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100. 戦士として、父親として


 自分の役割を果たすべく、村中を駆け回る事数十分。

 僕はお父さんのニオイをかぎ取り、すぐさまそのニオイの元へと向かった。既にティナから森の猫達への伝言もしてもらった。予定通り、北の森のゴブリンの縄張りで瞬間転移〈テレポート〉を使い、そして獣国「セリアス」に転移するとのこと。もちろん僕も、この村から北の森への動線整備も対応済み。魔法行使に必要となる魔石と魔法の杖も、既に持ち出していた。


 この村でできることは全てこなしたはず。出来れば魔石と魔法の杖をティナ達に手渡してから、お父さん達と落ち合いたかったけど、こんな状況で贅沢は言ってられない。


 

『お父さんッ!!!』



 僕は勢いそのまま、お父さん達へと駆け寄る。黒のお兄さんと豹柄のお兄さん、灰柄のお兄さんと僕のお父さん。いつも頼りになる、この村の四天王が帰って来てくれた。

 

 みんなとても強い戦士だってことは知っているけど、それでもみんな無傷ではなかった。それにとても疲労している様に見える。必死に僕に覚られないように隠そうとしているけれど、僕の「上感覚」の前では全てお見通しだった。

 お父さんは僕に気がつくと、尻尾をピンと立たせて出迎えてくれた。

 

 

『レイか! 会えてよかったよ。ティナからの伝言は聞いた。瞬間転移〈テレポート〉でみんなを獣国に逃がすんだとな。なんとか間に合いそうか?』


『はい! 村だけじゃなく森全体に呼びかけたので、全員が集まるのには少し時間はかかるかもしれませんけど、人間がここに辿り着いた頃には、この村はもぬけの殻からでしょうね』


『ははっ、流石だな。まさか人間共も、野生の化猫が瞬間転移〈テレポート〉なんて高度な魔法で、しかも国一つ跨いだ先に転移するなんて思わないだろうな』


 

 族長様曰く、獣国「セリアス」は城塞国「ウォーリル」を越えた先に位置しているとか。しかもウォーリルとセリアスの間には大きな山脈に隔てられてるため、このディビナス帝国からセリアスへと赴くのには、少し面倒な迂回をしなきゃいけないとも聞いたことがあった。

 いくら「魔導者」のティナがいると知っていても、まだ十三歳の少女。聖級魔法の瞬間転移〈テレポート〉でそれほど遠くの場所に転移しようとしているとは、夢にも思わないだろう。



 お父さんはキョロキョロ周囲を見回すと、安心したようにホッと息をついていた。もうこの村には猫はほとんど残っていない。ティナや族長様も早々に避難元である北の森に移動していることは、僕の感覚で探知済みだ。


 

 さて、これで状況はお父さんにも分かってくれたはずだ。

 僕はお父さんに向かって一歩前に踏み出そうとした、その時。これまでに見た事ない様な鋭い視線が、お父さんから向けられた。父親としてじゃない。一匹の戦士として向けられる圧のある視線。僕はその視線に黙らされてしまった。



 お父さんは僕を見つめたまま、こう言葉続ける。


 

『レイ。村での仕事ぶりは流石の一言だよ。よくやってくれた。後のことは俺たちに全て任せろ。お前もティナや母さん達と一緒に転移で逃げるんだ。反論は許さん』


 

 やっぱりそうだ。きっと僕がどうして会いに来たのか、この四匹は全部お見通しなのだろう。他三匹もお父さんと意見は同じみたいで、救いの猫の手を差し伸べてくれそうになかった。


 

 でもだからと言って、そんなこと急に言われて納得できるほど、僕は聞き分けの良い猫じゃない。

 


『どうしてです? ……決してお父さん達のことを信じてないわけじゃないんです。でも、僕なら引き際もしっかり見極められる。僕なら技能の引き出しも多いし、長時間冒険者共を翻弄できる。もちろん、人間を殺すような真似はしません。だからお願いです! 僕も戦地に行かせてください!』



 必死な僕に対して、眼前の四匹の戦士は微動だにしなかった。本当は分かってる。どうしてお父さん達が僕を前線に行かせたくないのか。それでも僕は気がつかないふりをする。

 僕にとっては自分の安全よりも、この村の戦士達が多く生き残ってくれる方がずっと大切だから。


 お父さんは聞き分けの悪い息子に対して、静かに目を伏せた。

 


『…………奴らの目的は豹柄が上手く聞き出してくれた。表の目的でしかないだろうが、この襲撃の標的――それは「レイ」、お前なんだ。馬車襲撃の件について明確な証拠はないらしいが、お前を生け捕りにして『ステータス』を覗きさえすれば、それが証拠になるとほざいていた』


『ッ……で、でも!』


『それじゃあ一つ聞かせてもらうが、瞬間転移〈テレポート〉の最中、ティナに何かあったらどうするつもりだ? 帝国の本当の目的は「ティナ」だろ? お前が前線に出ていたら、その間誰がティナを守れるというんだ。言っただろ? 俺はこの村を守る。お前はティナを守れ』



 反論の余地はなかった。冒険者の討伐目的が僕だと言うのに、わざわざ僕を前線に送り込むリスクを背負う理由がない。何より、帝国の本当の目的が「ティナ」だって言うのに、僕がティナの側を離れてしまうのも相応にリスクがある。

 

