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「あーら、小憎たらしいクソガキのナイル坊やが何の用かしら? とうとう神殿を首にでもなったのかしら。」
「相変わらずのようだな、若作り。年々化粧の腕も上がっているようで何よりだ。だが、あまり表情筋を動かすと化粧が剥げるのではないか?」
「見た目だけじゃなくて口も達者になったようだけど、頭の方はどうかしらね。」
「少なくともお前よりはマシだろうな、脳筋女。」
「はっ。頭でっかちで剣の一つも持てないようなヘタレた男に言われたって僻みにしか聞こえないわね。」
一体これはどういう状況だろう。ギルド内にナイルが入ったとたんに何故かいきなり頭上で舌戦が繰り広げられ始めた。内容は子供の喧嘩レベルの悪口雑言の連発なのだが、それを行っているのは窓口のお姉さんことクレオさんと、ナイルの二人だ。
というか、こんなナイルは初めて見る。これは本当にナイルだろうか、いつもの温厚な姿は特大の猫だったのか? いや、それ以前にこれは本物のナイルなのか? 偽者? いや、でも、クレオさんの話し方だとこれが標準っぽいし? 初めて見るナイルの一面にある意味で私は混乱していた。
なんとなく、仲悪いのかな、と以前思ったことはあったけれどこれは想像以上だ。
アトルちゃん、と呆然と二人を見上げていた私に後ろから小さな声がかかった。振り向けば、ギルドにはあまり似つかわしくない感じが拭えない、ほわほわとした雰囲気の女性。
「こっち、こっち」
と、手招きされて向かったのはちょっと陰になってる休憩スペース。普段はギルド員たちの待ち合わせやなにやらに使われている場所だ。言われるままに椅子に座っていると、先ほどの女性がお茶を二つ持ってやってきた。
「あの二人、会うといつもこうなの。始まると暫くかかるから、お茶でも飲んでましょう。」
未だ鳴り止まない応酬を聞きながら、お茶を飲む。始めてみる光景に思わず固まってしまったが、何とか人心地ついた。
「びっくりしたでしょう?」
隣に座る、お茶を持ってきてくれた女性がそう微笑みかける。なんとなくそのまま着いて来ちゃったし、お茶ももらっちゃったんだけど、そういえばこの人は誰なんだろう? ……あれ?
・知らない人についていってはいけません。
・知らない人から何かもらってはいけません。
ふとそんな言葉が浮かんだが、とりあえず、気にしないで置こう。これって、小さい子に言うことだし。うん、私は大人だ。だから(?)大丈夫だ。それに、この人は私を知ってるようだし……。
知人の振りをする知らない人は特に危ないと、小学生の頃の担任の言葉が頭の中をよぎったが、気にしてはいけない。
そう、知らない人なら知ってる人にしてしまえば良いのだ。まあ、さっきカウンターの向こうから飲み物持ってきたから、たぶん職員の一人なのだろうけど。
「びっくりしました。ところで、貴方は誰ですか?」
「ああ! ごめんなさい。そういえばこうして顔をあわせるのは初めてだったわね。いつも窓口の裏から見てたから、つい初めて話すって事を忘れていたわ。」
やっぱり、職員の一人という予想は外れていなかったみたいだ。
「私はタクス・オルド。いつもはここの事務をしているわ。この間は私の休暇中に書類を減らしてくれてありがとう。急に実家へ戻らなくちゃいけなくなったんだけど、帰ってからのことを思うと憂鬱だったのよ。きっと、書類が山のようになっているんだろうな、って。それが帰ってきて吃驚よ、予想の半分以下、それどころかほとんどがちゃんと私が手をかける必要が無いくらい整理されていたんだもの。だから、ずっと貴方にお礼を言いたかったの。なかなか時間が合わなくて言えずにいたのだけれど、今日来てくれて良かったわ。本当にありがとう。今後もぜひ手伝ってくれると嬉しいわ。ううん、もうこの際ここに就職しちゃわない!?」
オルドさんはほわほわとした外見にそぐわず、一息にそこまで言い切った。肺活量凄い。
というか、この人が脳筋だらけのギルドを陰で支えている、いわば縁の下の力持ちだったとは。でも、ここで働いているんだから、こんななりをしていてもやっぱり相応の実力者なんだろうな。人は、見かけによらないものだ。
ギルドへの就職話をそれとなく逸らしながら雑談を続けること数分。
未だ、ナイルは戻ってこない。もしかして、今日ここにきた理由を忘れてやしないだろうか……。そんな考えが浮かぶも、こんなナイルを見れる機会などそうは無いので、折角だからと壁の裏側かっらこっそりと観察を続ける。
毎日顔を会わせているというのに、こういう面もあるなんてまったく知らなかった。私の知っているナイルは仕事ばっかりしてて、いつも小難しそうな顔をしてる、なのに私に対してはまるで小さい子を持った母のように時にウザイ程に甲斐甲斐しく、時に苛立つほどに過保護で融通が利かない、でも最後には折れてちゃんと話を聞いてくれる、そんな人だ。
