魔物編1:スライム種
魔物というのは魔力を持った生物や植物の総称。
その中でも代表格の一つ、スライム。
ファンタジーではお馴染みの魔物であり、自律する液体状の存在。
原生生物の代表格たるアメーバを巨大化させたような姿をしており、地球の出身者にとっては有名なゲームの影響で最弱のイメージを持つ読者も多いだろうが、このリヴァンにおいてはそうではない。
何故ならば彼らは何も捕食せず、捕食もされないのだ。
食物連鎖に含まれておらず、どれどころか生殖や排泄なども行わなず、自然界において特殊な役割を担っているのかと観察していたが、彼らは何も関係していない。
そして、個の意思があるのかどうかすら判別できず、そこで私は一つの疑問を覚え、思わず呟いた。
「これは……そもそも魔物なのか?」
リヴァンでは大雑把な分類わけしかされておらず、この世界の住人に魔物だと言われてしまえばそうとしか答えようがないは事実として変えようがない。
しかし、私はスライムに対して生物でも植物でもない可能性を感じたのだ。
だからこそ様々なことを試し、観察してみた結果、おおよそ生物に備わっているはずの機能が何一つとして感じられず、最終的にスライムは『魔物ではない』という結論に至った。
では何かと尋ねられたら、こう答える他ない。
『魔力の塊』
過去にスライムの生態を観察するような奇人や暇人はいなかったのだろうが、私は魔力の素『魔素』を多く含んだ土地で観察していたところ、ついに誕生する瞬間を目撃することとなった。
ちなみに魔素というのは無色透明であり、魔力に変化する際、その濃度によって色合いや性質が生まれるとされている。
今回は地面から水溜りの様に浮かび上がった魔素が強まり、僅かながら白く発色を示した後、それはまるで液体の様に変化し、動き始めたのだった。
冒険者の間では、酸のようなもので攻撃されて道具を溶かされたという伝聞が存在するが、実際には指で触れようが、棒でつつこうが、スライムはただ動き回るだけで何をしてくることもなく、そのような噂の発端は不注意から壊してしまったか、紛失してしまった際の苦しい言い訳から生まれたのではないかと思う。
得てして都市伝説の誕生とはそのようなものなのだろう。
しかし、私は他にも推測を立てていた。
それは『姿こそ似ているが、全く異なる魔物が存在するか、もしくはスライムに擬態している魔物がいる』ということ。
地球でも目の前を横切ったくらいでは判別がつかない生物は多く、身近なところではタヌキとアライグマ、昆虫などはしっかりと凝視していたとしても、専門家であっても判別に迷う種類も存在する。
そこで各地のスライムを観察して回ったところ、アルゲニア大陸の密林において、ついにそれを発見した。
外見上はスライムとよく似てはいるが、体内に球体状の核のようなものを内蔵したそれは、明確に魔物。
私は地面を這いずっているスライムモドキに対して、痛みを負う覚悟で手のひらで触れてみたところ、それは暫し硬直した後、液状の身体から触手のようなものをのばしたかと思えば、何度か私の手に触れた後、何事もなかったかのように移動を再開、その後も観察していると、やがて落ちていたココナッツに似た木の実に反応を示し、何度か触手で触れた後、覆いかぶさるようにして木の実を体内に収めたのだ。
スライムモドキは一時間ほど硬直したまま過ごし、消化したところで木の根元に入り込み、またしても動かなくなったが、そこで私はとあることに気付く。
『透明の身体が緑色になっている』
不可思議な様子を観察していると、突如としてこれぞまさしく部族といった様相の三人組が接近してきたために中断、どうやら見慣れない子供が森の奥でおかしなことをしていると騒動になっていたようであった。
「少年……ここで何をしている? というか、どうやってここに?」
三人組の中でも最も強面であり、歴戦の狩人といった風格の男性はどこか戸惑った様子でそう尋ねてきた。
それはそうだろう。
ここはアゲニア大陸の『ゾマンの森』の中央部。
一度入れば二度と出られないという月並みなお題目通りの危険地帯だ。
というのも、ゾマンの森は外側が最も危険であり、内側に行くほど環境が安定していくという変わり種の土地。
その理由は何となく推測できているが、真相には至っていないため、詳しくは別の項で書くとしよう。
とにかく、私は自身が何を求めて訪れたのか、そして、証明するように幾つかの力を見せたところ、『ネレス族』と名乗った彼らは、何やら共用語であるリヴァン語ではなく、聞き慣れない呪文染みた言葉を発した。
スキルを使用して意味を翻訳したところ、どうやらそれは神への祈りのようなものだった。
私の出会った神々に関しての話などは一切せずとも、外の世界と繋がりがなく、秘境で生きる部族ともなれば独自の強い信仰があるのだろう。
突如として膝をつき、私を『神の子』として崇めはじめところで、流石に止めに入る。
「……コホン、とにかく、ボクはこのスライムっぽい魔物の行動を観察していたのですが」
しばらくして落ち着いたところで私がそう告げると、彼らはあっさりと答えを示してくれた。
「我々はその魔物を『ベオ・ジズ』と呼んでいます。ベオ・ジズというのは『命の友』を意味する言葉でして、この『ゴル・ブーズ』の実を食し、その代わりに栄養の一部を魔力に変換し、ゴル・ブーズに返しているのではないかと言われています」
通常の魔力は無色透明だが、その性質によって変化し、緑色は回復系統だとされているため、彼らの解釈で間違いないようだ。
「この木は随分と昔からあるのでしょうか?」
私がそのように尋ねると、男性はしっかりと頷いた後、更にこう告げた。
「私の祖父母の代には存在しています。そして、この辺りの木々は半年前に伐採しました」
「半年前……? しかし、これは……」
ベオ・ジズが眠る気も含めて、周囲には立派な大木が並んでいる。
竹の様な構造をしているならともかく、種類の差はあれど、半年でこうはならないだろう。
「はい。ベオ・ジズの魔力によって、ある程度の高さまではすぐに成長します。だからこそ、我々はこの木々をゴル・ブーズ……神の慈しみと呼んでいます。ベオ・ジズとゴル・ブーズの存在があって、我々の生活は成り立っているのです」
神の慈しみ。
まさしく言い得て妙。
ここから少し外に向かえば、そこは地獄。
ゾマンの森は動物系よりも植物系の魔物が多いため、移動して襲撃してくることがないのはネレス族や迷い人にとっては救いだろうが、それでも危険性は高い。
正直なところ、即死する事例の方が多い動物系の方がまだ救いがある。
とにかく、定められた範囲の中で生きる他ないネレス族にとって、ベオ・ジズとゴル・ブーズは神と同等に尊い存在なのだろう。
そこからネレス族の集落に案内され、歓迎の宴を開いて貰ったり、崇められたりと色々なことはあったが省略するとして、これがスライムの生態の話となる。
他にもスライムに似た魔物が存在する可能性はあるが、目ぼしい地域を全て周って発見できたのはベオ・ジズのみであり、現時点では『一般的に知られているスライムは魔物ではなく、ただの魔素の塊』という結論にしておく。




