真夜中の訪問者
魔法と出会って2週間。明日は休日という夜、いつもは朝まで目覚めないのに今夜に限ってふと目が覚めた。
喉の渇きを覚え、指先に集めたピンポン玉大の水球に口を付け飲む。まるで無重力空間で水を飲むかのようだと、この飲み方に最近はまっているのだ。叶うはずもないと端から諦めていたが、かつて憧れていたのだ、宇宙飛行士に。
喉を潤し直近の生理的欲求が満たされると、どうにも外が気になった。無視して眠ることも出来なくはないだろうが、どうにも気にかかる、そんな感じだ。とりあえず、もう一度布団をかぶってベッドに潜り込む。羊を175匹まで数えたところで仕方ないな、と諦めてベッドを後にした。
客間の窓を開けると、むあっとした夏の夕立後に似た空気が入り込んできた。こんな風に不自然に目覚めるのはすでに数回目だ。そして、こういうときは必ず……。
ああ、やっぱりいた。
あの夜と、その後もあった幾つかの夜と同じように、今夜もまたアカシェがお茶を用意して待っていた。相変わらず神官長のところからティーセットを持ち出したらしい。毎度付き合わされる神官長も気の毒なことだ。
呆れ顔で近づけば、
「遅かったな。」
と、悠然とのたまう。
まったく一体何時だと思っている事やら。
「毎度こうやっていきなり睡眠妨害しに来るのはやめていただけませんか?」
せめて日のある時間に、それが無理だとしても、人を訪なうに相応しい時間と言うものがあるだろうに。
「だからこうして休日の前夜にしてやっただろう?」
確かに翌日の仕事の有無は重要だ。前回そのようにしろと文句を言ったような覚えもある。
「それでも、せめて先触れの一つも出せないわけですか。」
「そうしたらお前は断るだろう?」
その辺を面倒に思う性格はすでに読まれている。だが、それだけが理由でもないようで。
「それに、そんなことをすれば、否が応にも大事になる。お互い、それは望むまい?」
それは事実なので反論の余地はない。そんな人の関心を集めるような、それでいて利は薄く出費ばかりがかさんでしまうようなことを望もうはずもない。諦念を込めて溜息を一つ零した。
明日はせっかくの休日で、魔法でいろいろ遊んでみようと計画を立てていたのだが。まあ仕方がない、ここは腹をくくるべきだろう。どうせ、目が覚めてしまった時点でこうなることは目に見えていたのだから。
「で、今日は何用ですか?」
彼のことだから何もない、と言うことはないだろう。何か、確実に私に関係のあることを伝えにきたに違いない。もし、まかり間違って万が一にもただ単に茶を飲みに来た、などと言ったらただじゃおかないぞ、と言う思いを込めてアカシェを見つめた。
「いや、用と言うほどのことでもないのだが……一応忠告をしに、な。」
用がないなら帰れよな、という視線に気づいたか、途中でアカシェは言葉を変えた。
あの夜の「茶飲み仲間」発言は冗談だと思っていたのだが、時折こうして何の前触れもなくやってくるのだ。しかも、気をつけないとのらりくらりとかわし続けて、散々雑談に耽り、神や神族(彼にしてみれば血の繋がった親類のはずだ)への愚痴をこぼした挙げ句に、最後になっておそらく本題であっただろう言いたいことを言うだけ言って帰っていくのだから手に負えない。
王族とはそんなに暇なのか、と嫌味がてら聞いてみたこともあるが、暇ではないからこの時間に来ているのだろう、と返された。暇ではないならいっそ睡眠時間にでも費やせばいいものを、とも思うのだが、彼もまた様々なストレスの発散のために来ているのだろう。私の前にその役目を果たしていたであろう神官長に、それとなく感謝された覚えがある。仕事の邪魔をされる回数と離宮からの苦情がが減った、と。
かつてはどうも神官長をからかいにくることでその鬱憤を晴らしていたらしい。しかもそれは本来、宮で神族としての職務を全うせねばならない時間帯に抜け出してきていたようだ。こんなのが神の裔かと呆れるほかない地味な嫌がらせ振りである。
それにしても、彼が尋ねてこうすぐに本題を口にするとは珍しい。しかも忠告、とはどうにもイヤな感じだ。腐っても鯛というのは失礼な言い方かもしれないが、曲がなりにも彼は神族だ。つまりそれは神の子(彼自身は道具といい慣わしているが)であると言うだけでなく、最高位の神官の一人であり、神の言葉を直接聞くものであるということだ。
