも言われているが、どちらにせよ単純なネーミングだ。尤も、そう思うのは私には言葉が日本語変換されているように認識されているからかもしれないけれど。
そして神殿を中心に十字を描くように神宮大路と交わり東西に伸びている大路が神殿大路と呼ばれる。こちらの名前からすると神宮大路も“神”の“宮”に至る“大”きな“路”という意味でつけられた可能性は高い。
で、私が行こうと思った神宮大路の屋台街というのは神殿の南側に日中現れる屋台群で、酒類を置いた店は少ないが、様々な軽食や甘味などを扱う出店が集まっている。この大路は本当に広くて、日本で言うなら片側4車線くらいで、中央分離帯が公園になっているような道路が一番近いと思う。
神宮大路も道の真ん中は公園のようになっていて、屋台街はそこに店を出し、たくさんおいてある椅子やテーブル、その他色々な場所で好きに飲み食いして良いらしい。昼時から夕方にかけて、勤め人や学生、家事を終えた主婦達、子供達、多種多様な人たちが利用している。花見や祭りの出店が毎日出店しているようなもので、雰囲気的にはファーストフード店とファミレスと駄菓子屋がごちゃ混ぜになったフードコートという感じと思ってもらえれば間違いはない。今までギルドでの仕事の途中で通りがかったことはあったが、立ち寄ったことはなかったので、絶対一度は行って見たかったのだ。
神宮南大路(神殿より南が便宜上そう読ばれている、北は勿論、神宮北大路である)にある屋台街が、所謂“昼の”屋台街であり、日中屋台街といえばここのことである。
それに対し、“夜の”屋台街と呼ばれるものがギルドもある神殿西大路のそれである。
ギルドの周りはギルド職員やギルド員が暮らす寮や月極宿、更には銭湯が数多くある。勿論、彼らに自炊派がいないではないが、肉体労働系に従事している一人身の男達が余り料理をしないということに世界の違いはない様で、そういう人たちが仕事帰りや風呂上りに食事に或いは飲みに寄れるよう、日没後に数多くの屋台が出店している。中には持ち帰りや宿への配達をやっているところもあるらしく、店の種類は昼のそれに勝るとも劣らない。ギルド員のお姉さま方御用達の店や夜勤の時にデリバリーを頼む店など色々あるようだ。
残念ながら私は大抵日没前に神殿へ戻ってしまうので、生憎とまだ屋台“街”と呼べるほどのものを見たことはないのだが。
エグザーダナには二の郭の本街、つまりは東西の一から三の街のことだが、そこにあるギルド本部以外にも、三の郭(広大な農地を有す、この街の食料庫である)やその外(エグザーダナの街の外である荒涼とした砂漠だ、大概の魔物討伐系の依頼はこちらのものだ)などにもギルド支部が存在する。そちらにはまだ行ったことがないのだが、やはり夜になるとギルド周辺の雰囲気は似たようなものになると聞いた。いつかは行ってみたいとは思うが、今はまず昼ご飯である。




