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入り口の前で固まっていた私を解凍してくれたのは、受付のお姉さんの一人、クレオさんだった。
「アトルちゃーん、どうしたの?」
アトル“ちゃん”。不本意ながらギルド内一部における私の呼称だ。
「あ、えーと、大丈夫です。」
「そう?」
「はい。」
「じゃ、今日はどのお仕事にする?今日もご指名多いわよ。」
「んー、今日は早めに上がれるのでお勧めありませんか?」
「あら、珍しい。今日は何かあるの?」
「ナイルが――」
「あのヘタレ神官が?」
何故かは知らないけど、クレオさんとナイルは余り仲が宜しくないようだ。他のお姉さんたちはそうでもないのだけれど、クレオさんはナイルの名を聞いたとたん声が凍る。仲が良くも悪くもないならそんなことにはならないだろうし、浅からぬ因縁のようなものを感じるのは気のせいだろうか。ま、よくは分からないんだけど。
それはともかく――。
「やっぱり秘密です。」
まだ魔法が使えるかも分からないしね。大々的に言ってしまうと出来なかったときが悲しい。
「そう言われると気になるな~。」
「明日になったらちゃんとお話ししますよ。」
願わくば嬉しい知らせが出来るように。
「わかったわ。楽しみにしてる。」
「あんまり期待しないで下さいね。」
「はいはい。で、今日は早めに上がれる仕事だったわよね。いくつかあるけど……そうね、お勧めはこの二つ。」
そう言って取ってくれたのは二枚の依頼書。一枚目は――
「……バルドゥク家の子守。」
思わず顔が引きつるのを自覚する。クレオさんは気づいているのかいないのか、恐らく気づいているのだろうけれど、気にすることなく話を続ける。
「そ。どうやらこないだので懐かれちゃったみたいね。出来るのなら貴方に来て欲しい、ってヴァシーが言っていたわ。」
バルドゥク家の子供たち、既にギルドで働き始めている十五の長男を筆頭に、七歳の次男――天使のような顔立ちながら中身は真逆のとんでもないクソガキ――、三歳の末子とも全員容色が優れていることで有名な三兄弟だ。ヴァシーはその兄弟の母親。そして、エグザーダナのギルドの七大不思議に数えられているフェルディモータの奥さんで、滅茶苦茶美人で性格も良い。何で彼女が生んだ子供の中で次男ばかりがあんなにも悪戯好きのとんでもない子供になってしまったのか、それはまあ偏にフェルディモータのせいだろう、というのはギルドの総意だ。一方の三男は人見知りが激しく、初見であればまず姿を見ることすら難しいとさえ言われている。時折ギルドで顔を見たことがある程度の長男がどんな人物かは知らないが、次男と三男は方向性こそ違うものの紛うことなき問題児二人組みである。依頼に出ているのは、その下の二人の兄弟の世話なのだが、そんな訳で、時折ギルドに依頼されるものの不人気依頼のトップテンにランクインしている。以前、そうとは知らずに子供の世話と侮り依頼を受けてしまって後悔したのはまだ記憶に新しい。それにも拘らず、ヴァシーがまだまだ新米の私に指定じみた希望を寄せるのは、この依頼を上手くこなせた人物が片手で足るどころか、私が始めてだったらしいことに由来する。
しかし、肉体年齢がどうあれ、流石に容赦という言葉を知らない小学校低学年と保育園児の相手は疲れるわ。ヴァシーには悪いと思うが、彼らは、私の手には余る。
「それは、例え時間外手当がついたって遠慮します!」
「それは残念ね。じゃあ、今日はこれかしら?」
口ほど残念そうな表情もせずに次の一枚を取り出す。その用紙の依頼人はよく見覚えのあるものだった。
「あれ? これってここからの依頼ですか?」
「そう。脳筋ばかりのギルド員じゃ、中々ここの仕事って勤まらないのよね。」
「仕事内容は簡単な事務処理、必要能力読み書き及び単純な計算……。」
「いつもの子がちょっと今帰省中でいないのよ。だから、ほんの少しのお手伝いでもしてもらえれば嬉しいわ。」
「もしかして、こっちの方が本命でしたか?」
「さあ、どうでしょう?」
難易度の高い要求を先に出し、後から出す容易な要求に応えさせるというのはよくある手だ。ここでそれを使う意味が分らない。だが、彼女ならばわざわざそれを好んでやるような気がするのは気のせいだろうか。伺うように尋ねるも、答えはにこやかな笑みの向こうだ。
「まあ、良いです。もう一度確認しますけど、単純な計算を含む事務作業で良いんですね?」
「ええ、やってくれる気になった?」
「良いですよ。ただ、期限は今日を含めて三日間。それでも構いませんか?」
「勿論。」
「では、これで決定ですね。」