「忠告、ですか?」
「ん?まあ、忠告というか警告というか、要は気をつけろ、ということなのだが、最近魔法を頻繁に使っているな?」
「ええ、確かに。」
隠し立てするようなものでもないので正直に答える。大きな魔法を試すときなどは念のため結界を張って貰ったりしているので、神殿関係者に聞いたらすぐにわかることだ。
「小さいものはいいが、あまり大きなものは使うな。出来るのであれば小さなものも控えて貰いたいが、そうも行くまい。」
「理由を聞いても?」
折角見いだした楽しみだ、すぐに手放せと言われて出来ることではない。
「これは先に伝えておくべきだったのだが、まだお前は子供だから使えないだろうと思って油断していたのが徒となったな。他のマレビトについてはさておき、お前に関しては魔法の濫用は生死に関わる。」
「……詳細をお聞きしたいのですが。」
どうやら、今回はいつものような単純な話ではなさそうだ。居住まいを正し、アカシェの言葉に耳を傾けた。
「詳細を語る前に、さて、魔力とは一体何だと思う?」
「何だ、と言われても魔法の素である、としか分かりません。」
「では、魔法とは?」
「世界を改変する力、でしたっけ?」
「まあ間違いではないが、世界を改変する過程とその結果が魔法と呼ばれるものの正体だ。改変そのものを行うのは行使者の意思だ。魔力とはただの思いでしかない意思を形にするための材料、といったところか。「意思」という「手」によって、「魔力」という「粘土」を捏ね上げ形作る、それが魔法だ。」
何で私は夜中に起こされてこんな話を聞いているんだろうか。どうやら魔法の基礎的な話のようだし、これなら講義ででも教えてくれるんじゃないのかとも思うが、そういう内容を彼がわざわざ言うはずはない。とするならば、このことはあまり一般に広く知られていることではないのだろう。
「で、それが私の生死とどう繋がってくるんですか?」
だが、それでも今の私に必要なのはその一点に尽きる。まだるっこしいのはあまり得意ではない。出来ればスパッと最初に結論を言ってもらえれば助かるのだが。魔法を使ってはいけないと言うのなら、明日の予定は空くが、それならそれで寝ていたいと言うのが本心だ。
睡眠時間は大いにこしたことはない。
「まあ、焦るな。」
「焦りはしませんが、出来ればさっさと要点だけ話してくれないかな、とは思います。生死なんて重要なことでちまちまと話を進められるより、一気に本題に入って足りないところを後から補うほうが精神的な負荷が少なくてすみますから。順を追って、と言われるとなんだか真綿で首を絞められているような気分です。」
「順を追っていったほうが私にとっては楽なんだがな。」
「その分私にとっては苦痛です。このままだと途中で飽きて居眠りするかもしれません。」
「……生死に関わるのにか?」
「最後に要点だけ聞けばそれで良いじゃないですか。」
ストレス対処法には逃避という素晴らしい物があることを知らないのだろうか。
「仕方がないな。話を聞いてもらえないのであればする意味もない。」
「そういうことです。」
「要点だけいうならば、お前自身が魔力の塊でまだ状態が確定していなくて不安定だから、下手に大きな魔法を使おうとすれば、暴発して身体が崩壊しかねない、ということだ。そうなった場合、この街だけでなく、この国の大半を道連れにするだろう。」
「あまりに例えが大きすぎて理解し辛いのですが。」
「以前、お前の体は作り変えられた、といっただろう。」
覚えているが、頷くに留める。確かあの時は再構築、という言葉を使っていたが、意味はそれほど変わらないのでそのことだろう。
「それを成しているのは何だと思う?」
「……まさか、これも魔法ですか?」
「意思により世界を改変しているという点では同じだ。ただ、行使者が神であるというだけで。」
そしてそれは未だ途中だ、だからお前は子供の状態なのだ、と彼は言う。
「再構築は今も続いているんだ、お前の中で。」
そう言われて何となく理解できた。
体を作り変える、それは確かにある意味では世界の一部分を改変するのと同じ意味を持っている。生き物だとて世界の一部なのだから。
魔力を使って、私の体を作り変えていく。確かにそれは、魔法だ。そして恐らく、そのためには大量の魔力が消費され続けているに違いない。
