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店内は当然の如く外装のままに少女趣味全開だった。
もちろん、日本と違ってこちらは完全手作り一品ものばかりだから趣が若干違うと言えば違うが、雰囲気はまさにファンシーショップそのものだ。昔からどうもこういうのが苦手で避けて通ってきた為か、何と言うか尻の据わりが悪いような変な感じだ。ここは私が来るべきではない、と言う思いが沸きあがってくる。
それに釣られて、こういうものが大好きだった母が思い出されて腹が立つような悲しいような言い様の無い感情に襲われた。幼い頃からフリルの着いたスカートだのを押し付けられそうになったり、もっと可愛いものを可愛いものを、と自分の趣味を押し付けてくる母と折り合いをつけられるようになるまで結構な時間がかかったものだ。思い出せば今でも腹が立つのだが、それでも、もう会えない人なのだと、こちらとあちらの時間軸は大分ぐちゃぐちゃなようだから向こうが今どうなっているのか分からないが、私は生きているのに、決して将来母も父も看取ることが出来ないのだと、そういう遣る瀬無い気持ちに駆られるのだ。両親だけではない、弟妹達や従兄弟たち、家族に限らず友人たちとも、もう二度と会うことは無い。
それが、溜まらなく悲しい。
フリルのついた可愛らしい商品の一つを手に取りながら動かなくなったしまった私の手を誰かが……いや、ゼナゥが引いた。つないだ手の先を見れば、心配そうな顔でゼナゥが私を見上げていた。そこで漸く、今はもう帰ることも出来ない世界に思いを馳せていたことに、まだ癒えることの無い暗い思考の淵に沈んでいたことに気が付いた。
「ありがとう、大丈夫。」
そう伝えれば、分かった、と言うかのように頷いて、強く手を握り返された。実年齢で言えば20近くは慣れている幼子に心配されるなんて情けないにも程がある。内心恥じ入りながら、手に取っていた小物を棚へと戻した。
ここは可愛らしい小物がたくさんある。ノートも鉛筆(のようなもの)もあるのだが、あまり趣味ではない。基本的に、こういうお店のものはあまり好きではないのだ。
「ゼナゥは何か欲しいものある?」
そう聞いてみれば首を傾げるばかり。やっぱり小さくても男の子、フリルやピンクの花柄やらアクセサリーやらはあまり好みではないのかもしれない。私なんかより、ゼナゥのほうがよっぽどこういうのが似合いそうなのに。
エメラさんには悪いけれど、ここで買うのはやめて次へ行こうかな、と思ったとき、ある棚が目に付いた。そこには大小さまざまなぬいぐるみが置いてあった。目を引いたのは、その中でも特に小さな、例えるなら携帯のストラップにでもなりそうな動物の縫いぐるみだ。
可愛いものが苦手だった私が、唯一気に入っていたのが縫いぐるみだった。その中でも小さい頃特に大切にしていたのは大きな熊の縫いぐるみ。テディベアのような高いものじゃなかった。でも、どこへ行くのも離さず連れて行って、小学校に上がることにはもうぼろぼろだった。それでも手放さずにいたあの熊は、ある日家に帰ると部屋から姿を消していた。その時のことは、もう、思い出したくない。
ああ、でも――
「お前、こんなとこにいたんだね――。」
あの頃の縫いぐるみとは別物だと頭では分かっている。大きさから何から全て違うのに、気付けばその小さな灰色の熊の人形を手に取っていた。
これを買ったら早く次のお店に行こう、と思ったら、ゼナゥが何かを差し出してきた。青い、いるかに似た縫いぐるみだ。
「それが良いの?」
聞けば嬉しそうに頷く。予算的にも問題なかったので、それも一緒に買うことにした。
灰色の熊と青いいるかの縫いぐるみを並べて会計に行くと、お店のお姉さんが何か変な顔をしていたのだけれど、一体なんだったのだろう?
