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「あ、四の鐘が鳴りましたね。」
質問についてはうやむやに誤魔化そうと思っていたところに丁度よく鐘の音が響いた。
「あら、何かあるの? そういえば、今日は来るはずの日ではなかったのにどうして?」
オルドさんも話題の転換については異論は無かったようだ。
「今日は銀行に用事があったんです。で、少し早めについてしまったから少しギルドによっていこうか、と言う話になりまして……。」
「そうしたら、ああなってしまった、と言うわけね。」
「です。」
「それは、災難だったわね……。」
そんなしみじみと言われるとちょっと悲しくなる。私だって、まさかこんなことになるとは思いもしなかったよ。まあ、ナイルの意外な一面を知れたって事で良しとしとくか。
「あら、あちらも終わったみたいよ。」
オルドさんの声に促されて壁の向こうをうかがってみれば、ナイルが私を探しているようだ。自分が何をする為にここに来て、何をしてしまっていたか漸く気付いたらしい。手を振ってみるとこちらに気付いたようで、あわてた様子でやって来て――。
「申し訳ありません。」
膝を付いて謝った。膝を付いたのであって、跪いたわけではない。彼が座った私に視線を合わせるにはしゃがまないと無理だと言うだけな話だ。その身長が五センチメートルでもいいから欲しいと思うのは贅沢な望みだろうか……。その姿勢がまるで騎士のように様になっているのもまたムカつくのだが、これは低身長に悩む人間の僻みだ。
「気にしなくていいですよ。こうしてお茶も飲めましたし。」
そう言ってみたら、どうもお茶を飲みきるくらい時間を無駄にした、とでも受け取ったようで再び謝罪しながら項垂れた。平均身長よりも高い奴にいじけられても邪魔なだけなんだけど、とは言わない方が良いんだろうな。
そして、クレオさん。鬼の首でもとったような顔して笑って見てるのはどうかと思いますよ。
振り返ったナイルがニヤニヤ笑うクレオさんと再び舌戦を始めそうになったところを、オルドさんの助けを借りてさっさとギルドから脱出。一体、何しに来たんだろう私。別にこそこそとしてる必要は無かったわけだし、ついでなんだから明日の仕事を決めておけばよかったんじゃないだろうか……。過ぎたことはどうしようもないけど。
あの混乱した頭ではきっとまともに思考なんて出来なかったのだから、これはこれできっと良かった、そう思おう。でないとやってられない……。
でかい図体で悄然としているナイルの手を引き――後見と言うならもう少し確りして欲しいものだ。ほんの少し失敗したからといつまでもうじうじ鬱陶しい。失敗したなら次で取り返せばいいだけなのに。――、ギルドから出て十数歩、そこが銀行だ。
そうと知ってみればこんなに近くにあったのに、まるで今まで気がついていなかったのだから人間の目と言うのは不思議なものだ。
ギルドと同じような入り口の五段ほどの階段を上り、扉を開け……ここもか、貴様!! 低身長の人間に対する嫌がらせか。何なんだこの如何にも中世欧州風異世界ファンタジーです的雰囲気の重厚な扉は!! 分かった、私ここに銀行があることに気が付かなかったわけじゃない。あんまり雰囲気似てるから、多分ここをギルドの続きだとでも勘違いしてたんだと思う。元は同一機関だったと言うのだから、雰囲気が似ているのは当然なんだろうけれど。
とりあえず、扉の前で立ち往生していても仕方が無いので、引っ張るときにつかんでいた袖を下に引いてナイルを促す。非常に不本意だが、これが一番確実だ。
「ナイル、着きましたよ。開けてください。」
全体この世界の建築基準は間違っている。銀行にお遣い……に来る子供がいるかどうかは別として、もしいたとしたらその時どうしろって言うんだ!! いや、そもそも十歳に間もなくなると言うフェクトが私より大きかったりするのだから、私が特別ちい……いや、そんなことは無い。きっと親のフェルディモータが大きいからフェクトも大きいんだ、きっとそうに違いない。この際、ローティーンまでは女子の方が成長が早いなんてことは気にしてはいけない。
などとあらん限りの文句をぶつくさと言っている間にナイルも立ち直ったらしい。うん、自分より混乱してる人がいると落ち着いたりするよね、でもさ、開ける前に一言声をかけて欲しかったな。
どうして初対面の銀行員の方に生温い目で見られなきゃいけないのかな、私は。もう少しいろいろ考えようよ、ナイル。きっと、こういう気の回らないところもヘタレ認定の原因なんだろうな……。
「では、こちらに署名と拇印の捺印をお願いいたします。」
言われたとおりにサインをして、捺印する。サインだけではなく、捺印が必要なところに創設者が日本人であることが感じられた。これ、持ってる人なら印鑑でもいいらしい。大抵の人は持っていないらしいからか、聞かれなかったけれど。尤も、この世界の印鑑は印鑑っていうより印章っていう感じだ。細長い円柱あるいは角柱の底面に名前が彫ってあるのではなく、円盤形のペンダントトップの片面や管玉のような円柱の側面に動物や幾何学模様の意匠が彫られていたり、指輪に印面が彫られていたり、といったような。
そういえば、私がこの世界にくるときに持っていた荷物はどこにあるのだろうか。記憶には無いが身一つでアトルディアの滝で保護されたということだから、滝つぼにでも落ちてしまったのだろうか。あの中になら判子が、シャチハタでも機械彫りの三文判でもない、就職祝いに彫ってもらった判子が入っていたのに。
ああ、こんなことを思い出すとまた泣きたくなってしまう。この世界で生きていくことを受けれたつもりでも、まだ、こういう風に日本を思い出させるようなものを見ると、普段は忘れている郷愁の念が蘇る。何をしてでも帰りたいと思う気持ちが首を擡げる。