アカシェと話をするまでは、ナイルが折れてくれるまで粘る前に、私が話を放棄することが多かったから言われるまで気付きもしなかったけれど。
でも、あの頃はこの世界の人たち皆が拉致監禁犯であるこの世界の神と同じようなモノにしか思えてなかったのだから仕方なかった、と言っても文句は言われまい。まあ、まさか帰りたいと言った次の瞬間にその可能性を全否定されるとは思わなかったが。
逆にそう言われて吹っ切れたのは事実だ。
感謝すべきかどうかは知らないが、あれで一応腹は括れたし、それなりに公平にこの世界の人たちを見られるようになったと思う。お陰でナイルと歩み寄ることも出来て、話もちゃんとするようになって、それで、何となく彼のことを判ったような気になっていたのだ。こうして新たな一面を見せ付けられて、今更ながら、私は彼について何も知らなかったのだと気が付いた。
「あの、オルドさん。」
「なあに? あ、私のことはタクスで良いわよ、もしくはタクスお姉さん、とか。」
ああ、ここにもエメラさんの同類がいた。
タクスさんと呼ぼうかどうか迷ったのだけれど、“お姉さん”のところをあからさまに強調し、期待たっぷりの目で見るものだからそれを無碍にするのは流石に気が引けた。
「あ、えーと、タクス、お姉さん。」
「はいはい、何でしょう?」
満面の笑みで答えてくれるオルドさん。まあ、本人が喜んでいるのだからこれで良いんだろう。気を取り直して、改めて聞く。
「クレオさんとナイルって、いつもこうなんですか?」
「残念ながらね。あの二人って昔っからああなのよ。何が気に食わないんだか、小さい頃からナイル君ってばクレオに噛み付いてばっかりだったのよね。クレオも放っとけば良いのにワザと煽る様な真似をして、気付けばお互い目が合った瞬間に聞くに堪えない言葉の応酬をするようになっちゃったって訳。ここ数年はお互いエグザーダナを離れてたし、こんなことも無かったんだけどね。
あ、もともとクレオはこの国出身じゃないのよ、この国にはファーっていうマレビトに付いてこの国に着たんだけどね、何を思ったか数年前急に引退してここに居つくことになって。そうしたら、去年ナイル君も祭都から戻ってくるって言うでしょ? 昔から住んでいた人は皆思ったものよ。「またうるさい二人組みが揃うのか」って。
一応、祭都でナイル君が修行を積んできたわけだからその成果にかけてはいたんだけれどね。
結果はご覧のとおりよ。街の住民たちのある意味では予想通りに復活してしまったの。」
あんな風にね、とオルドさんは壁の向こうを指差した。
ふと、オルドさんの言葉に引っ掛かりを覚える。何が気になるのだろうと考えてはたと気が付いた。
「あの、クレオさんて、お幾つなんですか?」
確かナイルは二十年以上前に祭都の神殿へ行ったと聞いた。実は彼はああ見えて疾うに三十を越えているらしい。誰がそんなこと信じられるかと、聞いた当初は思ったものだ。何でも高位の神官、つまりはそれだけ資質があるということらしいのだが、そうなるとただの人間であっても、長生きなんだそうだ。ツェフじいちゃんなんて間もなく二百の大台に乗る、というのだからこの世界絶対おかしい。そのツェフじいちゃん曰く、アカシェに至っては正確な年を本人以外知らないというのだから、まあ、あれだ。考えるだけ無駄ということなんだろう。
それはさておき、そのナイルが小さい頃? クレオさんは現役のギルド員としてこの町に、マレビトと一緒に訪れた? もしかしてそれは、ナイルが助けられたと言うマレビトなのだろうか。そんな疑問も出てくるが、今重要なのは、二十年以上前に現役でギルド員やっていたとして、当時、仮に十代だったと仮定したとしても――十代で国を越えられるだけの実力者になれる筈も無いのだから相当無理やりな想定だが――現在三十代後半??
どう見ても二十代にしか見えません。
しかも、これは相当無茶な想定だから確実に有り得そうな年代と言えば、当時三十代以上だと仮定するのが妥当だろう。ここは世界が安定した地球とは違う。かなりの実力のあるギルド員でも、最も状態が不安定な国境付近を越えるのはかなり厳しいと聞いた。
護衛されてくるならまだしも、ギルド員として実力で通ってきたとなると、相当な実力者だ。そこまで辿りつけるのは、神官と同じく適正が高く更にその適正を伸ばすべく長年努力していた人間だけとなる。少なくとも人間種ならば最低でも三十代でなければおかしい。……となると、今あの人最低でも五十代? あの、小学生じみた言葉の応酬している片割れが?
でもって、何となく聞いてはいけないという本能に従って聞けずにいるのだけれど、その当時のことを懐かしそうに話すこの人も一体いくつだ。ナイル“君”と呼んでいるところからして、ナイルより年上なのは確定だろう。どうみても、オルドさんのほうがナイルより若く見えるのに。
……この世界、やっぱりおかしいよ。
結局、質問の答えは得られなかった。いや、にこやかにふふふって笑ってるのって本当怖いんです。




