99. たった一つの道導 その②
力強く答えて見せたティナに、族長様は顔を綻ばせた。一度は生きることを諦めかけた少女が見せる、希望と自信に満ちた表情。
きっとティナと一緒なら僕は、どんな困難も乗り越えられる。そう思わせてくれる一方で、僕はティナのその笑顔を直視できないでいた。今の僕には、ティナの屈託のない笑顔はあまりに眩しすぎた。
「はははっ、それはなんと心強いことか。この森全域への伝言となれば、きっと相応に魔力も必要となるだろう。儂もできる限り、この「固有加護」で助力をさせてもらおうかな」
族長様はそう言うと、ティナの前で片膝をつく。あまりに急なことに、ティナは少し狼狽した様で眉をハの字にしていた。
そうして族長様は、深々と頭を下げる。
「ティナよ。化猫族を代表して、改めて今ここに感謝を示そう。ありがとう。ティナのおかげで助かる命がある。この恩はいつか、どこかの機会で返させて欲しい」
「いえそんなっ、頭を上げてください! 私はただ、みんなの優しさに応えたいって思っただけで…………レイがいつも明るい道を示してくれるから、私は自信を持って前を向けるんです」
綺麗で透明感のある、柔らかい声だった。それでいてか弱い印象を覚えないのは、ティナの心の真っ直ぐさの表れなんだろう。
ティナの言葉には嘘も誇張もない。心から僕の事を信頼してくれてるんだ。それなのに今の僕ときたら、そんな純粋な彼女の想いに応えられずに、足踏みをしてしまっている。不安な想いは、ティナも族長様も同じだって言うのに。
族長様はゆったりと腰を上げて一息つくと、目を細めて僕に視線を流した。その瞳には、何か悪戯心の様なものが垣間見えた気がした。
「そうよな。それではそんな我らが希望のレイには、一つ、大仕事を頼んでしまおうかな?」
「……お、大仕事、ですか?」
族長様からの振りに思わず顔を上げる。族長様はニヤリと口角をあげて、その長い顎髭を撫でていた。
「ふむ。瞬間転移〈テレポート〉で皆を避難させるとしても、この村でそれ程の大規模な魔法を行使するのは、少々地盤が不安でなぁ。できる事ならば、地上に移りたいと思っておるのだ」
「……あー、確かにそうですね。数百匹を一斉に転移させるとなれば、術の反動だったりもありそうですし、何より何かあった時対処しやすいのは間違いなく地上でしょうね」
「その通り。そこでレイには、この村から地上までの避難経路の確保をお願いしたいと思っているのだ。可能であれば、『空蹴り』を習得していない子猫でも逃げられる様に、地上への道を整えて欲しいのだが…………レイならば、出来るだろう?」
族長様は僕の肩をポンと叩く。まるで冗談でも言う様な軽々しい声調。でも決して今の事態を甘く見てるわけじゃない。後ろばかり見てしまう僕の背中を、優しく押そうとしてくれてる。
僕は顔を上げて、精一杯笑って見せる。たぶんうまく笑えてないかもしれない。でも今はそれでもいい。救える命まで救えなくなるなんてことだけは、あっちゃいけないから。
「……なかなか、無茶を言ってくれますね。ですが族長様、あまり僕を見くびらないでほしいですね。もちろん、その程度であればお安いご用意です!」
僕は得意げに胸を張りながら、指の先からとある『白い糸』を生成し垂らして見せた。一見してこの糸がなんなのかは、族長様もティナも分からないだろう。だってこの糸は、僕が技能『変化』と能力「上感覚」を用いて生み出した、今この場にしか存在しない物質なのだから。
族長様は僕からの反応が予想外だった様で、目を丸くしていた。
「ほ、ほほぅ? その指先の白いのはいったい……?」
「これは『蜘蛛糸』の様なモノです。まぁ僕が作り出したので『猫糸』とでも言いましょうかね? 粘着性は先端以外にはないですし、触れたら溶けてしまうなんて危なっかしい性質もありません。僕の魔力で耐久性を強化してるので、そう簡単に切れる事もありません。この糸を紡ぎ合わせて地上までの道を作ってしまえば、どうです? 中々名案ではないです?」