「私が魔法を使うと、私の体になるために使われるはずの魔力を使ってしまうことになるんですね?」
「そういうことだ。良ければ、成長が遅れるくらいですむが、下手をすればそのために供給され続けている魔力すべてを暴発させることになりかねない。」
「だから、死にたくなければ魔法を使うな、と。」
暫し考えるような素振りで、慎重そうにアカシェは口を開いた。
「使うな、とまでは言わないが……先日のように多くの魔力を使うような魔法はやめるべきだろうな。ただの不発で済んだから良かったものの、それでもその分の魔力がお前から失われたのも確かだ。あれで、十年は成長が遅れることになるくらいの魔力は無駄にしたはずだ。大分、浪費したようだったからな。」
彼が言っているのは、庭で巨大な水の龍を作ろうとして失敗したときの話だろう。
一回目が不発で、二回目は途中で崩れてしまった。
あれで十年分の成長が遅れるのか……。確かに体から何かが急激に減っていく感覚はあったたけれど、まさかそんなことになるだなんて。
「分かりました。魔法を使うのは諦めます。」
大人になれば使えるようになるのだから、今使うことが子供の期間を更に延ばしてしまうというのなら、今は諦めるのも一つの手だ。
非常に残念なことではあるが。
「そう極端に考えることはない。それほど魔力を使わないようなものなら、多少は使っても大丈夫だ。食事や呼吸でも魔力は摂取できるからな。その範囲内で使う分には問題ないぞ。」
「そうなんですか? でも、最初に言ってたじゃないですか、魔法が使えないと思って油断してたって。」
それは使えると分かっていたなら、魔法を教えないようにさせていた、ということではないのだろうか。
だが、アカシェヲ首を横に振った。
「使えるようになったものを取り上げられるのはつらいだろう? 知らなければ、それが一番だったことに変わりはないが、だからといって問題ない範囲まで諦めることもない。」
特に地球生まれの人間は魔法に対し強い憧れがあるみたいだしな、と彼は続けた。
「じゃあ本当にこれからも使ってもいいんですか?」
「構わない。だが、限度があることを忘れてはだめだ。最悪はこの国を巻き込んでの崩壊だが、多少成長が遅れるだけならまだしも、また倒れることにもなりかねん。そうなれば予め危険性を知らせなかった、と言うことで私が口煩く言われることになるからな、気をつけて使ってくれよ。」
前半は本気の言葉なのだろうが、後半は冗談だか本気だか分かりにくいことを言ってくれる。普通ならば、場を和ますためとか、気を軽くさせるためとかもありえるだろうが、彼の場合は本気である可能性の方が高いように思えてしまうのは何故だろう。
「ああ、そうだ。もし、どうしても強力な魔法を使いたいと思うなら、アトルディアの元を訪ねてみると良い。」
「アトルディア?」
今は私の呼び名でもあるそれは、本来は水霊の名だった。
「たまには人の言葉を素直に聞いてみることだ。きっと、いいことがある。」
そこまでが彼の話したい本題だったようで、話が終わったのならと部屋に戻ろうかとしたのだが、気づけば結局はいつものごとくさまざまな愚痴を聞かされる羽目に陥っていた。
そんなわけで当然のごとく、翌朝は寝過ごし昼過ぎに起きていけば、神官長ことツェフじいちゃんに労われ、お菓子を貰った。
……あの人、完全に私が本当は大人だってこと忘れてるだろ。
規模の大きな魔法は当分使用禁止ということだから、ちまちまと細かな魔法の研究でも続けることにしてみるか。
いつか行くといい、と言われたアトルディア(そこに住まう精霊の名であり、その滝の名でもある)は今の私に行ける場所ではない。ギルドにはレベルなんていうものはないが、街の外に出るには一定以上の実力が在ることを認められなければいけないのだ。今の私では護衛を雇わなければ、街の外へ出ることは出来ない。
大規模魔法が出来るようになったところで、何かに攻撃したい、とかいう願望があるわけでもない。ただ、使えるものなら使ってみたかったというだけの事だ。あくまで私が望むのは身を守れる程度の力であって、それは多分、精霊の力を借りずとも、細かい制御を研鑽していけばいずれ得られる筈だ。
私に加護を与えた奇特な精霊に出会う日は、まだ暫くは遠い日のこととなりそうだ。




