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一つ問題が解決すれば、別の問題が目に付くのが人間ってものなわけで……。
一番の問題だった歩き辛さが解消されれば、今度は人目が気になってくる。正直言って視線がウザい。だが、道行く人たちを恨めしく思うのは悪かろう。もしも立場が逆転していれば、私だってきっと見てしまうだろうから。
何せ、いろんな意味で有名(うち一人はその悪名故だが)な美形三兄弟が勢揃いしており、更にそこに容姿こそ並だがこの左の二の街界隈ではもう知らぬ者は無いってくらいに顔を覚えられてしまっているだろう私が一緒になって歩いているのだ。これで目立たない筈が無く、当然のことながら、道行く人が皆振り返る。一部女性陣からの秋波も送られてきているのだが、その対象となっているセムは気付いているのかいないのか涼しい顔だ。因みに、その手に首根っこをつかまれたままのフェクトは諦めたのか不貞腐れた顔でおとなしくついてきている。
この面子で買い物に行くのか……思わず溜め息が出そうだ。
「そういえば、なりゆきのまま私の買い物先に向かっているんだけど、大丈夫?」
買い物先に向かう途中でフェクトに絡まれ、ゼナゥにしがみつかれ、そこに追いついてきたセムに謝罪され……という経緯だったのだが、彼らの予定も聞かぬままに自分の目的地へと足を向けていたのだ。とりあえず、決定権を持っていそうなセムに尋ねる。
「お……私たちは問題ありません。母に頼まれて弟達に付き合っているだけですから。弟も特に目的があったわけじゃないようですし。夕飯にさえ間に合えば、どこへ行こうと結構放任なんですよ。」
ヴァシーさん、とうとう疲れちゃったか。育児疲れの母に代わって弟の面倒を見てるだなんて、良いお兄ちゃんだな。
「長子も大変だね。」
「流石に、慣れました。これでも、最近はマシになってきたほうなんですよ。」
これでマシって……子育てって、大変なんだな。
「ところで、マレビト様はどちらに買い物に行かれるのですか?こちらですと、三の街寄りになりますが……。」
どうやら買いに来る方向が間違ってるのでは、と言いたいようだ。
この世界には神王族を除いて、明確に貴族階級と呼ばれる存在はいない。でも、一応階級と言うほどではないし差別も無いが、ある程度の区分はなされている。一の街は神殿や離宮関係者、つまり神官や官吏、国家魔法士、騎士と言った人が多く住み、二の町には商業関係者などの所謂二次や三次産業の人々が、そして三の街には一次産業の人が多く住む。家賃もまた三の街が最も高く、二の街、一の街と順に安くなっていくし、同じように店で売っているものの値段も三の街が一番物価が低い。
私が通う予定なのは神殿から程近い、二の街にある学校だ。学校と言っても、説明を聞く限りではかつて日本の江戸時代にあったような寺子屋や手習所に毛が生えたようなもののようだ。当然、通っているのも二の街や三の街の家の子供達ばかりだ。そこに行くのに一の街で買い物はしないし、第一、支給されているお金で買うならまだしも、私自身の懐具合ではそちらのものには手を出せない。その辺りを細かく説明するのも面倒だったので、とりあえず、方角を間違えてはいない、と言うことだけを伝えた。
「うん、こっちで良いの。毎日じゃないんだけど、もう少ししたら学校に通うことになったからね、その文房具とか買いにね。」
「学校、ですか?」
「そ、こっちじゃ街のことも国のことも何も知らない子供みたいなものだから。漸く、学校で学んでも理解できるくらいには最低限の基礎知識は身についた、って認めてもらえたんだ。」
「いえ、そういう意味ではなく、街の学校に通われるんですか?神殿や、離宮ではなく?」
「ああ。神殿や離宮の学校って、官吏や魔法士を目指したりする人のところでしょう? 私、まだまだそんな知識ないから。」
魔法士を目指す、って言うのは面白そうだけど、自分の魔力も一部しか使えない状況では学ぶ意味は薄い。それよりはある程度自分で勉強しておいて、肉体的に成熟し魔力を全て使えるようになった暁には正式に学校で学べば良いことだと思う。何年後の話かは分からないし、もしかしたら途中で気が変わるかもしれないけれど、とりあえず今はそれで十分だ。
「それと、別に私に敬語使わなくたって良いよ? 確かに、この世界の人にとってマレビトって特別なのかもしれないけど、私は生まれた世界が違うってだけのただの人間(実は違うらしいことを最近知ったがそれをいう必要な無いだろう)なんだから。」
「いえ、母から言い付かっていますので。」
うーん、なかなかに頑なだ。ギルドのオネー様方は軽くあしらってたのに。
「君のお父さんはいつも普通にしゃべってるよ?」
「……後で母に伝えておきます。」
「いやいや、別に責めてる訳じゃなくてね。それに、キミのお母さんだって、私を名指しで依頼を出してきたよ。それはちょっと断っちゃったけど……。」
「そのこともあって、マレビトさまには礼を尽くすように、と言われています。」
何故? 機嫌をとって今度は断らせないようにする為に?