ティナと出会う前までの僕だったら、間違いなくこんな芸当はできなかった。できたとしても技能『変化』で蜘蛛糸を生成する器官を体内に作り出し、通常の蜘蛛糸を生成するにとどまった事だろう。
しかし今の僕は族長様から『魔力』を学び、ティナから『魔法』を学んだ。魔力は『炎』にもなるし、『水』にも『土』にも『鋼』にだってなる。つまり魔力は『質量ある物質』にも変換することができるのだ。
それならば蜘蛛糸に似た物質を魔力で再現することも、理論上は可能と言うこと。まぁ「上感覚」を持つ僕ですらかなり神経使う様な技術だから、僕とティナ以外にこれを再現できる生物がいるとは思えないけど。
この大樹の周辺の木々も、この大樹ほどではないにしろかなり背が高い。大樹から伸びる太い枝と幹を結び付け道を作っていき、最終的には付近の木々に結びつけ地上へと続く坂を作り出す。おそらくこの世界で僕にしか出来ない、避難路の作り方と言えるだろう。
族長様は得意気に語って見せた僕に、呆れ半分に肩を竦めていた。
「…………単に蜘蛛糸を『変化』で再現するのだって規格外というのに、性質まで自在に変化させてしまうとは。流石の常識外れというか、あまりに型破りと言うか……」
「常識外れはちょっと悪口では……? まぁ別に良いですけど、改めて僕のプランはこうです! この猫糸を使って他の木々を繋ぎ合わせて動線を作り、みんなを北の森のゴブリンの縄張りまで避難させる。ただし、まだ歩くことの難しい子猫もいると思うので、そういう子には、母猫が抱えられる様に、抱っこ紐的なものを作ってあげようかなと。まぁ細かいことは全部僕に任せてくださいよ! 全部、うまくやって見せますから!」
ティナと族長様はお互いに顔を合わせた。きっと急に立ち直った様に取り繕う僕に、戸惑っていることだろう。まだ心のしこりは残ったままだけど、足踏みしているよりかはずっとマシだ。
僕はキョトン顔する二人を横目に、猫の姿へ戻り背を向けた。
『それでは早速、僕は魔石を取りに行ってきがてらこの『猫糸』で避難路を整備してきますね! その間にティナは族長様と一緒にみんなへの伝言を! 伝る内容は任せます!』
「……っうん、分かった。レイも頑張ってね……!」
ティナは僕に手を伸ばそうとしたけど、それを抑えて優しく微笑んだ。一緒についてきてとは言えない。ティナにはティナのやることがある。僕には僕のやることがあるのだから。
そんな僕達を横目に族長様は、一つ咳払いをした。
「レイ、行ってしまう前に一つだけ。おそらく、後少しすれば茶の奴もこの村に一時帰還して来る。お主もこの村の戦士の一匹。これからお主がどう動けば良いのか、納得いくまで相談すると良いだろう」
茶の奴、というのは僕のお父さんの事だ。きっと補給だったり、状況報告のために戻ってくるのだろう。
けれど、族長様には全てお見通しみたいだ。僕が何に思い悩んでいるのか分かってくれている。最前線で戦う戦士達すら救いたいなんて我儘を、しっかり受け止めつつ道を示してくれている。
「ありがとうございます族長様。それでは、僕が戻ってくるまでの間、ティナのことは任せましたよ!」
僕は族長様とティナにゆっくりと瞬きを返し、すぐさまこの場から駆け出した。村のみんなを避難させて転移さえしてしまえば、ひとまず僕達の勝ちと言って良い。そして更に良い着地点に行き着くためには、お父さん達と話し合いは必要不可欠。
僕が冒険者の相手をすれば、戦士達の犠牲も最小限に抑えられる。僕は元人間だ。他の戦士達と比べて、人間に対する理解も深い。
何より僕達の平穏を奪った外道共相手に、尻尾を巻いて逃げるなんて僕にはできそうもなかった。
僕は微かに灯る希望の光を取り逃がさない様に、無我夢中で村中を駆け回るのだった
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