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「では、私はこれで神殿へ帰りますが、くれぐれも気をつけてくださいね。」
「分かってます。もう子供じゃありません。」
「そうですね、しかし貴方が外見上子供に見えることも、身体能力的にも子供並みであることもまた確かです。つまり、そう思って侮る者がいる可能性もあります。この左街の住人でしたら既に貴方のことを知っているでしょうから問題は無いでしょうが、この街とて閉鎖されているわけではないのです。外から来た者にとっては貴方はただの子供と同じことでしょう。これから行く先で何かあるとは思いませんが、少なくとも、自ら問題に首を突っ込むような真似だけはしないでくださいね。」
「私、確かに過去無茶をしたことは認めますが、流石にそこまで向こう見ずじゃないですよ……。」
「とにかく、無理だけはしないでくださいね。」
「分かりました。」
と、そんな風にナイルと別れてからまだ1時間と経っていないはずなのだが……。
「……どうしてこうなった?」
勿論、さっきの会話でフラグが立っちゃって…なんて話ではない。その方がある意味では良かったかもしれない。少なくとも心労的な意味では間違いなく……。
「……本当に申し訳ない。マレビト様。」
そう頭を下げるのは大人と呼ぶにはまだ線の細い、しかし子供と呼ぶのは躊躇われるような、そんな微妙な年頃の少年だ。肩口まで伸びている艶やかな黒髪がさらりと流れ、褐色のうなじが覗く。頭を上げてくれるよう頼めば、深い藍色の瞳には謝罪と疲労の色が滲んでいた。
そんな彼に首根っこを捕まれて、ローティーンと思しき少年が暴れている。少し赤味がかった癖のある金髪に色白の肌、おとなしくしてれば宗教画の天使像のごとき顔を歪ませ、きれいな碧玉の眦を吊り上げて口汚く文句を言っているのは、言わずもがな、この近辺を代表する悪ガキの一人であるフェクトである……。
逃げ出そうとしているフェクトを押さえつけている、大人と子供のハザマの妙な色気を持つ背の高い少年の名はセム、フェクトの兄だ。
そして、そんな兄二人のことなど我関せずといった態で――少なくともセムの疲労の一因ではあるはずなのだが――私の腰にしがみついて離れない、フェクトよりも小さな男の子。セムと同じような黒髪に、色白の肌、彼らの母であるヴァシーに良く似た新緑の瞳、こちらも見た目だけは可愛らしいが非常に手のかかるバルドゥク家の末っ子ゼナゥだ。
あまり色合い的には似ていない三兄弟だったが、これが両親共に揃うとそれぞれ引き継いだ特徴が見て取れ、家族なのだな、とよく分かる。顔立ちも強大としてはそれほど似ている方でもないが、三人とも将来が楽しみな容姿をしていることは共通している。
だが、見た目に騙されてはいけない。
自らもギルドに所属しているセムは除くが、雑用系依頼を専門に遂行するギルド員たちの間でブラックリスト入りしているのが彼らの子守、という内容的にはどこにでもあるような依頼なのだから。一度受けたら、二度と誰も受けたがらないと有名なその依頼は、セムが学校に通うようになった数年前からほぼ常時張られ続けているらしいとの噂だ。
ただ買い物を楽しみたかっただけなのに。極悪兄弟二人組み+αに早々に遭遇してしまうだなんて。
……本当、どうしてこうなった。
一度憑いたら離れない……まるで子泣き爺の如きゼナゥを腰に貼り付け、現在買い物続行中。漏れなく妙に色気を振りまいている美形の兄とこまっしゃくれたクソ生意気なガキがついてきます……って感じ?
付属品がセムだけだったらギルドのお姉さま方はさぞかし狂喜乱舞されることだろう。小遣い稼ぎやらバイト感覚の少年達の中でもセムはギルドのお姉さま方の間で類を見ない人気ぶりだ。両親ともそれぞれに美形だから当然のごとく美形で、更にそれだけでなく、母親の形質を強く引いているセムはこの町の中では異国情緒漂う、といった感じに見られるらしい。
まあ、私から見れば皆外人さんだけど、確かにそういうところも不思議な色気の理由なのかもしれない……。明るい髪色、明るい肌の人が多い中で、鴉の濡れ羽色の髪に褐色の肌のセムは人目を引く。好意的な目は多いけれど、それなりの苦労もきっとあることだろう。例えば同年代の同性からの嫉妬とか……。でもそこら変は今の私には関係ないわけで。
今一番何が言いたいかというと、重い。引きずっているわけではないんだが、ゼナゥが重い……。子泣き爺とは恐らく育児疲れの母親の気持ちを妖怪化したものだったのだろう、という思いが沸いて来る。これはヴァシーの依頼から逃げまくっていたツケが回ったのだろうか。
だけど急ぎってわけでもなかったし、継続希望なんていわれても体力的にまず無理だし、できれば他の仕事が出来るなら私だってそっちが良かったんだから仕方が無い。子守なんて一見簡単そうでその割には高給だが、何と言うか……この兄弟に限っては割に合わない。今でさえたった数分しか一緒にいないのにこのザマだもの……明日の筋肉痛は免れそうに無い。
はぁ……。
思わずため息も漏れるというもの、仕方なし荷何度目かになる提案をゼナゥに持ちかける。
「ねえ、ゼナゥ。お願いだからちょっと離してくれないかな?」
しかし、見た目だけは愛らしい少年(というか幼児か)は手を離すことは無く、首を横に振るばかりだ。
もうこうなったら最終手段、とその場で勢いよくしゃがみこんだ。急に手が下に引っ張られたことにびっくりして漸くゼナゥは手を離してくれた。離さないで転んでしまったらどうしようかと思ったが、一応作戦は成功したようだ。
急な動きだったのに、ゼナゥの後ろに回りこんでくれていたセムに目だけで謝って、そのまま丁度同じ位の高さのゼナゥと視線を合わせる。どこを掴むべきか迷っているのかさまよっている手を握りこんで微笑んでみる。
決して嫌われてはいないと思うのだけれど、この子は一度も声を発してくれたことは無い。とは言っても耳が聞こえていないわけではないようだから、言葉だけで通じないということは無いと思うけれど、それでも、言葉以外でも伝わるように、その小さな手をやさしく握り締める。出来る限り、きつく聞こえないように優しく言うよう心がけて。
「急にしゃがんで、ごめんね。でもね、ゼナゥが服を掴んでると、とっても歩きづらくて大変なの。それに、今みたいに私が急に動いたらゼナゥも大変でしょう? だから、服は掴まないんで欲しいんだ。」
分かる? と尋ねれば悲しげな顔で、けれど今度は首を縦に振ってくれた。
「それじゃ、手を繋ぎましょう?」
そうにっこり笑うと、一瞬びっくりしたような顔をして、それからゼナゥもにっこり笑ってうなずいた。ほんと、笑うと可愛い子なんだけどなぁ……。