でも、その一方で、あの夜の話し合い以降、この世界が私が生きていく世界なのだという漠然とした確信のようなものが胸の奥底で熾き火の様に燻っている。二つの相反する思いが拮抗している状態が、偽らざる現在の私の心だ。
「アトルディア様、口座開設の手続きは完了いたしました。ただいま、通帳を作成しておりますので、暫くお待ちください。」
物思いにふけっている間に、銀行側の処理は終わったらしい。捺印後にいろいろと記入した紙を持って席を離れていた銀行員がいつの間にか戻ってきていた。
銀行での手続きは、日本に居た頃と同じだった。口座を作ったのなんて、大学入学時と就職が決まったときの2回だけ、しかも二つ目の口座には、結局口座開設時に必要な1000円ぽっきりしか入ることは無かったけれど……。
建物と人が日本とはまったく違うことを除けば、やっていることは同じことだ。建物そのものはギルドに似ていたが、雰囲気が正反対だ。ギルドを百倍真面目に、百倍堅物にしたらこんな感じになるかもしれない。窓口は立って手続きをするギルドと違って、どこも台が低く椅子が用意されている。一つ一つの窓口がパーテーションで区切られていて、半個室状態だ。パソコンもコンピューターもない世界での、手続き処理時間がかかることへの当然の対応なのかもしれなかった。
一つ、手続きの中に日本とはまったく違うことがあった。この世界にATMは存在しない為、暗証番号の設定をする必要が無く、キャッシュカードも無いということだ。お金を入れたり下ろしたいときは、身分証明書と通帳を持って本人が窓口へ行かなくてはならない。例え委任状を渡したとしても本人以外は認めれられない。
因みに、この身分証明書にも格があるらしい。誰でも申請すれば取ることが出来るのが国が出している証明書、次にギルドが一般のギルド員に与えているギルド証、最後がより多くの功績を残し、且つ人品卑しからぬギルド員(選定基準に問題があると訴える人物は少なくない)にのみ与えられる特殊なギルド証と神殿が発行する証明書だ。
何と、神殿からの証明書の信頼度というのは最高ランクで、欲しいからって手に入るものではないらしかった。だからこそ、ギルド本部長のエルド女史は神殿の後見が得られるのであれば利用するのが手だと言ってくれたのだろう。今更ながら、女史の言葉を理解した。
「アトルディア様、大変お待たさせ致しました。こちらが通帳となります。登録内容のご確認をお願いいたします。」
通帳と言われて渡されたのは、日本の通帳よりは少し大きめ、バイブルサイズくらいの大きさの薄いノートだった。薄いといってもこの世界での基準で、日本で一般的に使われているノートくらいの厚さはある。
一ページ目を開いてみると銀行名と支店名、口座番号があり、名義人の署名欄と押印欄があった。更にページをめくれば預金のページとなっており、先ほど頼んだ金額がそのまま記されていた。日本で作った通帳だと、貯蓄預金と普通預金のページがあったが、この世界の銀行ではそういう場合は通帳そのものを別にするのだそうだ。誰もが貯蓄もする、というわけでは無いのだろうから、恐らくは紙の無駄遣いを防ぐ為なのだろう。
金額の確認まで終わると、丁度良いタイミングで最初のページへの署名と捺印をするように言われた。銀行の通帳といってもこの国では公共の場においても本名を名乗ることはない為、名義はタキ・アトルディアだ。名前を書き、指印をするとこれでひとまず手続きは終了となる。
「失くされますと、悪用される危険性もございますのでお気をつけ下さい。もし、万一失くされた際には、ご連絡をいただき次第、即座に口座を凍結いたします。営業時間内であればこちらへ、時間外であればギルドへ、忘れずにご連絡いただきますようお願いいたします。」
「分かりました、ありがとうございます。」
失くすと悪用されかねない、というのは世界が変わろうとどこも一緒のようだ。オタク仲間にも時々勘違いしているようなのがいたりしたが、異世界は決して理想郷なんかではないという良い証左だ。
紛失した場合の手続きのみとはいえ一日中対応可能だというのは、終日営業(あれは営業というのだろうか?)しているギルドとの提携あってこそだろう。元が同じというだけでなく、そういう点でもギルドとの関係は切れるものではないのかもしれない。なくさないように通帳をバッグの内ポケットにしまうと、再び銀行員が口を開いた。どうやらまだこれで終わりという訳ではないらしい。
「他国における銀行施設利用申請の手続きはなさいますか? 今こちらで行いますと、先ほど身分証の確認をさせていただきましたので、手続きの多くを省略することが可能となりますが……。」
当分、この国どころか街を離れる予定すらないのだが、どうすべきかと迷っていると、今まで隣で静かに黙っていたナイルが口を開いた。因みにナイルは後見人として確かに私がアトルディアであり、既に成人している(ここ重要!)ことを証明する為にわざわざ一緒に来てくれたのだ。私の身長が、外見が年相応の人並みの姿であったならば、必要は無かったと思われる。彼には余計な手間をかけさせてしまった。
「あったほうがいいでしょう。今後急ぎで国外へ行くことになった場合、無いと不便ですから。」
「えーと、そういうことみたいですので宜しくお願いします。」
「はい、承りました。」
アウトラーシェン以外でも銀行を使えるようにする手続きはただ数枚の書類に署名するだけだった。利用許可証は後日ギルドから発行されるとのことだ。これで漸く、銀行での全ての手続きが完了した。
さあ、次は久々の買い物めぐりだ!!




