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「えーと、五十円玉みたいなのが青銅貨で一ベクで、五円玉みたいのが半銅貨で六ベク、十円玉みたいなのが銅貨十二ベク、イコール一セクトと。」
寝台に小さな金属板をいくつも並べて何をしているかと言えば、通貨の勉強だ。
実を言えば、今まで通貨のことをよく分からないままでいたのだ。あり得ないような話だが、言われるままにどんな形のコインを何枚、と支払いをしていたのだ。
滅多に買い物をしなかったのと、大抵傍に人がいて、マレビトを騙そうなんて人がいなかったおかげでそれで何とかなっていたが、流石にこのままではマズいのでしっかり覚えようと、ある程度貯まったお金を出して見ていたのだ。
青銅貨が最小単位に当たり、単位はベク。白銀色をしていて、最初それが青銅だとは分からなかった。銅貨になると単位はセクトになり、十二ベク=一セクトである。因みにこの銅貨と半銅貨、銅貨とは呼ばれているけれど実際は銅の割合が高いだけでこれらもまた青銅なのだそうだ。穴の開いた白銀色のものを青銅貨、穴の開いた黄金色のものを半銅貨、穴のない赤金色のものを銅貨と呼ぶのが慣わしらしい。
日本円みたいに単位が一定だったら良いのに、とも思っていたけれど、基本が十二進法なので今となっては単位そのものがかわってくれるのは非常にありがたく感じる。でないと頭がこんがらがりそうでおちおち買い物も楽しめない。
更に貨幣価値が高いのはまず一分銀。これは銅貨二枚分と同じで二セクト。その上の銀貨は一分銀十二枚分で十二セクト、ここでまた単位が変わり一パラと呼ばれる。その上には金貨がありこれは銀貨十二枚分に相当する。再び単位は変わり、金貨一枚は一ユナである。更にその上に大金貨という日本で言うところの大判にあたるような金貨があるが、これは通常流通しているものではないそうだ。
大金貨はその時々で作られる大きさが違うらしく、一枚あたりの価値もその都度異なるらしい。決まっているのは、最低十二ユナ以上の貨幣価値であるということだけのようだ。
日常生活の中では、大金貨はもとより、金貨も銀貨もあまり目にすることはない。利便性から通常は一分銀まででさまざまな支払いなどが行われるのだそうだ。そのため、銀貨以上は流通量そのものが少なく、滅多に出会うようなものではない。
日常的に出会う職業の人たちがいるとすれば、それは街の外での危険な仕事を請け負っているギルド員たちが多いらしく、そういう点からもギルドというのは子供たちからすると憧れの職業なのだという。尤も、ほとんどの人が成長過程でギルドに所属することを諦めていくようだけれど。憧れから十二歳を期に登録はしても、街中での小遣い稼ぎに終始してしまい、結局自力で街の外まで出られるようになるのはほんの一握りなんだそうだ。
そう考えると、かなりの額の給付金をもらっていることが心苦しくなってくる。ある意味での慰謝料も込みにはなっているのだろうから気にすることもないのだろうが。
話は逸れたが、さすがに知らないままなのは拙いとはいえ、どうして急に貨幣の勉強なんかを始めたかといえば、そろそろギルドからもらった報酬もまとまった数になってきたので銀行口座を作ることにり、その序にちょっといろいろと買い物をすることになったからだ。
銀行まではナイルが付き添うものの、その後は自分で買い物をしてくることになっている。まあ、所謂「初めてのお遣い」のようなものだ。この年になってそんなことをする羽目になるというのも物悲しいものがあるが、致し方ない。この世界にやってきて、大分私も諦めるということを覚えてきたようだ。
買い物をするのは文房具の類だ。普段から生活費を国からの給付金に頼っているのだから、文房具くらい神殿からの支給品でも良いと思うのだが、どうせなら気に入ったのを買ってこいとのことなのでお言葉に甘えることにした。
というのも、この度漸く学校へ通うことが決定したからだ。尤も、学期や学年の問題もあるので実際に通うのはもう少し先になるわけだが。貨幣について急いで覚えようと思ったのもそれが一因だ。
流石に自分よりも遥かに年下の子供たちと一緒に学ぶのに、お金のことすら知らないというのはあまりに情けなさ過ぎる。そんな訳で、今までの報酬を数えながら復習をしていたというわけだ。貨幣の数は五種、一円、五円、十円、五十円、百円、五百円という六種の硬貨を使いこなしていた日本人にとって覚えるのはそう難しいことではない…と思ったのだが、ここで足を引っ張るのが十二進法。暗算でお釣りを計算という高度な技法は当分使えそうにないということだけはよく分かった。
さて、現在の全資産はといえば、一分銀三十枚、銅貨五枚、半銅貨十五枚、青銅貨が七枚だ。つまり、二パラ六セクト+五セクト+七セクト六ベク+七ベク=三パラ七セクト一ベクとなる。うん、ややこしい。
四ケ月あまり働いて得たこの金額が多いのか少ないのか、自費で自活しているわけではなく、この世界の物価を把握すらしていない私には分からない。それは今後、神殿からひとり立ちした後非常に困ることになるということに、漸く気がついたのは情けないことについ最近のことだ。だから、ナイルからの話は正直、都合が良かったともいえる。いつもギルドと職場、神殿の往復しか基本的にしていない私には、物価を知る機会からしてなかったのだから。
これを期に、いろいろと一般的な人々の生活を学んでいくべきだろうなと考えている。買い物をすること自体久々なので、当然、それを楽しむつもりだ。
遠足前の子供みたいに眠れないなんてことはないが、似たような心持で明日を楽しみにして、眠りに落ちた。




