第十二話 ブラック・アップル
カランカラン
店内に来客を告げるベルの音が鳴り響いた。
「いらっしゃいませ~」
中から聞こえてきたのは青年風の男の声だった。
てっきり先刻の第九位みたいな粗暴な輩風の奴が出てくるのかと思ったが意外にもそんな事はなさそうだ。
今まで緊張で目に入らなかったが、安心からか店内の様子を眺める余裕が出てくる。
中の雰囲気はというと、古びた樽や年季の入った酒瓶、魔物なのか動物なのか何か分からない謎の骨なんかが装飾されておりかなり雰囲気がある。
「意外だったぜ、お前にこんな店を選ぶセンスがあったとはな。」
「な?俺についてきて正解だったろ!?…だがなぁ、驚くのはまだ早いぜッ!!」
そういえば、見渡す限り店内に店員の姿が無い。
俺は一つの疑問を投げかける。
「どうやって注文するんだ?」
「忘れてるのか?俺達は無一文だぞ」
アレンは慣れた様子で店内にずかずか入っていく。
「ピストローネさん!!いるか?」
アレンが店の奥へと声をかけると先程の青年風の声が返ってきた。
「ん?その声は…アレンでしょうか?」
そうして、奥から姿を現したのは、このハッピーストリートの雰囲気に似つかわしくない汚れひとつすらない真っ白なコックコートを纏った男だった。
その男は、紳士的に深々と礼をする。
「ピストローネさん、またあの研究手伝わせてくれよ」
ピストローネと呼ばれたその男は一瞬顔を歪ませたが、何か浮かんだのかすぐにこやかになり
「あぁ、アレン。また、手持ちが無いのですね。
まぁ、良いでしょう。着いてきてください。」
「なんだ?アレンまさかたかるのか?残飯を?」
流石にそんな意地汚い事がハッピーになれるってのかよ!?
流石に面識も無い、紳士料理人に飯をたかるのは遠慮しとこうかなと、思っていると
「まぁ、良いから着いてこいよ」
俺の袖を引っ張ってアレンが中に引き込む。
案内された場所は、キッチン。
木製で出来たテーブルや洗い場は素朴な作り、お世辞にも衛生状態が良いとは言えそうに無い…
厨房には他に、謎の肉や料理途中であるであろう食材、放置された食器や、調理具の類なんかもある。
ってかキッチンってよりは何かの実験場に近い?
「アレン…と横にいる方は初めてですね。
挨拶が申し遅れました。私『ピストローネ・ミシュラン』と申します。こんななりですが、一応宮廷料理人をやらせていただいております。」
な、なんだってぇー!!
俺の聞き間違いじゃあなきゃ今、宮廷料理人って言ったのかぁ〜!?
「お、俺はジョウ。『ジョウ・ブラッディ』って言います。宮廷料理人ってもしかしてフィルメリア城のですかぁ〜!?」
俺が口をあんぐり開け、言葉に詰まっているとアレンが笑いながら答える。
「マジだぜ。俺も知った時はひっくり返ったもんだ。
でもジョウ不思議に思わねぇか?なんでそんな人が此処で店なんか構えてるのかってよぉ」
ゴクリ…確かになんでだろう
「それが今から俺達がする事と関係してるって訳だ。」
「一体、何をさせられるんだ俺達は?」
困惑していると、ピストローネさんが爽やかに笑いながら答える。
「ジョウ。今から君達にしていただくのは私の試作料理を試食してもらう事です。」
「試食?」
「あぁ、俺は結構コレに世話になってるんだがな。
ジョウも気づいたと思うが、此処は宮廷料理人の実験場って訳だ。いわば俺達はモルモットって訳だな。ガハハ」
いや、笑い事じゃねーだろ
確かに、ピストローネさんはタダで実験結果を得られる。俺達もタダで宮廷料理人クラスの料理を食える。
ウィンウィンといえばウィンウィンなの…か?
俺は今まで不安だったがいつしかその気持ちは高揚感へと変化しているのを感じていた。
宮廷料理かぁ…
俺が今まで食った事があるのは、田舎の固いパンか、あの忌々しいFランク特製『ゲロスープ』だぜ…
こりゃあとってもハッピーだ!!
「ちょっと待っていてください。ちょうど今日開発した料理がいくつか…」
そういってピストローネさんは、厨房の奥に行って、手に幾つかのクロッシュが被せられた皿を持って出てきた。
「お、今日は数が多いな!!」
「アレン、お前全部食っちまうなよ!」
俺はもう遠慮なんて忘れ、テンションが上がりまくり
口は料理を迎えるために唾液が溜まりまくり準備万端だった。
「どうぞ、召し上がれ」
ぱっかーん
クロッシュから、姿を覗かせたのは色彩鮮やかな一品達。
肉料理から魚料理、更にはケーキやクッキーといったデザートなんかもある。
ただの料理とは違う、見るだけで食欲だけでなく五感全てを刺激される。
じゅるり。
俺は取り敢えず一番最初に目に入った、肉料理を取ろうとした。
しかし、
「おっと、早い者勝ちだぜ。ジョウ!!」
横からそれを奪い取ったのはアレンだった。
「…ッ!テメェ!!」
(コイツ、時止めて奪ってやるか…?)
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間―
ボンッ
アレンの口内が爆発した。
「ウボァ!」
そのままアレンは後ろにカエルの様にひっくり返った。
「おやぁ〜、ソレは失敗でしたか…」
ピストローネさんは、ただ残念そうに呟いた。
アレンが吹っ飛んだことには一切気を使わず、料理が失敗した事だけに感情が向いていた。
「ジョウさんも、気になったものおひとつどうぞ…?」
ピストローネさんはアレンを気にも留めず屈託のない、まるで高級料理店で接客をする様な顔つきで手を差し出す。
嘘だろ…確かに俺がバカだったぜ…
一文無しがまさか、宮廷料理をそんな簡単に頂ける訳が無いもんなぁ
(そりゃそうだよ…)
今までの高揚感は一気に後悔と恐怖に変わっていた。
しかし、ここで出された料理を食べないのはあまりにも礼儀ってものがないと感じる。
飯をたかりに来たってのに出された料理がマズそうだったからやっぱやめます?…そりゃあねェだろ!!
(食うしかねぇ…よな)
依然
後ろでくたばっているアレンに、とんでもねぇ所へ連れてきやがったな。と怒りの感情を感じつつ
テーブルに並べられた料理へと、目を移した。
さて、どうするか…?