店を出るときに、そういえばと外においてきた二人のことを思い出す。彼らは一体どうしてる、だろう……か。
その問いに対する答えはすぐに出た。
何やら店の前が女の子だらけになっている。言わずもがな、その中心にいるのはあの二人だ。確かに買い物してるとき、他のお客さんが全然入ってこなかったことに気が付いた。どう見ても女の子に人気そうな店なのに。
こういう訳だったのか……。
まあ、確かに評判の美形兄弟がこんな如何にも名女の子向けの店の前で手持ち無沙汰にしてたら、それは気にもなるだろう。困っているのはよく分かるのだが如何せん、私にはあの中に割って入る勇気は無い。
女の嫉妬が怖いのはどの世界でも共通だ。ここは彼らの犠牲に涙を飲んで、気付かなかった振りをして立ち去るとしたものだろう。
だが、そうは問屋が卸さないのが世の中と言うもので。さあ、方向転換するぞ、と思った瞬間目が合った、そりゃもうばっちりと。助けを呼ぼうとしたであろう開きかけた口が閉じる、恐らくこちらに累が及ぶのを防ごうとしてくれたのだろう。
キミのその精神には感謝する、だが、何とか頑張って自力で切り抜けてくれ、という思いを込めてにっこりと笑って手を振ってその場を離れた。頑張れよ、君らの犠牲は忘れない……。
どうやら、ギルドの屈強なオネー様方は簡単にあしらえても、同年代の可愛らしい女の子にはどう接したらいいのか分からないようだった。
どうやって切り抜けてくるのかな、と思って聞き耳を立てていたら、待ち人が着たので失礼しますという、ありがちな科白を叫んだのが聞こえた。まるで探し人でもするかのように左右を見る振りをして、少しだけ後ろを振り返れば、女の子達のブーイングが起きている中弟を抱えて走ってくる姿がチラッと見えた。うん、どうやら逆ナンもされてたっぽいね、良かったあの中に近づかなくて。
また少しだけ歩いて、再び人を探す振りをする。漸く追いついてきた二人に今気がついたかのような振りをして合流した。まあ、こうすれば少女達の群れには不審に思われまい。子供一人抱えて数十メートル走ったのに息切れなしとは、流石フェルの息子ってことなのかな。
「どこ行ったのかと思って探したよー。」
白々しい科白を棒読みで先ほどと同じ笑みを浮かべて言ってみる、もちろん態とだ。
「いや、気付いてましたよね!? って言うか、目ぇ合いましたよね、しっかりと!! あの中に置いてくなんて酷いですよ、マレビト様……。」
「じゃあ、私にあの中に入っていけと?」
「いえ、そうは言いませんが……。」
徒党を組んだ女の怖さは彼も分かっているらしい。
「それにしても、ギルドのおねー様方をあしらうのは得意でも、やっぱり同年代の女の子には気が引けちゃうんだ?」
確認の為に聞いてみる。
「……どう扱って良いのか分からないんですよ。なんかまともに話が通じてる気がしなくて。それに俺がうかつに触ったら怪我しそうだし。」
「まあ、そうだろうね。」
困ってる、と言うよりは戸惑っていると言う方が適切だろうか。男兄弟で回りに女の子がいないならそういうものなのかもしれない。彼の周りにいる女性ってヴァシーさんか近所のおばさんたち、もしくは屈強なお姉さま方ばかりっぽいし。
「それに対して、あの人たちなら、俺が全力を出したってかすり傷追わせられるかどうかって人たちですからね。遠慮なく全力で抵抗できるってもんです。」
なんか良い感じにやさぐれてるな、そして大分口調が崩れてきたね。その調子でいってくれると良いな。というか、軽くあしらってるように傍目には見えててたんだけど、そうか、あれ全力で抵抗してたのか……。
「悪いこと思い出させて、ごめんね。」
「いえ、未熟な俺が悪いんです。早く、父みたいになりたいのに……。」
おや、意外だ。真面目っ子な長男は寧ろ、フェルを反面教師にしているかと思いきや。それとも、私がおちゃらけてるところばっかり目撃しているだけで、真面目な時は真面目なんだろうか?まあ、たまに会うだけの人間と、毎日会っている息子とでは視点が異なっていても当然だよね。
「頑張って、ギルドの人たち皆期待してるから。それってつまり、皆セムになら出来る、って思ってるっていうことだよ。」
「そう、でしょうか。」
ギルドのお姉さま方が揃ってセムは良い男になるっていってるんだから、間違いない。少なくとも将来の婿候補として唾つけときたいって思うくらいには優秀なはずだ。彼女達がただ単に見た目だけで男を選ぶわけが無いのだから。
「もちろん。私も、期待してる一人だからね。」
私の場合は純粋に能力的な面での期待だけれど。
いつか郊外に出るとき、優秀な護衛となりうる人間が多いほど良いし、その相手が気心が知れてるなら尚良い、っていうだけの打算に満ちたものだ。その期待だけは本物だとしても。それなのに――
「ありがとうございます、マレビト様。俺、頑張りますね。」
そんな打算塗れの私の考えなんて気付きもしないこの少年が、普段の大人びた表情を消して幾分子供らしさを残したような素直な笑顔を向けるから、つい、本心から応援してやりたい気持ちになってしまった。それは、自己中な自分の思いの罪悪感から来るものであったのかもしれないけれど。今はまだ、それには気付かない振りをしよう。罪悪感から生まれたのだとしても、この感情がいつか本当に私のものになるかもしれないのだから。
「うん、でも無理はしないようにね。ヴァシーが大変になっちゃうから。」
「確かに。早くこいつも育ってくれると良いんですけど。」
そう行って肩に担いだ弟を見る目は優しいお兄ちゃんの顔だった。