「どうして?」
「あの依頼、本当の意味で成功してくれたのはマレビト様だけだったからです。」
聞いてみたら更に訳が分からなくなった。
「……いや、すごく大変だったけど、でも、ただの子守でしょう?」
フェクトの嫌がらせに耐えかねた人がいたとか、か?
「まあ、そう、なんですが……こう見えてフェクトはまだ良いんです。悪気が無いとは言いませんが、ただのいたずらの範囲で済みますし、飽きればそこで辞めますから」
そう言いながら、大人しくしているフェクトに目を向ける。ただの悪戯、とは言うものの、あれは気の弱い女性なら気絶しかねない代物だったのだが、彼にして見れば稚い悪戯に過ぎないようだ。
今はもう大分静かだが、これが飽きた状態と言うことだろうか。ひたすら暴れまわった後はおとなしくなるなんて、まるで遊び盛りの子猫みたいだ。フェクトのほうを向いていたら、セムが再び口を開いた。
「初めて、なんですよ。ゼナゥが家族以外に懐いたのって。」
「へ?」
意外すぎる。可愛らしいが、泣き出したらものすごい子だったりしたんだが、泣き止めばおとなしくて手のかからない良い子だった。そう言えば、ゆっくりと左右に首を振って答える。
「いつもは、他の人がいる間中、泣き続けなんです。だから、いつもギルドの人たちにはフェクトの面倒だけ見てもらっていた有様で……。気付いたらなんか、誰に教えられたか悪戯の度合いがどんどん酷くなっていってしまってたんですよね。」
最後の方は遠くを見たまま乾いた笑いがこぼれていた。うん、やっぱりお兄ちゃんでもちょっと抑えるのが大変だったっぽいな。
と、いつの間にか人の目も気にせずに歩いてきてしまったけど、もう目的の店がすぐそばだった。今回もまたエメラさんセレクトのお店だ。そういう点ではナイルは役に立たないのは既に学習した。
だが……これは……。
一瞬、なんと言うべきか迷う。けれど、ここは一応確認を取るべきであろう。
「あのさ、セム。私の目的地の一つ、一応ここだったりするんだけど……一緒に入る?」
何と言うか、そこは、地球で言うところのファンシーショップ的なところだった。こういう所、男の子って入りづらいんじゃなかろうか……。セム君は特に、ことによってはフェクトでさえも。て言うか、エメラさん、何でここをお勧めに??
セム君は質問の意図を図りかねたように一瞬きょとんとした表情を浮かべた。ああ、そういう顔も新鮮でいいね。もしカメラがこの場にあって、今の写真を撮っていたら、ギルドで高く売れたことだろう。
セム君は最初どこの店のことか一瞬分からなかったらしい。まあ、確かに普段私が持っているものとはかけ離れている。支給品だから贅沢をしていないわけではなくて、ただ単に華奢なものや派手派手しいものより、シンプルな実用品の方が好みなだけだが。だから、きっと目的の店がここだとは思わなかったのだろう。
私だって、多分、エメラさんのお勧めで無ければこの店に入る勇気は無い。女子力が地球にいた頃から低かった人間にこういうものを求めてはいけない。セム君、キミの予想は決して外れたわけじゃないんだ、文句があれば神殿へお願いします。
「お……私は、ここで待ってます。」
彼はしっかりと店を認識すると、一歩下がって遠慮してきた。
そんなに嫌か、と微笑ましい気持ちで思えばその彼の後ろであのフェクトでさえ首を高速で左右に振っていた。うん、やっぱりそうだよね、キミらぐらいの男の子はこういう所は入れないよね、男の娘でもなければさ。
どうでもいいけど、セム君さっきから何度か"俺"って言いかけてるよね。普通に話してくれて良いんだけどなぁ……。さて、どういう理由でエメラさんがここをお勧めにしてくれたのかは分からないけれど、とりあえず入ってみましょうか。
「ゼナゥは一緒に来る?」
そう尋ねれば、無言のまま可愛らしく頷いた。やっぱり可愛いなぁ、可愛らしい子はその存在だけで和むよね。フェクトなんかは慄くように己が弟を見つめていたけど、果たしてその余裕がいつまで持つことやら。こんな少女趣味全開の店先に、何時まで二人で立っていられるのかな。とても、楽しみだ。




