魔物語編1:星喰の真相(スライム種)
世間でいうところのスライムが魔物ではないと分かった以上、あまり書くことはない。
しかし、リヴァンで生きてゆくのなら、あのスライムの伝説を耳にする機会はあるか?
うーん、いつか怒られるかもしれないが、あくまでもこの本の読者は限定的だし、アレを書こうか。
前もって言っておくが、これはそれほど気を張って読む必要のない物語。
当事者達からしてみれば奇跡と絶望の入り混じる神話のような歴史だが、真相を知る私からすれば、ちょっとした笑い話だ。
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とある街に夜空を見上げる男がいた。
男の名はダン。
ダンはその日の仕事を終えて、妻の待つ我が家に帰る前に一杯だけと言い聞かせながら酒を煽り、丁度三杯目を終えたところでこれは不味いと店を出たところ、何とはなしに夜空を見上げただけで、ロマンチストでもなければ、星の名前などに興味もない。
ただ、何となく見上げただけだった。
しかし、その瞳が大地に降りることはなく、あたかも翼の折れた鳥の如く、もしくは空に焦がれたかのような視線を送ったまま固まっている。
「おい、そんなところで何をしているんだ?」
その言葉を紡いだのは近所に住むダンの友人のウィルだが、彼に限らず、今ここを通りがかった人々は皆同じ問いをダンに送っていたのは間違いない。
だからこそ、ダンが答えるよりも早く、彼の視線の先を負った者も少なくはなかったため、ウィルの問いに対する返答は周囲から聞こえ始めた。
「何だよ、ありゃあ!」
「ちょっと……何なのよ、アレ」
「よく分からねぇが、何かまずくねぇか!?」
呟く者、叫ぶ者、ダンのように無言で口を開いたまま硬直する者の先にそれはあった。
夜空に広がる星々の大海を泳ぎ、月明かりを飲み込むほどの巨大な漆黒の球体。
液体のように波打つソレは巨大でありながら見覚えのある姿を連想させ、後に『星喰』として語り継がれるスライムだった。
その星喰が緩やかな速度ではあるが、紛れもなく地上に向かって降りてきている。
この街の住人だけではなく、全世界で目の当たりにした者達の脳裏に過った言葉は様々だろうが、その言葉の起源を遡ることが出来るのであれば、全ては『終焉』に辿り着くであろうことは明白だった。
ある者は神に祈り、ある者は逃げ場などないと知りながらも荷物を抱えながら村を飛び出し、ある者は世界の終わりに歓喜し、ある者は己の最大の攻撃を以って『終焉』を迎え撃とうとしていた。
「んん……ん? あぁ? ん……………………やっべぇぇぇ!! 落ちる落ちる落ちる!!」
その声が聞こえた者はいない。
いや、正確に言うのであれば、女神に愛された一人の少年だけは知っているのだが、彼はあくまでも歴史を再生して眺めているだけだ。
少なくとも、当時その場にいた人々は星喰そのものが、こうも相応しくない台詞を吐いているなどと思いもしないだろう。
「……えっ?」
今度は全員が口にした。
国王が、勇者が、魔王が、冒険者が、盗賊が、知能の高い魔物が、世界中の人々の言葉が今度こそ一致した。
「久し振りに飲み過ぎたわぁ……超やばかった。流石に星をぶっ壊したら始末書じゃ済まないってマジで」
星喰はまたもや誰にも聞こえない言葉を呟いた後、まるで動画を逆再生するように空へと昇ってゆくと、やがて一陣の光の中に飲み込まれて消えた。
「神の奇跡だ」
多くの者達が涙を流した。
そう、神の御業が世界を救ったのだ。
としか思えないのは当然のことであり、間違ってはいない。
ただ一つ違うのは、全世界を絶望させたのも救ったのも同一人物ならぬ同一神物というだけだ。
本人にはその気がなくとも、裏で自ら災いを招いておきながら救世主として立ち回り、信者を増やす様はまさしくカルト教団のやり口のようだ。
「……酷い自演を見た」
少年は感謝の祈りを捧げる人々を見ながら呆れた様に呟く。
そして『これを使って歴史を再生してみな。この星が滅亡し掛けた話の裏を見せてやる』と、星喰の正体である気合と衝動の神ボムボマーから受け取った小さな赤い宝石をしまい、両親の待つ食卓へと向かうのであった。