 この村の戦士としては、今すぐにでも僕はティナの元に戻ってあげるべきなんだろう。それが僕に与えられた、戦士としての役割なのだから。この四匹がこの村に戻って来た理由も、きっと僕が身勝手に前線に出向かない様にするためだったんだろうと、今になって気がついた。

 

 尻尾を垂れ下げて頭を上げられない僕に、黒のお兄さんと豹柄のお兄さん、灰柄のお兄さんがそっと近寄る。

 

 

『…………レイ。お前の気持ちは素直に嬉しい。だが、俺らはこの村の戦士なんだ。守られる立場にはいない。命を張り仲間を守る、それが俺ら戦士としての役割だ。苦しいだろうが、理解して欲しい』


『そんな心配すんじゃねぇって縁起悪ぃ。前々から言ってるが、少しは俺らを頼れって。こうやって一度は帰って来れてんだ。転移の時までには帰ってきてやるさ』


『レイ。転移が終わるまで人間達の足止めは任せろ。レイにはレイにしかできない事があるはずだ』



 分かってる。今僕がこの四匹を足止めをしていることの方が問題だ。今も最前線では、仲間達が冒険者の相手をしているんだから。だから戦士として、僕もこの四匹の戦士達を見送ってあげないといけない。


 でも、理屈でわかってても辛いものは辛いんだ。だってみんな、分かってる。今ここで見送ったら、それが最期になるって。もうここには戻ってこれないんだって、僕の「上感覚」は残酷なまでに感じ取ってしまってる。


 もう僕にはどうすることもできない。ズルいよこんなの。これまで戦士として誇りを背負って生きて来た彼らを、力だけ無駄に持った子猫が止められるわけないじゃないか。僕も戦士として一人前の実力があると思ってた。でも根本的なところ、僕はまだ戦士になりきれてなかったと分からされた。


 僕もこの村の戦士だって言うなら、この四匹とはここで、お別れしないといけない。笑って見送らないといけないんだ。


 四匹の戦士は、尻尾を垂れ下げて何も言えなくなった僕に優しい顔をしていた。僕の辛い思いを汲み取ってくれてる。これは戦士としてじゃない。これまでこの村で一緒に生きて来た仲間として、世話のかかる子猫を見守るような優しい顔をしていた。


 

 そして四匹の戦士は互いに顔を見合わせると、ゆっくりと僕に背を向けた。この四匹には、村のみんなを守る役割がある。



 僕は黙って見送ることしか出ないのか。



 ――いいや、そんなの嫌だ。


 

『お父さんッ!!!』



 咄嗟に僕はお父さんを呼び止めてしまった。思い返すのは、前世の死ぬ間際の記憶。僕は前世、家族や友達に別れも言えないまま、感謝の言葉も言えないままに、事故にあってこの世を去った。僕がこの世界に転生しても、その気がかりはずっと僕の心に居座り続けていた。



 縁起の悪いことだって分かっている。それでも、僕はもう、あんな思いをしたくなかった。何を言えば良いのかなんて全然まとまってない。それでも僕は今の想いを伝えないままお別れするなんてことだけは、できなかった。


 

 

『…………っありがとう。僕のことを育ててくれて、ずっと見守ってくれてっ。僕っ、お父さんとお母さんの息子に生まれて良かったっ………ずっと、幸せだったっ………だからっ……お父さんはっ…………僕の自慢のお父さんだからっ…………だからぁっ……!』


 


 ――行かないで

『行ってらっしゃいっ』




 感謝の言葉を伝えられただけ、前世よりマシだったのかな。いや、前世の時よりも悲惨かもしれない。死ぬと分かっていながら、僕は大切な仲間を、大切な家族を見送らないといけない。なんとかできる力があるのに、僕の立場がそれを許してくれない。

 やるせない気持ちが溢れて、これ以上僕は、眼前の戦士達に何も伝えられそうになかった。


 

 それでも僕は顔を上げてみんなを見送る。僕はこの猫生において、一生この誇り高い戦士達のことを忘れることはないと思う。

 

 お父さんは、そんな僕にゆっくりと近づく。そして、僕の額に額を合わせた。ゴロゴロと鳴る喉の振動が、僕の身体に伝わる。

 どれぐらいの時間、そうしていたのか分からない。一瞬だったかもしれないし、数十分はそうしていてくれたかもしれない。

 


『……心配すんな! 俺はお前のお父さんだぞ? お前ばっかり良い顔してんじゃねぇーよ…………俺らはもう行く。あとは俺らに任せとけ』


 

 お父さんが僕から離れる。嫌だなんて言えない。僕は黙って、顔を上げて、しっかりとその戦士達の背中を見送る。

 


 そして本当の最後に、茶柄の化猫の戦士は軽く振り向いて、優しく僕へとこう伝えた。



『…………レイ。お母さんとみんなを頼んだ』


 

 彼らが去ったのと同時に、僕はその場に崩れ落ちた。ただ子猫らしく、甲高い声で泣くことしかできなかった。聞こえてしまってたら申し訳ないな。そう思うけど、「上感覚」を持ってるのに、あんなこと言われたら、もう抑えられないじゃないか。


 

 僕はフラフラしながらも崩れた腰を上げる。

 お父さんがこの村を守る為に命をかけるならば、僕もティナや残された仲間や家族のために命をかけないといけない。



 それが戦士としてお父さんから託された、僕の役割なのだから。

 

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


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